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エプロンの良さを述べよ

横河美波


なんやかんやで、BBQの日となった。


とある5月の土曜日の正午過ぎ。


三対三。


向こうは社長の山家さんと弥生が狙っている神田さん、後は営業の手ノ塚さん。


こっちは私と弥生、そして山家さん狙いの営業の筒木さん。


業績が凄い良さそうだからツバを付けたいらしい。取引先の発注状況を握っているって怖い。


とある河川の最寄り駅に集合して、男性陣の誰かが迎えに来てくれるらしい。


すっかり色めいている2人に代わって、今日の為に作ったグループLINEに『着きました』と打ち込んだ。


今日は暑くもなく寒くも無く丁度良い青空。


それにしても…私と筒木さんは屋外、そしてBBQってことでデニムのパンツに濃い色のシャツという服装なのだが…弥生はと言うとふわっふわのキュロットにフリフリなブラウス、足首の靴下までふわっふわのふりっふりなレースが付いている。全身クリームとホワイトなコーデ。


大丈夫かー、屋外な上にBBQだぞ。タレが飛ぶぞ。


しかも昨日会社で別れた時と髪型が違う。朝一で美容院入れたなこれは。


まぁ、意気込みは伝わってくるけど。


ん…スマホがぶるった。


山家さんだ。


『待たせてごめんね、こっちも着いた』


駅前のロータリーを見ると、身長が高くて目鼻立ちのはっきりした顔、紫色のポロシャツを着た男性…山家さんが手を振っていた。


最近私は誰かを見るとすぐに軽く「記録」を読む癖が付いていた。推理物アニメによくある名前と年齢、職業がキャラの横に出るアレ程度だけど。


その山家さんの後ろには新車で買ったらしいガンメタリックのランクルが。


「よし…」


筒木さんの小声のガッツポーズが聞こえる。


高い車に乗ってるってことは…ねぇ?


私は少し彼の記録を読み進めた。


まぁ、流石社長、お金持ちではあるね。


でも女関係は高校時代から今に至るまでだらしなかったみたい…。


暴力ふるったり、モラハラな記録はないのが救いか。


仕事や服装のセンスは良いと自分でも思っている。


デザイナー畑で過ごしてきた割にはチャラ男でナンパ癖があるけど…そういうガツガツした性格が成功した彼を作っている。そんな感じだ。


うーん…なんとも。


筒木さんこういうの好きかなぁ?


とりあえず私は記録を見るのをやめた。


弥生や筒木さんは気まずくてここまで見ないけど、年が近い男性はついつい「記録」を読んでしまう。


最初の頃は知らない人の性癖とかを読んで楽しかったけど、段々「プライバシー」の言葉が頭を過るようになって名前や職業位に抑えるようになった…のだけど、今は…まぁ、筒木さんに相応しいか調べる為に…うん、決して自分の為では…無い…よ?


あっちから帰ってきて初めて異性と呑むんだ…私も少し舞い上がってる?


「山家さん!この車格好良いですね!!」


早速筒木さんが食いついている。


山家さんが後ろのドアを開けてくれて、私と弥生はそこに入ったのに


「宜しくお願いしまっす」


ちゃっかり助手席に座る筒木さん。


ガツガツ行くなぁ…


「よろしくぅ~」


運転席に座った山家さんもノリノリで手を差し出して…そこに筒木さんがパチンとハイタッチ。


「うぇーい」


なんだ、古い友達か?


