-005- ワタシのありふれた宿屋でのひとコマ
「……ぁ!!」
遠くの方で、よく聴き慣れた騒がしい声が聞こえた気がした。
地球というこことは別の世界で、男性として生活しているワタシの分霊体である塚本眞哉が、あの葛西美紗子とかいう社員♀の誘惑に勝ち、何とか床に就いてくれたのだ。
あのまま、眞哉が美紗子の誘惑に乗ってしまっていれば、ベッドの上で日を跨いでいた事だろう。
「レシェス様ぁ……?いい加減、起きてくださいよぉ……!!」
「ん……?レユハよ。ワタシは、とっくに起きているぞ?」
実のところは、数秒前にレユハの声でワタシは目を覚ましたばかりだ。
ただ、この状況から判断すると、先に眞哉の部屋を追い出された、レユハの分霊体である神戸レイチェル由那の方が、先に目を覚ましたことになる。
だとすれば、由那は眞哉の部屋から、割と近所で暮らしていないと、普通に考えるとあり得ない事なのだ。
全ては、あの状況で眞哉の部屋へと、ワタシたちの部外者と思われる美紗子が、訪ねてきたところからおかしくなった。
「おやー?レシェス、まだ寝ていたのかー?わたしはとっくに起きていたぞー?」
恐らく、レユハについては自分の分霊体を掌握しているのだろう。その為、向こうの世界でもレユハとして、眞哉に対してワタシとして接してきたのだと考えられる。
ワタシについては、レユハとは対照的になるのだが、自分の分霊体には基本的に好きなようにさせている。
まぁ、見ていてマズいなと感じた時は、さっきのようにワタシが眞哉の代わりをすることはある。
「眠そうな顔しているけど?」
「それはそうですよぉ!!レシェス様の起きられる少し前でしたよねぇ?」
「あー。えーっと、その……だなー?」
起きるのが遅れたワタシを、揶揄いにきたのは魔王♂のイディスだったが、レユハの種明かしがカウンターの如く決まり、その場は笑いに包まれた。
因みに、ここは眞哉たちが暮らす地球とは異なる世界だ。眞哉たちの言葉で表現するならば、異世界というやつだ。
今現在、悪神の軍勢の侵攻について、この異世界の各地に存在する勇者候補たちが、防いでいる状況にある。
そして、ワタシについては、『勇者よ。魔王と共に、悪神を滅せよ。』という神託を、魔王討伐に向かっている最中、突然受けたのだ。
その為、【魔王討伐パーティ】は【悪神討伐パーティ】へと名称は変わったが、魔王の住まう居城へと向かう目的自体には変更はなく、大変だった。
現在、本来ならば相対する存在である、勇者と魔王が同じパーティで共闘するという、おかしな状況になっている。
「あ……あの、魔王様……?こちらは女性のお部屋なのですが……?」
「こーんなに沢山の綺麗な女性たちに囲まれていてだぞー?わたしが変な気を起こすはず無いだろー?」
しかも、勇者の仲間と、魔王の側近も【悪神討伐パーティ】で共闘し、共同生活を送っているのだ。
だから、宿屋で部屋を借りる際は、生物学的な性別に基づいて部屋分けをしている。
当然ながら、勇者♀のワタシは女性の部屋で寝起きしている。
そんな女性ばかりの部屋へと、魔王♂のイディスは毎日のように、平然と侵入してくるのだ。
その度に、イディスは側近の女性たちに釘を刺されてはいるのだが、彼女たちがそれ以上強く言えないことを逆手に取り、上手く交わし続ける始末だ。
「あ、そうだ!!レユハ、ちょっと良いかな?」
「はいっ!!でも、奇遇ですねぇ?私も、レシェス様と少しお話をしたいなと、思っておりましたのでぇ……。」
──ギュッ……
起きたてで下着姿のワタシとは違い、レユハはいつでも準備万端な格好に着替え済みだった。
イディスはというと、普段より若干軽装ではあるが、基本的な着替えが済んでいるご様子で、優越感に浸りながらワタシの方に目線を向けている。
とりあえず、イディスのことは置いておいて、レユハの手をワタシは握ると、部屋の出入り口の扉に向かって歩き出した。
「少しだけ、廊下でレユハと話してくるから。誰も来ないで?」
──ガチャッ……!!
