-004- ボクがバイト先の社員♀と付き合う話
──ピッ!!
インターホンの前で、腕を組んで立っている葛西さんの姿に、ボクはビクビクしながら通話ボタンを押した。葛西さんは社員で、ボクはただのバイトで、明らかに立場が違うのだ。そんな葛西さんが、ボクの部屋の前まで来ている。
これはもう、ただ事ではないに決まっている。
「葛西さん!!お待たせしてすみません!!」
「良かったー!!眞哉さん、まだ出勤前でセーフだったー!!」
「え?と、とりあえず、ドア開けますね?」
「はーい!!」
──ピッ!!
もう、生きた心地がしない。だって、『まだ出勤前でセーフだった』などと言っているのだ、これはひょっとするとひょっとする。
「レシェス様?だ、大丈夫ですかぁ?!お身体が震えてますよぉ?」
「ごめん。レユハ……ボク、バイト……クビかもしれないや。」
「えぇ……!?あぁー、レシェス様っ?大丈夫ですよぉ?実は……私、御令嬢なのでぇ?レシェス様くらい、余裕で養ってあげられますのでっ!!」
そんなこと全く眼中になかったのだが、意図せず逆玉の輿を狙える立ち位置に、ボクは居るみたいだ。
そうなると、今すぐにでもレユハの攻略に着手して、ボクとの子供をお腹に宿らせる必要がある。
まぁ、ボク自身にとっては現実だと思っているこの世界も、レシェスにとっては男心を知りたいが為の仮初の世界なのだ。
だから、ボクが夢の中であの異世界を一人称視点で見ていたように、きっとレシェスもこの世界のことを同じように見ているのだろう。
──カチャッ……カチャッ……
──ガッチャッ……
「か、葛西さん!!ど、どうぞ……。」
「いやー、そんな畏まられてもー?大丈夫ですってー!!」
「何か……だ、大事なお話でも……あるんですよね?」
「えー?まー、眞哉さん!!落ち着こー?では、お邪魔しますねー?」
──ギィィィィッ……
顔を覗かせる程度に開けていた玄関のドアを、葛西さんが勢いよく外側へ引き開けた。
すると、それまでの勢いが嘘かのように、葛西さんはゆっくり玄関の中へ足を踏み入れてきた。
「お邪魔しまーす!!え……?あー、初めまして!!塚本さんのバイト先のファミレスで社員してます、葛西美紗子と申します!!」
──バタンッ……!!
少し慌ただしい感じになったのは、葛西さんが玄関の中へと入り始めた際、恐らくレユハと目があってしまったのだろう。
だから、葛西さんは自己紹介をしながら玄関へと入り終えた後で、ドアを閉じてくれたのだと思う。
「こ、こちらこそ、初めましてっ!!レ……コホッ……失礼しましたっ!!私は、眞哉くんの彼女で……神戸レイチェル由那って言いますっ!!」
はじめ、レユハは何か言い掛けたが、恐らく先程までのボクとのやり取りの流れで、『レユハ』と名乗りかけたに違いない。
直後のまさかの展開に、『レユハじゃないのかいっ!!』と、思わず突っ込みたくなったのは、言うまでもない。
まぁ、名前にミドルネームがあるということは、レユハについても葛西さん同様、国際結婚の家系だということになる。
──カチャッ……カチャッ……
そんなわけなので、レユハもとい【神戸レイチェル由那】が自己紹介を終えたタイミングで、ボクは玄関のドアに鍵を掛けた。
「あれあれー?塚本さん、『ボクに三次元の彼女なんか要らない!!』ってー?昨日も休憩室で熱弁してましたよねー?!」
「え……あ、はい!!確かに、言ってました……。」
昨日、休憩室に居たのは、ボクと志し同じく二次元の男性を推す、アルバイト仲間の藤岡愛梨沙さんだけだった筈だ。それ以前に、葛西さんが休憩室に居る時、ボクはそんな話題なんてした記憶がない。
何故、そんな話を知っているのか、色々と怖くなってきた。
「じゃあー?『三次元の彼女なんか要らない!!』って話は、【藤岡】さんを油断させておいて、襲うための罠ってことー?」
「ち、違います!!ぼ、ボクには、以前から……ずっと気になってる人がいて……。神戸さんとは、つい先程……ことの成り行きでなんです!!」
