アンノウン3
そうこうして高校に赴く準備をすませた私に、母が弁当箱の入った包みを渡してくれる。
「ありがとー!じゃ、行ってきまーす」
「いってらー」
時折兄が車で送迎してくれる事もあるが、基本的には近場の駅からディーゼル車に乗って登校するのが常だ。家を出てしばらく歩けば、小さな無人駅が聳えている。7時半発の車両はいつも空いているので、私は専らこの時間に登校することに決めていた。
がたごとと15分ほど揺られ、高校最寄りの駅に着く。後はここから数分歩けば良いだけだ。
「二ノ宮さん」
車両から降り、さてと歩こうとしたところで、どこかから名を呼ばれた気がした。キョロキョロ辺りを見渡すが、同じ車両に乗っていた高校生達は、私など意にも介さず先へ歩いて行く。
「こっち」
「うわ!?」
不意に背後から肩を叩かれて、私はおっかなびっくり振り向いた。眼前に立っていたのは、背の高い男子生徒。二十六木廉だ。
「と、二十六木君?あなたも電車通学だっけ?」
「ううん、違うよ。普段はチャリ通」
「え、じゃあ……?」
自転車通学の人間がわざわざ駅に何の用だ。首を傾げる私に、二十六木廉は左手で抱えるように持っていた学生鞄を見せてきた。彼は何故だかそこに自分の右手を突っ込んでおり――
「あぁっ!!」
「思い出した?」
「ご、ごめん……!確か、ええと………」
彼の学生鞄の中には、手錠がかかったままの右手が埋もれていた。周りの人間に見られないよう、家からこうしてきたのだろう。
私はスカートのポケットやら、ジャケットやらを叩き回り、やがて内側の胸ポケットに入れていた手錠の鍵を引っ張り出した。
鞄の中に手を突っ込んで鍵を回せば、カチリと小気味の良い音が鳴る。
「おー。良かったぁ。壊そうにもやたら頑丈でさぁ。鍵無くしたって言われたらどうしようかと思ったよ」
呑気にくるくると右手首を回す彼は、さして気にした様子はなさそうだ。しかし、長くつけていた影響か、擦れて赤くなっているのが痛々しい。
「本ッ当にごめん……。忘れてたというか、昨日あの後の記憶がまるきりないというか……」
「気ぃ失っちゃったからね。仕方ないよ」
体調は大丈夫?と問う二十六木に、しおしおと頷いてみせる。すると、彼は少しおかしそうに顔を綻ばせた。
「何か、昨日の二ノ宮さんじゃないみたいやね」
「え?」
「口調とか、表情とか?」
「あ、……あれは、その。……私、怖いの苦手だから、オカルト関係調べる時はああやってるんだ。口調と態度を変えると、なんか一気に大丈夫になるというか……」
幽霊お化け妖怪の類は、幼い頃から本当に苦手なのだ。小心者で臆病な自覚があるからこそ、オカルトが絡みそうになると咄嗟にあの口調と態度になってしまう。不思議なことに、あの状態になると普段では考えられない程の度胸がつくので、すっかり癖ついてしまった。
「改めて指摘されるとめちゃくちゃ恥ずかしいな……」
「えー、そう?良いじゃん。病は気からって言うし?」
「いや、言いたいことは分かるけども」
とりあえず、と私は先の道を指差し、登校を促す。彼は抱えていた学生鞄をリュックの様にして背負うと、大人しく私の横を歩き始めた。
「えっと……改めて、ごめん」
「うん?」
歩きながら、ぺこり、と深めに頭を下げる。が、二十六木は目をぱちくりと瞬かせて小首を傾げた。
「その、……色々と巻き込んじゃったし、それに……」
ちらりと彼の首元を見上げた。
記憶にこびりついているのは、昨夜の光景だ。二十六木廉の頭は、完全に捩じ切られていた。暗闇でもはっきりと見えた白い骨。そして鼻に焼きつく生臭い鉄の匂い。