──ガンッ……!!
──ゴッ……ギイイイイッ……!!
レユハを連れて部屋の外へ出ようと、ワタシは扉の取っ手に手を掛けて、廊下側へとそっと開けようとしたが、びくともしなかった。
実を言うと、ワタシは自分の分霊体を作るまで、この世界が文明レベルの低い部類に入るとは、思いもしなかった。
先程もそうだが、眞哉が軽々と扉を開閉しているのを見ていて、それを真似てみたのだ。
結果的にいえば、やはり扉の精度なのか……建物の問題なのか、建て付けが悪く結構力を込めないと開かなかった。
「レシェス様ぁ?!そんな格好で廊下出るんですかぁ!?ダメですってぇ!!」
「まぁ、良いからさ?さっさと、話してしまおうよ。」
──グイイッ……!!
「キャァッ……!!」
「あのさぁ……?誰か……呼びたいの?」
「あっ……!?」
レユハは、ワタシの出立ちを気にしてくれたようだが、とっとと話を終わらせれば問題ないと考えた。だから、部屋の外までレユハの手を引っ張って連れ出したのだが、何と大声をあげられてしまった。全く、本末転倒とはこういうことだろう。
──ギギギギッ……ガンッ!!
「それでだ……レユハ。ワタシの分霊体が本当にすまないことをした。全くもって、あやつめ……有り得ん選択をしたものだ!!しかもだ……自分から、レユハに付き合えと言っておいてだ!!素性も良く分からん、同じ職場の葛西とやらを選ぶとはな……?」
「やっぱり眞哉さん、レシェス様ご本人じゃなかったんですねぇ……。おかしな事言われてましたものねぇ……?」
厳密に言えばワタシではあるのだが、折角向こうの世界で、塚本眞哉という地球人の男性として生を受けた。
これは、似たようなことを述べた気もするが、ワタシは眞哉が別人格として、どう育っていくのか、イチから見守ることにしたのだ。
ただ、レユハには悪いが、バイト先であるファミレスの葛西という社員の女性は、以前より眞哉に好意を寄せていたのを、ワタシは分かっていた。
だから、今回のようなワタシを起こすという交換条件で、好意のないレユハと無理矢理付き合うよりも、良いものが見られると判断し、干渉したのだ。
「ん?あの長い名前の、神戸レイチェル由那だった……よな?あれは、あの世界でのレユハ自身だったのか?」
「そうですよぉ!!なのでぇ……?私がこっちに居る時は、向こうでは寝てますけどねぇ?」
「ほう……?実を言うと、ワタシの場合もそうなのだがな?今頃、眞哉はワタシたちの会話を聞きながら、驚いているかも知れん。推してるユレハ似のレユハと付き合えなくして、悪かったな?」
無論だが、分霊体である眞哉側からは、本体であるワタシの身体に対しての干渉は、制限をかけてあるので一切する事は出来ない。それは諸刃の剣で、双方の意識の共有が出来ない為、それぞれが起きている時に、独り言のように語り掛けるくらいだ。
「じゃあ、本当に……レシェス様は、私とお付き合いしなくても良いんですよね?」
「いや、その話なんだがな?眞哉と、こっそり付き合ってやってはくれないか?勿論、葛西にはバレないようにだがな?きっと、レユハも眞哉と肌を重ねてみれば、色んな良さが分かるはずだからな?」
「結局、肉体関係にならなきゃ……眞哉さんのこと、理解できない系なんですかぁ?!」
容姿は二の次にして、男性としての夜の性能に特化した遺伝子を持つ家系を、数ある別世界の中からワタシは選んだのだ。
「ああ。『物は試し』という言葉が、あるだろう?」
見た目だけじゃわからないものも沢山あるが、イディスだけは別格だ。
何でも規格外すぎるのだが、眞哉は一部の性能では、イディスと肩を並べられると言えるだろう。
とりあえず、これで眞哉には申し訳が立っただろうか。