車を発車させた山家さんがバックミラー越しに


「今日は来てくれてありがとう。会社とか今日は気にしないでタメ口でいこ~ね~」


と、にこやかに笑った。


「お~!」


あぁ…もう筒木さんは山家さんを完全にロックオンしてる。


車のパワーすごいな。


弥生はというと、こちらも終始笑顔でリアクションしている…けど、少し緊張しているみたいだ。


筒木さんのテンションの上がり具合に引いてるのかもしれない。


さておき、そうなると私が相手するのは営業の手ノ塚さんか…私の記録によると過去に面識は無く、電話なら何度か話した事があるらしい。


話しやすい人だと良いけど…営業だからその辺りは大丈夫そうかね。


窓の外を見る。


市と市の境目にある大きな一級河川の橋を丁度渡る所。


釣り、マラソン、若者グループがBBQ…橋の下では演劇やトランペットの練習もしている人もいるだろう市民の憩いの川。


山家さんによると、準備は万全で後は私達が来るだけらしい。肉やお酒にジュースやら何やら取り揃えてるとか。


私はてっきり火起こしからやるのかと思ってたけど…用意周到だな。


会場は河川敷の車で乗り入れる事が出来る多目的な広場。


私達の他にも幾つかのグループが来て賑やかにしている。談笑する声、肉を焼く美味しそうな匂いが風に乗って届く。


「ちょっと歩くよ、ごめんね~」


とは言いつつも100m歩くか歩かないか。


深緑色のターフの下には2人の男性。


片方はコンロで肉を焼いているエプロン姿(!)で長身の…こちらが手ノ塚さんか。


もう1人はコンロを囲むようにベンチを並べてる…髪が長い男性、これが神田さんか。


「お待たせ~」


山家さんが手を振る。


「宜しくお願いしまーす!!」


えらく元気が良い筒木さん。はりきっちゃってるけど…判ってるか?今日は弥生と神田さんが主役だぞ。


「どうも…神田です」


並べていたベンチを置いて、神田さんが後ろ頭に手をやりながらおじぎをした。肩より下にある長髪がさらさらなびいた。ぎこちない笑顔なのは緊張してるからか。映画に出てくるインテリなイケメンさんな雰囲気がある。


これが弥生の本命か…ざっと記録を読んだけど、女遊びもしてないし他に悪さもしてない、インドア寄りの…おお?推しはVTuber?これ知ってるぞ、ふわふわの衣装を着たお嬢様系の娘だ!


弥生!今日の服装!ばっちりじゃん!!


私の横で同じように緊張してる弥生の肩をバシバシ叩きたくなる衝動を抑える。


フリーみたいだし、昨日美容院行って、今朝もちゃんと早起きしてお風呂にも入ってきてるから本人も乗り気だぞ!


誰かと同じだ!


頑張れ!弥生!


「遠い所に来てくれてありがとうね。俺、手ノ塚って言います」


トングで肉や野菜をひっくり返しながら、手ノ塚さんも笑顔で私達に会釈した。


小洒落た空色のシャツに紺色のシンプルなデザインのエプロン、スラッとした長身が溌剌な笑顔でのエプロン姿…中々絵になるな。


手ノ塚さんは…やっぱり、山家さんとつるんでるからか女遊びはしてるなぁ…でも…


「……え?」


私の脳裏に飛び込んできたのは…一部黒塗りの記録。


こんなの初めてだった。


誰かの記録を読む。


それはざっくり言うと履歴書のような感じだ。


名前、年齢や性別、趣味等がまずあって、その下には職歴欄。記録上ではその人の人生の流れが書かれている。


私がざっと記録を読むときは、そこを年単位で斜め読みをする。


もっと深く知りたかったら、月、日、時間…といった具合に絞り込む。


少し探る位だったらまばたきする時間で、さっきの神田さんの情報位は読める。


だが、手ノ塚さんに関しては…記録と記録の合間に不自然な黒塗りになっている箇所がある。


時間で見ると高校3年生の時を皮切りに30分から直近だと5月頭の2分位の全部で12箇所。


黒塗りを挟んでも普通の生活をしてるみたいだけど…


どういうこと?


なお、死んだとしたら記録には「死亡」と書かれ、決して黒塗りにはならない。


黒塗り、黒塗りの記録。


能力の不具合?


機械じゃあるまいし、そんなはずはない。


明らかに明確な何かがそこの黒塗りにはある。


心臓がどきどきするのを感じる。


恐怖ではない、これは好奇心と探究心。


…何これ、すごい面白すぎるんだけど?


手ノ塚司、この人って…何?


