婚活のストライクゾーン
横河美波
仕事中の雑談は特に禁止されていない弊社当部署。
ようやくパソコンやシステム、電話対応等を覚えて(思い出した?)弥生とお喋りする位には余裕が出来た私。
「美波、取引先で田中商店さんっているでしょ」
「あぁ…」
名入れのペンに始まり、販促用のグッズ製作や生産を受注するのが私の部署。
大小様々な広告、デザイン会社が弊社の顧客だ。
そして、片仮名や英語表記の名前の会社が多い中…田中商店…私でも一発で覚えた。
老舗かと思ったらここ数年で出来た会社らしいし…営業さんが敏腕なのかひっきりなしに仕事が来る。
弥生が言葉を続ける。
「この前打ち合わせに来たんだけど、山家さんと一緒に来たデザイナーさん…神田さんって言うんだけどすごい格好良かったの!」
「へぇ」
その時期はエナドリ片手に必死でパソコン周りを思い出そうとしていた時だ。全然記憶に無いが、名前は把握している。
山家真澄、田中商店のデザイナー兼社長だ。
神田雄一郎、弥生が言った通りのデザイナー。
「その後に横家さんから電話来た時にお願いしたんだ、神田さんと皆でご飯しませんかって」
弥生、ふわっふわで何も考えてないようでこういう時は積極的で手が早い。
ん、みんなで?
「そしたら、来週の土曜日にBBQしませんかって…美波は暇?来れる?」
「私が行くこと前提で話を進めてた?」
「うん」
悪びれもせず、屈託なく笑う弥生。まぁ、私も今後のことを考えて付き合う事にした。
こっちの世界でパートナーを見つける為に年が近い人達と呑むのは重要だろう。
私は誰かとの子供が今、とても欲しい。
婚活アプリで色々検索してみたが、どうも良い人がいない。
社内は元より電車、町を見渡しても…うーん、なのだ。
年収、どうでもいい。
学歴、義務教育終了してれば。
職業、好きな事をどうぞ。
容姿、気にしない。
年齢、年上でも年下でも
兄弟、長男でも次男でも何でも良い
家柄、何ソレ
こうして羅列すると、引く手数多だろうけど、唯一の拘りを誰もが満たせないでいる。
強さ、私より強い事。もしくは同格。
これだけは譲れない。
単為生殖からの卒業、それが私の祈願なんだから、拘ったって良いハズ…だ。
まぁ…この拘りが1番の障害だなって思ってはいる。
私より強いってなると…同じように異世界帰りの人が居れば…なんだけど、早々いないだろう。
それすなわち絶望か?
いやいや、まぁ、うん、気長にね…
『ママ』
私の髪の毛に隠れているアルトの心の声が届いた。
チクリと首筋に彼の爪がひっかかる。
『ん?』
『僕、見られてる』
いつも脳天気なのに、いつになく神妙だ。
彼は私の首の後ろ、髪の中に上手く隠れている。
肉眼で見るには、顔を近付けて髪を掻き分けないとまず無理だ。
そりゃ神妙にもなる。
『…?』
私はデスクに座ったまま周りを見渡した。
低い衝立はあるものの、デスクから社内は見渡せる。
「…」
『あの人間だよ、ママ』
午後の仕事場、皆色々慌ただしく働いている中、足を止めて私と目が合ったのは…あ~…誰だ。さっと記録を読んだ。
佐々木愛、別の部署の営業かつ別のフロアの人間。
46才独身で…婚活市場にしがみついていて、最近はスピリチュアルに傾倒してる…。
良い人を見つけないと私もこうなるのか。
『ママ、変なこと考えてないで。こっち来るよ』
アルトが首筋を突く。
なんか面倒臭そう…だけど、アルトが見られたというのなら、何かあるのかもしれない。
「弥生、私トイレ」
ゆっくりと歩み寄ってくる佐々木さんを背中に感じながら私は部屋の外に出た。
「待って」
人気の少ない廊下。案の定佐々木さんは渡しに声をかけてきた。
「あ…はい?」
一応今気が付きましたと振り向く。
佐々木さんは眉をひそめながら、私の後ろ辺りをチラチラ見てから、自分のネームプレートを私に見せてきた。
「私、佐々木という者です。他部署ですが、同じ社員です」
「はぁ、どうも…」
律儀な性格だ。
佐々木さんは周囲をきょろきょろ見てから、声を潜めて言った。
「あなた…憑いてるわ」
「宝くじ買った方が良いってことですか?」
