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風呂場にメイク落としがあった

横河美波


合コンは終了した。


当たり前だ。


手ノ塚さんと山家さん、そして私は川に入ったからぐしょぐしょのびしゃびしゃ。


救急車や消防車、パトカーにヘリコプターまで来て河川敷は騒然としていて、楽しく合コン!みたいな気分と雰囲気ではなくなっていた。


事の顛末を川岸から見ていた筒木さんが、留守番組の弥生と神田さんにテンション高く報告する傍ら、腰に手をあててビールを一気に呷る手ノ塚さん。


「一仕事終えた後のビール、最高だな!」


「いや、まぁ…美味いだろうよ」


山家さんも呆れた顔で見ている。


「警察とか、あの親子の所に行かなくて良いのか?」


「良い、めんどい」


早速2本目を空ける手ノ塚さん。


何か、最初に会った時よりくだけてるのは…山家さんと話しているからだろうか。


私はというと、水の中は寒かっただろうにと暖かいインスタントコーヒーを作って彼に渡そうとしていたのだけど…渡すタイミングが見つからなかった。


「あ、ごめん!横河さん!いただくね!」


それに気が付いたのか、手ノ塚さんは空いた手でコーヒーの入ったカップを手に取ると、まるでビールのように飲み干した。


おいおい…淹れたてで熱いんだけど、それ。


「提案なんだけど、横河さん」


真面目な顔をして山家さんが私を見た。


「俺は車に着替えがあるから良いけど、横河さんもコイツもずぶ濡れだ。良かったらで良いんだけど、コイツの家が近いからとりあえず2人を俺がそこに送って暖まるというのはどうだろう?こっちもここを片付けてすぐに皆も向かう。コイツはともかく横河さんが風邪をひいたら、俺達は悲しい」


「お?呑み直す?」


「馬鹿…どう?横河さん。こいつには手を出したりしないように釘は刺すし、何だったら有事の際は本当に刺しても構わない」


「あ、私はそれで全然構いませんよ。これだと帰れないし…逆にありがたいかも」


私は素直に頷いた。どこかで着替えたにしろ、5月の陽射しはまだ弱い。体は冷え切っている。シャワーでも借りれたら…ありがたい。


筒木さんが山家さんの腕を抱きながら


「そうそう、そうしなよ。着替えは買っていってあげるから」


貴女は山家さんと買い物をしたいだけでは?あと近くない?と思いつつ、私は謝意を示しながら彼女に自分のサイズを伝えた。お金を渡しうとしたけど「私、センス無いから勿体ないよ」と謎の理由で断られた。


あれよあれよと言う間に山家さんの車に乗せられた。


私は後ろの座席で手ノ塚さんはビールを片手に助手席。


山家さんがバックミラー越しに私を見て


「今日はなんか…ごめんね」


「いやいや!あれは仕方ないですって…でも、手ノ塚さん、凄かったですね。どうして判ったんです?子供が流れてくるって」


しんみりされてもイヤなので、わざと明るい調子で手ノ塚さんに話を振った。


「んー…何か…聞こえた、みたいな?よく判らないんだけど、体が動いたんだ」


格好付けるでなく、でもとぼけるようでもなく、そんな感じと言われたらそうなんだなぁという変な説得力。


山家さんが笑う。


「お前、昔から何か第六感?みたいなのすごいよな。よくあんなに泳げたな。服着てたよな」


「いやぁ、なんか夢中で…前世は河童かもしれない」


「どれどれ…あっ!確かに!」


「お前っ!頭見てんじゃねーよ!前見て運転しろ!」


「だははは…とか言ってる間に到着~」


2人の楽しそうなやりとりを見てたら時間はあっと言う間だった。


外を見てみると…マンション。ダークブラウンのレンガ調の綺麗な壁の1,2,3…10階建て。


手ノ塚さんがドアを開けてくれたのでお礼を言って私は降りた。


「司!すぐ皆で戻ってくるからな!」


「判ってるよ!後でな!」


「横河さん、すぐ戻ってくるから。何かあったら電話…」


「大丈夫ですよ。信じてますから」


真顔で申し訳なさそうな山家さん。なんか急にお父さんみたい、と私は笑いながら返事をすると、肩をすくめて山家さんは車を走らせた。


「露骨なんだよな…ごめんね、気にしちゃうでしょ」


こちらも申し訳なさそうな手ノ塚さん。


昔女遊びしてたとは思えない程恐縮してる。


「いいえ、きっと手ノ塚さんは大丈夫」


会ってから数時間しか経ってないのに、こんなに信用できるのは…さっきの出来事があったからだと思う。


「何階に住んでるの?」


「あぁ…10階」


「誰かと一緒に?」


「気楽な独り暮らしだよ。歩きながら話そうか」


「ひ、1人で?」


ファミリー向けの、部屋数が多いタイプの…高そうなマンションだぞ?


「そうだよ、安かったからね。事故物件かも」


本当…稼いでるんだなぁ…自動ドアが開くと…うわ、ぴっかぴかの玄関にコンシェルジュがいるし、噴水とかあるよ?