「美波?どうしたの?」


弥生に肩を突かれて我に返った。


「あ…横河です、宜しくお願いします」


何秒位呆けてたのだろう、私は慌てて挨拶した。


手ノ塚さんは私のどきどきを知ってか知らずか、肉をひっくり返しながら「宜しく!」と返事をしてくれた。



BBQは始まった。


お店みたいな品揃えのクーラーボックスからそれぞれ好きなお酒をとって乾杯(山家さんはノンアルビール)


コンロには分厚い肉を始め、エビやイカの海鮮、大切りの野菜が並んでいる。


左右で火力を分けているらしく炭の赤さが違う。


食器は紙皿ではなく、木皿なのがこだわりを感じる。


ターフも大人が6人入ってもまだあまる大きいヤツ。


コンロもホムセンで売ってるような量産型じゃない。


それ以外にもウォーターサーバーやらクーラーボックスから…全部同じブランドで統一されてる。


山家さんの私物らしい…すごいな。


「キャンプ!今度はキャンプ行きましょうよ!」


「おっ!良いね~!暑くなる前にまた皆で行こうか」


すっかり筒木さんは出来上がっている。山家さんも呼応するようにノリノリだ。


弥生と神田さんの事を考えての約束だろうか。


いや…違うな、間違いない。


場はすごい盛り上がっている。


席は上手い具合に弥生と神田さん、筒木さんと山家さんが横並びになっていて、必然的に私の隣は手ノ塚になっている。


肉やお酒をがんがん消費しながら、手ノ塚さんが会話のトス上げをして山家さんが広げる。さすが古い付き合い+呑み会の手練れだ。かと言って2人の独壇場ではなく、自然と私達も入り込める世間話。


余り大騒ぎが好きじゃない私も会話を拾ったり広げてくれる人がいるから、楽しく過ごす事が出来ていた。


「手ノ塚さんは普段料理とかするの?」


手ノ塚さんに肉を皿に乗せてもらいながら私は尋ねた。


料理をしているのは記録を読んで知っているけど。


「え、なんで判ったの?」


大袈裟におどけるのが面白くて吹いてしまう。


「そのエプロン、自前でしょ。男の人でエプロンなんかしてたら…ねぇ?」


「そうなんだよね、気合入れる戦闘服みたいな感じで料理の時は着ちゃうんだわ。」


「待って…家に10着位あるんじゃない?」


「うぉ、多分それくらい。何々、カンペでも出てた?」


切れ長の凛々しい目なのに、驚くと見開いて丸くなるのがなんか可愛い。


「戦闘服って言うくらいだから、1枚だけじゃないなと思って。」


本当は記録を読んだんだけど…相手を驚かすのは楽しい。


「美波さん勘が良いね!前世とかも判ったりして」


「まさか~」


…考えたことないな、読めるかもしれない。


「美波さんは料理とかする?」


「まぁ…人並み、かな?」


「じゃあさ…」


手ノ塚さんが小声になって私においでおいでした


ん?と私は耳を近付ける。


「エプロン持ってる?」


「あは、内緒話で聞くこと?持ってないよ」


ひそひそと返す。


「ちょっと抜けだしてエプロン買いに行かない?」


「抜けだしてまで買うものじゃないよね」


お馬鹿な誘いにお腹を抱えて笑ってしまった。


「まぁ、今度エプロン探しに付き合ってよ」


「考えとく」


「良いエプロン屋があるんだ」


「エプロン屋!!」


早速のデートの誘いがまさかのエプロンを買うためとか。どんだけこの人エプロン推しなの、と考えるとお酒の力もあって笑い転げてしまう。


目ざとく見つけた山家さんが


「おっ、なんか司のヤツが面白いことを俺等にも言ってくれるぞ」


「それ黒柳徹子のやつじゃない?」


筒木さんもノリノリで突っ込む


「そうそう、司さん、あの面白いヤツやって下さらない?」


話の流れ、宴会のノリ、いままで明るい雰囲気ですぐに返事を返していた手ノ塚さんだったのに、何故か沈黙していた。


「お?司?」


怪訝そうな声の山家さん。


不思議な事に場がしんとなっている。


私も笑いすぎてお腹が痛かったけど、ひくつく横隔膜を抑えながら横にいる手ノ塚さんの顔を見た…


「…」


息を飲んだ。あんなに柔やかだった彼の顔が、今まで談笑して弛んでいた顔のパーツの何もかもが引き締まり、緊迫した面持ちで私の遥か後ろ、川の方を見つめていたからだ。


「手ノ塚…さん?」


笑いすぎて震える私の横隔膜も空気を読んで一気に鎮まる。


「行ってくる」


彼は言うが早いか突然立ち上がると、川に向かって走り出した。

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