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アンノウン6

 夕陽差し込む部室棟の廊下で、私は今や遅しと二十六木を待ちかまえていた。

 今日は部の活動日。背後の部室からは部員数人の声が飛び交い、来月の新聞の記事をまとめている。だから、今日に限っては、二十六木を部室に入れる訳にはいかないのだ。

 既に部長には取材のために出ると言い置いて準備は万端。しかし肝心の二十六木がなかなか姿を見せないのである。

「ううむ……」

 私は携帯端末を何度もポケットから出し入れして、時刻を確認していた。確かに放課後のいつ、と指定はしていないが、帰りの清掃時間を加味しても随分と遅い。

「おい」

「ん……?」

 不意の呼びかけに反応し、携帯端末から視線を外した。視線を横に向けると、小柄な人影がこちらを見上げて立っている。

「え、ど、どこから入ったんだ、君」

 そこにいたのは、青いニット帽を被った7、8歳前後の少年だった。口元をハイネックのパーカーで隠してはいるが、目がニヤニヤと笑っているのが分かる。彼は、ふん反り返るようにして私を見上げ、もう一度「おい」と同じように呼びかけた。

「お前、名を名乗れ」

 不遜な態度に思わず笑みが溢れる。屈んで目線を合わせると、彼は一層ニヤニヤ笑いを強くした。

「どうしたんだ。お兄ちゃんかお姉ちゃんを探しにきたのか?」

「いいや、用があるのはオマエだ。おい、さっさと名を名乗れ」

「何……?」

 少年の顔をまじまじと見つめたが、全く心当たりがない。そもそもこの年齢の子どもに関わりがないのだ。

 私はふむと口元に手を当てた。

「断る。開口一番、挨拶も無しに不躾な。君から名乗ったのならまだしも、私から名乗る義理はないぞ」

 不遜な態度には不遜な態度で返そうではないか。生意気なガキンチョに舐められると後々厄介な事になると、中学の職場体験で保育園に行った時に学んだのだ。余談だが、その際に私は絶対に保育士にはなれないと太鼓判を押されている。

「ふぅん。まぁ、アイツよかマシってとこか。気が小せえのがキズだな」

 少年は私の返答に何故か満足そうに頷き、腕を組んでいる。私が再度彼がどこからきたのかを問いただそうとしたその時

「ロスー!どこ行ったの〜?」

 ひょこりと、階段脇の通路から顔を出した男子生徒がいた。彼は「あ」と何度か瞬きをしながら我々を見比べ、パタパタと靴音を立てて近寄ってくる。

「なんだ、てっきり迷子になったのかと思って焦ったよ」

「オマエじゃねんだよ、オレは」

 二十六木廉を上目遣いで睨みつけ、少年は肩を竦める。私は二十六木と少年を交互に見比べ、

「……弟か?」

 と念のため問いかけた。

「いや、全然違うね」

「一緒にすんな」

 双方からの否定。まぁ、想定内だ。あまりにも似ていない。

「……なんにせよ、込み入った話になるだろう。場所を変えようか」

「ああ、そうだな」

 真っ先に頷いたのは、ニット帽の少年だった。

「ついてこい」

 彼はそう言い放つと、大股で部室棟の階段まで歩き、ぴょこぴょこと飛び跳ねながら下へ降りて行く。私はとうとう、隣に立つ二十六木の顔を見上げた。

「……どういうことなんだ?」

「あー……と。……一旦ついていこっか」

 先を行く少年の背中を指差し、二十六木は苦笑を浮かべている。半信半疑のまま、少年の後を追う最中、二十六木は軽く彼についての説明を入れてくれた。

「あの子はロスっていうんだけどね。オレを呪ってる張本人なんだ」

「そんな世間話のノリで爆弾発言をするんじゃないよ」

 一周回って冷静に突っ込んじゃっただろうが。

 前を悠々と歩く少年は特に反応を示さない。ただ、声の聞こえる範囲ではあるはずだ。意図的に無視をしているのだろう。

「つまり、どういうことだ?彼方者であることは間違いないな?悪い奴なのか?」

「うーん……悪い奴、ではないと思うなぁ。彼方者なのは間違い無いんだけど、本人曰く『割と神寄り』らしいよ」

「神……?」

 また随分大仰な。改めて少年の背格好を確認してみるが、小柄な体躯は子どもにしか見えず、青いニット帽に、黒のハイネックパーカーに、丈のあっていないブカブカなズボンという格好も、現代の人間そのものだ。

「神ってもっとこう……和装してたり、美形だったり、老体だったり、みたいなイメージがあったんだが……」

「分かるなぁー。俺もあんま信じてなかったんだけどね。呪い方的に、まぁ、神なのかもなー、みたいな」

「アバウトだな……」

 この男と喋っているとどうにも気が抜けそうになる。

 ロス、という名前であるらしい彼方者は、私たちを引き連れてずんずんと学校の裏手に伸びる山道へと踏み入った。この山道は、東に抜けると市営の陸上競技場に。西に抜けると貯水湖に出る。熊出没の可能性があるため立ち入りは基本禁止されているが、少年に聞く耳があると思えない。

「こっちだ」

 ところが、少年は西にも東にも進まなかった。殆ど獣道と化している、道とも呼べない場所を突き進んでいく。致し方なく着いていくと、木々のひらけた空間に、ぽつねんと東屋が一軒佇んでいた。

「こんなところに、東屋……?」

「ここなら良いだろ」

 恐る恐る近づく私とは対照的に、少年はひょいと東屋の机の上に飛び乗り、腰を落とした。

「おい、そこに座れ。レン、オマエはそっちだ」

 相変わらず横柄な彼は、徐にハイネックを下ろし、にいと口角を上げる。その口から覗く歯はおよそ人間のものではなく、むしろ

「あ……」

 いや、私は、この口を見たことがある。

 サメのような歯が並ぶ口――昨日血肉を食い荒らしていた、あの化け物のものだ。

「さて、面接開始と行くかね」

 爛々と光る赤い瞳が、私の奥底を見据えていた。

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