アレは幻覚だったのだろうか。それにしては、あまりにも視覚と嗅覚に残りすぎている気がするが。
「いやー、どっちかと言うと俺の不注意なんだよね。まさか他の入り口があって、しかもあんな変なポーズで行けちゃうなんて思いもしなくてさ」
「股覗きね」
「そう、それ」
私がやった時のことを思い出しでもしたのか、二十六木はケラケラと笑っている。
深刻に考えている私がおかしいのだろうか。唸る私の横で笑いをおさめ、「にしてもさ」と二十六木は再び口を開いた
「二ノ宮さん、めっちゃあっさり受け入れるよね」
「何を?」
「一昨日のことと、昨日のこと。普通の人なら『信じられない』って夢か幻を疑うところだと思うんだけど」
「それに関しては、どっちも録画が残ってるし」
「うわ、まさか昨日も撮ってたの?」
「当然」
内容は先ほど電車に乗っている時に確認済みだ。ポケットの中に入れていたせいで内容は微かにしか聞き取れなかったが、概ね記憶と相違がない。途中で端末が低電力モードに切り替わったらしく、私が気を失ってしばらくしてから録画は止まってしまっていたのが口惜しい。
「それで……」
二十六木の顔を見上げ、けれど私は言葉を濁した。聞きたい事があまりにも多すぎる。だが、まずはこれを聞かねば始まらない。
「二十六木君って……何者?」
職員室に訳知り顔で現れて私を助けてくれた。何故だかあの世界の出口を知っていた。
これまでいち同級生で、私と同じ平凡な高校2年生だと思っていたが、ここ2日で評価は一変してしまった。
二十六木廉は「うーん」と酷く困った顔をして、気後れしたように言う。
「何者と言われても……俺は二十六木廉でしかないよ。秘密結社に所属してるとか、特殊な一族の出とか、そういうのじゃ全然ないからね」
「なら、何で彼方者について知ってるの?しかもなんか、かなり慣れてる感じだったし」
また一つ唸って、彼は答えた。
「慣れてるって言われたら、まぁ、そうなっちゃうのかな。でも、詳しい訳じゃないんだ。今まで何度か彼方者の起こした出来事に巻き込まれちゃって、それで縁ができちゃったというか」
「縁……」
「そう。まぁ、めっちゃ簡単にいうと、俺呪われてんだよね、彼方者に」
「呪……!?」
ギョッとして目を見開く。しかし当の本人はわたわたと手を動かして、
「あ、全然伝染する感じのやつじゃないから、二ノ宮さんは大丈夫だよ。多分」
「いや、そこじゃなくて」
別に自分が呪われるかもなんて保身を真っ先にした訳じゃないわ。
「大丈夫なの?それは」
「大丈夫……といえば、大丈夫なんだよね。ま、でも、できれば解きたいなーって感じ」
「軽くない?」
「そうかな?」
本当に呪われているのか疑いたくなるほど楽観的だ。しかし、複雑そうに唸っている辺り、全く困っていない訳でもないのだろう。
「ならそれ、手伝わせてもらえないかな?私、オカルト知識だけはあるし、そこそこ伝手もあるから、役に立てるかも」
「うーん……、でも、巻き込むのは申し訳ないよ」
「何言ってんの。二十六木君がいなくたって自分から巻き込まれに行くよ、私は。むしろ、二十六木君がいてくれた方が心強いし、オカルト事象が集まりそうっていう、下心まみれの提案だね」
「明け透けすぎるでしょ」
苦笑を浮かべる彼に、私は軽い笑い声で返した。
「でも、お礼をしたいって気持ちは本当だよ」
「お礼?」
「うん。だって命の恩人だもん」
真っ直ぐ彼の目を見て
「ありがとう。助けてくれて」
礼を言う。
二十六木廉はぱちくりと瞬きを繰り返していたが、やがて
「ううん、二ノ宮さんが無事で良かった」
そう、少し照れくさそうに笑ってくれた。