「…そうじゃない。悪霊があなたに憑いてるの」
『ママ、この人食べて良い?』
悪霊に間違われたアルトが憤慨してるのが可笑しくて、笑ってしまった。
「笑っちゃうのは判るけど、本当なの…最近よく寝られなかったり肩が重かったりしてない?」
彼女は大真面目に私を見てる。
「ちょっとカフェスペースに行かない?」
「…少しだけなら…」
アルトを宥めながら私は佐々木さんの後に従った。
カフェスペース、タイミングが良いのか私達以外誰もいない。
佐々木さんの奢りでカフェラテを飲みながら、彼女の話を聞いてみた。
何でも彼女は昔から「見える人」だったらしい。
そしてここ数週間、会社に嫌な雰囲気が漂っていて、遂に今日元凶を探しにうろうろしてたら…私を見つけたとのこと。
彼女が嫌な気配を感じ始めたのは、私が異世界から帰ってきて出社した日と合致するから…ホンモノなのかもしれない。
私やアルト達が体から漂わせているのは、いわゆる魔力。
私は向こうで人間世界を探るときは身バレを防ぐ為に極力体から出る魔力は消していた。
今もその流れで私は魔力を消して歩いている。
でも…そうだよな…アルト達にはそれを強く教えてなかったのを思い出した。
地の異獣王な私の子供だからなぁ…それは魔力が溢れてるわ…と、少し後悔。
魔力、こちらでは霊能力に近いのだろう。
だからこうして見える人には見えて感じる。
私達に対して人間にはどうこう出来るはずはないけど、面倒な事は…今、起きている。
「邪悪、すごい邪悪な存在があなたに憑いてる…さっきより遥かに増幅してる…」
よく見たら佐々木さんはガタガタ震えている。
それもそのはず
『僕は邪悪じゃない!』
さっきからアルトは殺意の魔力が全開フルマックス。
邪悪だと言われた途端、飛びかかろうとすらした。
アルト達我が子供達は一匹であの世界でいう竜と同じ位の力を持っている。
そんな存在に殺意を向けられて、こうして震える程度で収まっているのは…彼女が普通の人よりは鋭敏で、霊能力者としては鈍感だからかもしれない。
でもビビっているけど、放っておいたら私達にとってかなり面倒な気がする。
アルトに頼めば血を残さず食べてくれる…が、職場の人が1人突然消えたらどうだ?
社内には防犯カメラがあるし、佐々木さんとは繋がりが出来たことが映っている。
例え彼女が独りの時を狙っても容疑者の1人になるかもしれない。
「気のせいですよ、あはは~」と去るとする。
彼女は私に付き纏ったり変な噂を流すかもしれない。
もし転職したとしても、転職先に話すかもしれない。
田舎に行きたいとは言ったが、パートナーを見つけるには都会に居た方が都合が良い。働くのも出来れば慣れているこの職場が良い。
それなら選択肢は1つ。
記憶を改ざんする。
『おいで、ケルド』
カウンターにドームを作るように形で両手を置いた。
『ほーい』
手の中にもそもそと動く毛玉が現れる。
ジャンガリアンハムスターの形をした私の息子、ケルドを家から呼び出した。
感情•記憶操作の能力を持たせた可愛い子だ。
『この女の探知能力に対して私と貴方達にだけベールをかけて。そして、私のことはカフェスペースでの飲み友達位の記憶に書き換えてくれる?』
『ほーい、ママ』
ケルドを包み込んだ私の手から紫色の光が漏れる。
佐々木さんはそれを見て
「ひっ…」
明らかに身構えたが、光に包まれると呆けた顔になった。
「陽子さん」
私が呼びかけるとようやく表情が戻った佐々木さん。
ケルドの記憶操作のせいで状況が飲み込めていないのだ。
「…あ…美波さん…あれ?」
「どうしたの?ぼーっとしてたけど」
「…え…うん、疲れてるのかも」
「パワーストーン、古くなってきたからじゃない?」
私は彼女が右手首に付けている茶色の数珠を指差した。
「あ…そうかも…そうかな?」
「きっとそうだよ、新しいのを今度仕事終わりに一緒に買いに行こう?」
適当な雑談をして佐々木さんとは別れた。
佐々木さんみたいな霊感を持つ人は多くは無いけど少なくも無いはず。
何か面倒事が起きてからでは遅い。
子供達にも魔力の流れを抑えるように教えないと…