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川の底で

横河美波


「えっ、なになに?」


深酒をしてすっかり出来上がって神田さんにしがみついてる弥生が小さくなっていく背中と神田さんを交互に見つめた。


「おい、雄太朗!ここで皆と荷物を見ててくれ」


素面の山家さんも緊張した面持ちで立ち上がった。手ノ塚さんの後を追うつもりらしい。


筒木さんも立ち上がった。


「行こ、美波。弥生は雄太朗さんとここにいて」


「あ、うん…」


山家さんも走り出していて、背中が小さくなっていた。


私と筒木さんも走ろうとしたけど、酔っ払っていたから早足程度の早さでしか進めない。


子供達を置いてこなければ良かったな…そうしたら一足先に手ノ塚さんを追いかけてもらったのに…


ふらつく筒木さんの手をひきながら、私達が川に着いた時…


「司!!」


山家さんが川に向かって叫んでいた。


その視線の先では手ノ塚さんが…川で服を着たまま泳いでいた。


「え?え?何々?」


混乱している筒木さんが立ち尽くす山家さんの背中にしがみつく。


「あそこ…子供が流されてる…」


手ノ塚さんの少し先…川の中央より手前位に男の子が浮いていた。


空のペットボトルを抱きしめて、仰向けになってるから…溺れてはいないはず。


手ノ塚さんは服を着てるのに力強いストロークでぐんぐん子供に近づいていく。


私達ができるのは川に流される子供と、手ノ塚さんに合わせて下流に向かって小走りに追いかけるだけ。


「事故です、あの…子供が川に流されていて…」


私の横を同じく小走りの山家さんがスマホで救急か警察に電話をしてくれている。


私に何ができる?


頭の中はそれがぐるぐる回っていた。


私が異世界のあの姿になれば、そうじゃなくとも氷の魔法で下流を凍らせたりすればあの子と手ノ塚さんは助かる…でも、野次馬が集まってきているここでそんなことをしたら…


水使いの私の子供、ウィンを呼ぶ?


駄目だ、人目につかないような繊細な魔法はまだできない。


私に出来るのは…応援するだけ?


子供を助ける為に手ノ塚さんがあんなに頑張っているのに。


何か…力になれることは…


私がまごついているうちに手ノ塚さんは遂に子供の傍まで辿り着いた。


平行して泳いで何か話しかけている。


やがて、レスキューの人がするみたいに子供を後ろ向きに抱えると、こちらに向かって泳ぎだした。


「手ノ塚さん!頑張って!」


思わず声が出ていた!


「司!がんばれ!!」


山家さんも叫ぶ。


私達の声を皮切りに、野次馬からも応援の声があがる。


さっきよりもスピードは遅いけど、手ノ塚さんは着実にこちらに近づいている。


あと少し…私は川に入っていた。


「あっ!横河さん!」


私の後に山家さんも続く。


私達が腰の深さの所まで来たとき、手ノ塚さんと子供が泳ぎ着いた。


子供も青白い顔をしてはいるが目を開けている。


生きてる!


山家さんが子供を抱き上げると岸では歓声と拍手が上がった。


肩で息をしながら…何故か険しい顔の手ノ塚さん。


「まだだ…」


振り返って川を睨み付ける。


「何が…?」


「まだ父親がいる、沈んだらしい」


!?


私は思わず視界を切り替えていた。


魔法ではない、異世界で得た特別な視力の1つ…


生命のオーラを視る能力。


川の中、下流、小魚の光がいくつか…その陰に…大きいけど弱りつつある光が…


「手ノ塚さん!あっち!」


「…」


私と視線を合わせるように手ノ塚さんが私の顔の横から覗き込む。


「あの…辺り」


目印はないけど、川の真ん中、下流を指差すと手ノ塚さんは首を鳴らした。


「最高だよ、横河さん」


山家さんが叫ぶ


「おいっ!司?行く気か!もう危ないって!この子が助かっただけでも…」


「自分を助けようとした父親が死ぬとか悲しすぎんだろ」


「でもあそこにいるとは…」


「大丈夫」


手ノ塚さんは私の肩をばしんと叩くと


「横河さんの勘はすごい、大丈夫」


「…え?」


再び深みに飛び込んで行った。


こんな時なのに私は、私の心は暖かくなった。


芯のある信頼と信用。大きな手から私に伝わってきたのが判った。


会ってまだ数時間しか経ってないのに。


子供を山家さんに任せて、私もまた岸に上がって手ノ塚さんを追いかけた。


父親の生命の光はみるみる小さくなっていく。


あれが消えると…死ぬ。


川上から流れを利用して泳いでいるからか、手ノ塚さんのスピードはさっきの比じゃない。


みるみる近づいてるけど…光はもう淡い。周りを泳ぐ小魚よりも…


「手ノ塚さん!そこ!潜って!!」


勢いよく潜っていった手ノ塚さん


でも…生命の光は、それと同時に消えてしまった…


潜っていく手ノ塚さんの強い生命の輝きしか見えない。


「………まじか」


AEDや人工呼吸でも、戻らない領域。


私はもう呆然と見守ることしかできなかった。


数分?数秒?長かった。


唾を飲んだその時だった。


私は目を疑った…川底の光が2つになった。


1つは手ノ塚さんだ。


もう1つは…死んだはずの父親?


消える前と同じ色をしている。


間違いなく父親だ。


あんなにか小さかった光はもう普通に生きている人のそれと同じ強さになっている。


そんなはずは…確かに死んだ…私の500年余りの経験から、あそこから盛り返すなんてまず無い。


それが出来るのは…蘇生の力や魔法以外には…


2つの輝きはやがて川面に近づいてきて…2つの頭が顔を出した。


父親らしい男の人と。手ノ塚さん。


男の子の時と同じように手ノ塚さんに抱えられて、やがて川岸の私の所へ。


野次馬の何人かが肩で息をしている父親を受け止め、寝かせて介抱を始める。


膝に手をついて体を上下させるほど荒く呼吸をする手ノ塚さん。父親と、上流から追いついてきたらしい奥さんと溺れてた男の子を優しく見つめている。


「…」


私はその横顔から目が離せなかった。


一仕事終えた男の顔を見てると、すっかり酔いは醒めたはずなのに顔が熱くなるのを感じる。


川底で何があったか聴きたいのに、すっかり頭の中から抜けていた。


手ノ塚さんが私の視線に気付いたのか、息を落ち着けながら手を振った。


「横河さん、おつかれ~」


まるでバイト中の同僚みたいなノリに私は吹き出していた。


「かるっ」


「ははは、じゃあ…呑み直そう!」


えっ!命懸けの救出劇の後なのに?!そんなノリ!?呑むの!?


野次馬の拍手やら歓声が上がる中、遠くから救急車だか消防車だかのサイレンが聞こえてくる。


「ほら、早く戻って呑もうよ。酒すっかり抜けちゃったわ」


あまりの軽いノリに呆然としてる私の手をとると、手ノ塚さんは川上に向かって悠々と歩き出した。

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