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アンノウン1

「ねー、聞いてる?鈴子」

 はたと我に返る。うつらうつらとしていた意識が、流都の声で一気に引き戻された。それまでぼんやりと聞こえていた教室の喧騒が一気に耳に傾れ込み、僅かな目眩を覚える。

「大丈夫?眠いの?」

「ん……?うーん……まぁ……」

「あらら、珍しいね。上の空ってやつ」

 前方の席から椅子だけをこちらに向けて、流都は私の机に肘をつく。さらりと流れ落ちた黒髪を持ち上げる仕草はモデルか女優のそれで、随分と様になっていた。

「寝不足?そんなら保健室に行くといいよ。僕が言い訳しといてあげる」

「いやいや、流石にそれは……そもそもどうやって言い訳するつもりよ?」

「え、テキトーに言えばいいじゃん。頭痛いとかお腹痛いとか。口裏合わせてそれっぽい演技しとけば、バレっこないって」

「……いや、……ズルしてる気になるからいいや」

 実際寝不足なのだ。2限目の中休みに入った段階で、授業内容の半分も入ってこない。流都の案には一考の余地があったが、何となく気が引けて首を横に振った。

「また『お天道様に顔向けできない行いはしない』ってヤツ?」

「まぁ、それに近いかな」

「ふぅん」

 今度は顎を机の上に乗せて、彼女は私を見上げる。

「鈴子ってたまに武士みたいになるよね」

「そう?」

「うん。そのうち『不義理を働いたら切腹致す!』とか言いそう」

「言わんわ」

 いくらなんでも自害はない。が、自分と他者に対して誠実でありたいという心はある。その通りに行動できているのかは甚だ疑問だが、完璧な聖人を目指しているわけではないので、心がけ程度で許してもらいたい。誰にだ。誰かにだ。

「ね、鈴子」

 流都がまた私の名を呼ぶ。それと同時に、彼女の声を掻き消すようにして、3限目の開始を告げる本鈴が鳴り響いた。甲高く、そして若干ノイズがかったその音に、普段なら感じない鬱陶しさを覚える。

「――」

「ん?」

 前に向き直りながら、流都が言葉の続きを紡いだ。けれどその内容がチャイムに塗り潰されて聞こえず、私は思わず身を乗り出す。

「流都、今なんて――」

 そうして一度前を向いた流都が、私の声に反応してもう一度こちらに顔を見せた。

 だが、その顔に強いジャメヴを覚える。微細な違和感は“目”にあった。少しグレーがかった瞳は光を反射して、私を映している。けれど、その美しい黒い瞳が、瞳孔が、少しずつ広がっていく。

「流都――」

 両の黒目が広がる。広がる。広がって、白目を侵食し、眼窩の縁を越え、それでもなお巨大化は止まらない。まるで2つの黒い風船のようになった彼女の瞳が、互いを押し合いながらその顔を、その首を、飲み込んでいくのだ。

 そうして数秒の内に膨張した眼球から、ぶちりと小さな音がした。


 破裂する。

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