「斎藤さん!お疲れ様です!後から友達来ますから!」


会釈で応える初老のコンシェルジュさん。


待合のロビーには柔らかそうなソファもある。


ロビーだけで私のアパートの部屋がすっぽり納まるよ…


「時々一緒に呑むんだけど、結構呑むんだわ、斎藤さん」


部屋のフロアに行くであろうエレベーター前の自動ドアに数字を打ち込む手ノ塚さん…本当に敏腕営業マンなんだなぁ…


白に金色で縁取りされた壁のエレベーターは凄い静かに私達を10階まで運んでくれた。


手ノ塚さんの部屋は10階の角部屋らしいんだけど…廊下にカーペットが引いてある…まるでホテル。


「はーい、こちらでーす」


指紋認証の鍵を開けると…名前は判らないけど、男物の香水の香りが鼻腔をくすぐる。そして目に入るのは白いタイル張りの3-4畳はありそうな玄関とシューズクローゼット。


「ひょわ~…」


私じゃなくても変な声は出ると思う。


「何、その声」


「素敵な玄関だと思って…」


「ん?ここが部屋だよ、ワンルーム」


「ぷっ…またまた」


「あはは…まぁ、どうぞ上がって」


「お邪魔しま…」


靴を脱ごうとして足を止めた。


川に入ったから靴下は水で濡れてぐじゅぐじゅだ。


「どうしたの?」


「いや…足、今汚いから上がるの申し訳なくて…」


私が尻込みしていると、手ノ塚さんが優しく微笑んでくれた。


「気にすることないよ、俺も同じ。なんだったら一緒に摺り足で歩いて廊下を水拭きしようよ」


「もう…」


人を気楽にさせるのが本当に上手だ。


ちょっと遠慮しながら私は靴を脱いで手ノ塚さんの後に着いて回った。


廊下を少し歩くとお風呂場に通された。


ヘアトニックと香水の匂い。


脱衣所兼洗面所と洗濯機。こちらも白が基調で剥き出しの棚には黒で統一されたタオルが綺麗に畳まれて置いてある。


「ちょっと待ってて…」


と、彼は自分の部屋着だけど…とスウェットの上下を持ってきてくれた。腰は紐のタイプだから少し大きくても履けそうだ。


濡れた服は洗濯機の乾燥機能を使って、と操作方法を私に教えてくれると今度はシャワーの使い方…浴室のシャンプー、リンス、メイク落としの洗顔も自由に使ってくれて構わないとあれやこれや…本当に丁寧な人だ。


「んじゃ、俺居間で待ってるから…」


あれ?それはまずいのでは?


「1番びしょびしょな手ノ塚さん先に入りなよ。私、全然大丈夫だから」


そうだ、今日1番頑張って髪の毛まで濡れている人を差し置いて下半身だけ濡れただけの私が先に入るなんて…


脱衣所を出ようとすると、手ノ塚さんはさっとそれより先にドアから出て行ってしまった。


「ちょっと…!」


「レディファースト。俺はこれから居間のアレやコレやを片付けないと横河さんに幻滅されちゃう。あー大変だ大変だ」


言うやいなや遠ざかる足音…本当に…あの人は…


あの人は…これまでの女の人にもこうだった…


記録…いっぱい読んだ。


ここまで掘り下げたのは初めてだ。


私に対してしたことは、他の人にも同じ様なことをしていた。


あの軽口やお気楽な態度も。


彼の中にあった黒塗りの記録。そこからの流れ。平凡に生きていた彼はそれを皮切りに女性や子供、弱い立場の人間に凄く優しくなっていた。


ざっと記録を見た初対面、遊びに見えていた女性関係。でも、それは肉体関係は一夜限りでも関係は円満に続いていて、別れても女性とは良い関係のまま道を違えているようだ。そして今でも特定のセフレがいるみたいだけど、親しげなのに恋人じゃなさそうな不思議な絵が見えた。


少しだけイラッとしたけど、何故か彼に嫌悪感が沸かない。


それを差し置いても良い人、誰とでも良い関係を築ける凄い素質を持った人。


衣服を脱いで、シャワーを浴びる。


彼は…多分、私と同じで、でも違って、彼は異世界で「勇者」だったのだろう。


私のような邪悪な存在を倒し、弱い人に寄り添い歩んできたのだろう。


そして…何度も帰ってきた。


記録の黒塗り。


私のあれは大地の記録。


この地球ではなく異世界にいたとするなら、大地の記録が黒塗りなのも判る。


地球という大地にいなかったら、記録は付きようが無い。


熱いくらいのお湯が出るシャワー。冷えた体が温まっていく。


頭から浴びている。


関係は続けたい。


だから隠さないといけない。


私には無い強さ、あの黒塗りの回数の12箇所。つまり12の世界を…たった1つの世界を滅ぼした私よりも多くの世界を「救っている」


力の差は歴然だ。


悪=退治


…のノリで生きていたらかなりやばい。


ばれた時は全力でやっても負けるかもしれない。


でも私は強い人が欲しい。


私は強い人との子供が欲しい。


彼は、手ノ塚司は私の子宮がソレだと確信した。


彼が欲しい、彼が、欲しい…


鏡に映った私の瞳が赤い光を放っていた。、


「!」


慌てて深呼吸して気を落ち着かせる。


危うく感情のまま動く所だった。



要は私の正体がばれないように彼を落とせば良いってことだ。


仮にばれたとしても、今は悪いことしてないしワンチャン見逃してくれるかもしれない。


話せば判ってくれそうだし。


ってかさ…不可抗力だよ、異世界は…


あ、子供達には大変かもだけど魔力を隠す事を徹底させないといけない。


目標が出来ると俄然気分が高揚してくる。


手ノ塚さんに他の女と同じ対応させない。


私、横河美波だけの対応してもらうように、頑張るよ。


でも、とりあえず…メイク落としだぁ?


浴室のシャンプーとリンスが女性物なのはまだ判る。


短いけどサラサラのあの髪はこういうこだわりがあるのかもしれない。


でもでもメイク落としぃ??


なるほどね~…


こういう所からだな。


あとはセフレな!

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