あれ……?ボクの口が、自分の意思とは関係なく……勝手に動いて喋っていた。こんな経験、初めてのことだった。恐らく、ボクの本体であるレシェスが、一人称視点で見ていて干渉してきたのだろう。
そんなことが出来るのならば、分霊体のボクも本体であるレシェスに対して、干渉してみたくなった。ただ、分霊体のボクには、本体に対しての操作等の権限については、一部の閲覧しかつけてもらっていないかもしれないが。
「そうなんですっ……!!眞哉くんが、私の弱みを握ってきたんですっ!!その挙げ句、私に『ボクの恋人になれ!!』って、脅してきてぇ……。」
「なーんだ!!じゃあ、塚本さーん?今すぐ、その野良猫と別れて貰っても良いですかー?その代わり、このわたしが彼女になってあげますのでー?」
レシェスの分霊体であるボクと、こも世界で付き合うことに対して、レユハの分霊体である【神戸】さんは、全く乗り気じゃなかったと言うことか。
ボク的には、それはそれで結構ショックなのだが。
「野良猫ですってぇ?!もうっ!!失礼な方ですねぇ?でも、どうぞどうぞっ……。眞哉くん、好いてくてる方がいて、良かったじゃないですかぁ?」
「ボクが色々言った手前なのに、神戸さん……本当にごめん!!」
ただ、この話の流れで言えば、ボクは知らぬうちに葛西さんから、好意を持たれていたことになる。 先程、葛西さんについて説明した際にも話したが、休憩中や職場の飲み会などで、ボクに対して頻繁に声を掛けてくれるなとは思っていた。
逆玉の輿については遠のいたが、大手チェーンの社員さんの彼女でも、向こうから好意を持ってくれているのだ……別に、悪い気持ちはしない。
ただ、推しのユレハ似のレユハで、童貞卒業するボクの大いなる夢が潰えるのは、もう確定したようなものだが仕方ない。
「そう言うことなんでー?野良猫さん、早くお引き取り願えますかー?」
「あのっ!!私には名前があるんですっ!!では、眞哉くん……私、もう帰りますけど、あの約束だけはお願いしますねぇ?」
そもそも、レユハがボクの部屋に訪ねてきたのは、夢だと思ってた異世界で何か問題が起きていて、レシェスが寝たままで起きないからだった。
この世界で、分霊体のボクが起きているからなのだろうか。または、リモート接続が本体であるレシェス側から切断出来なくなってしまい、リモート環境側のボクから切断しないといけないのかだが。
だから、レユハの言う『あの約束』とは、ボクにレシェスを異世界側で起こしてくれということだ。
「約束の件は分かった。今日はわざわざ部屋まで来てもらって、本当に申し訳なかった。」
「いいんです。では、また。」
──カチャッ……カチャッ……
──ガッチャッ……
玄関の鍵を開けたボクは、ドアノブに手を掛けると、部屋の外に向かって押し開けた。
「ほらー?野良猫さーん!!わたしたちの愛の巣から、早く出てってくださいねー?」
「はいはいっ……。」
──バタンッ……!!
──カチャッ……!!カチャッ……!!
「ようやく二人きりですねー?そうそう!!今日は塚本さん……いえ、眞哉クンはシフト変更でお休みなんですよー?それを言いに来たんですー。」
「今日のシフト変わってたんですか?!」
レユハが部屋を出た途端、葛西さんは玄関のドアを強引に閉めると、すごい勢いで鍵を掛けた。
そして、今日ボクの部屋に来た理由を、葛西さんが話し出したのだが、まさかシフト変更があったとは知らなかった。
「昨日、眞哉クンが帰った後、シフト変更したい人が出てねー?帰った後だったし、今日はわたしも休みだしー?出勤前に伝えれば良いかなーって?」
「社員さんがわざわざ、バイトのボクの部屋まで来るんだから……クビかなと、覚悟してたんです。」
「まさか、わたしも眞哉クンと付き合う流れになれるなんてー?思ってもみなかったしー!!わたし、ちょっと眠くなっちゃったなー?」
これは、ちょうど良いタイミングだとボクは思った。向こうで、早めに用事を済ませてしまって、またこの世界で起きれば良いだろう。




