後輩の額は熱かった
-手ノ塚司-
唐突にかかる重力。カーペットに足が付く感触に俺は目を開けた。
思い切り鼻から息を吸いこんで、俺の大好きな香水、カルバンクラインの香りを堪能した。
とりあえずベッドに腰掛けて、枕元にあったメモ帳を手に取った。
そこには走り書きで「20XX年5月16日/日曜/19:45」と書いてあり、俺はスマホを開いて時間を確認した。
同日19:47の表示。
2分…今回は2年が2分か…やっぱり時間の流れは場所によって違うのな。
ともかく今はビールが呑みたい。ぬるいクラフトビールじゃない、大量生産の味が決まってるやつをたらふく。
冷蔵庫から買い込んであった500の缶と、ベーコンブロックをパックから取り出して食卓へ。
プシュッとあけて一気飲み!
キンキンに冷えたアルコールと炭酸と苦みを一気に腹の中へ流し込む!
爽快!!
生きているって素晴らしい!
俺は2本目のフタを開けて天井に向かって突き出した。
「乾杯!!」
2年振りの美味いビール。勝利の報酬に相応しい。
至福の時を堪能した。
俺は世界を滅ぼしてきた。
人は絶滅、その代わりにゴーレムが意思を持って稼働している世界をだ。
博士と教授という2体のゴーレムが、その世界を牛耳っていた。
博士は穏健派。
このままで皆で暮らして行こうという方針。
教授は改革派。
バージョンアップ、ブラッシュアップが可能なゴーレムなら改造を繰り返して高みを目指そうという方針。
教授に付き従うゴーレムは改造を繰り返し、強くなったが優しさを失って力を誇示し、暴れるようになってきた。
虐げられるのは博士派の穏健派だった。
教授派にいじめられ、ときには破壊され数を減らしていく。
このままじゃ破壊と暴力に世界は覆われて、かつての人類のように滅んでしまう!
そこで呼ばれたのが俺…では勿論無く、一人の女子大生。
鼓舞することでゴーレムの能力をアップさせる加護を持っていて、その力で教授側を懲らしめていくという物語の流れ。
んで、俺は教授側…ではなく第三勢力の旧人族。実は人類は生きていましたーというヤツで、ゴーレムは使役物!人類こそ史上!ゴーレムに文明はいらんから一端滅ぼすね!というロールをカミサマからありがたく頂戴した。
んで、まぁなんだかんだで勝ったわけで。
あっちは教授と博士が女子大生の説得で歴史的和解をしての連合軍を結成。
大量生産可能なゴーレムの物量作戦はきつかったけど、女子大生を狙うと楽に終わった。
女子大生の加護の力はこの世の全てのゴーレムに行き渡る程強大になっていたから、それを使わせてもらうことにした。
ゴーレムに対して絶望してもらった。
ゴーレムは幻覚は効かない。
だけど、女子大生には効く。
手下の1人を女子大生の寝所に忍び込ませて、ある幻覚をかけさせた。
彼女がゴーレムに触れる度に「ゴーレムが女子大生の世界の人間を虐殺する」っていうビジョンが見える幻覚だ。
最初は微かに。何ヶ月もかけてそのビジョンは明確になり、この戦いが終わったらゴーレム達は俺達旧人類の技術で女子大生の世界(俺もいる世界)に攻め込む、というのを見せ続けた。
その頃には女子大生は酷いノイローゼになって寝込む程になっていた。
ゴーレムにメンタルヘルスなんて判るわけがないから酷くなるばかり。
そして、そこでゴーレムに「旧人類側が、異世界から仲間を呼べるゲートを建造している」と、誤情報を流す。
元の世界に戻りたい、でも戻るには旧人類を倒さないといけない。でも倒したら元の世界の皆が…なんて思ったんだろう。
遂に胃に穴をあけて血を吐いて倒れてしまった。
そこで俺の出番だ。
ある日、女子大生の寝所に忍び込んだ。
新月の真夜中。
小さな灯りだけに照らされた部屋。
疲弊して痩せ細った青白い顔をした女子大生が苦悶の表情で寝ている。
私は覚醒の魔法をかけて彼女を起こした。
「カナ、目覚めるんだ」
俺達はこの世界で面識があった。
「…」
カナは目を開けこそしたものの、反応は無い
「話には聞いていたが…随分疲弊しているな…」
額に手を当て、覚醒の魔法を再度かける。
「ミーヒル…」
ようやく意思はあるけど力の無い瞳でこちらでの俺の名を呼んだ。
「見ていて不憫だ…どうだ?戦いは諦めろ。我が軍がゲートを建設しているのは知っているだろう?お前だけでもそこから…」
「…だめ…ゲートなんて作らないで…」
「無理な話だな、私は私の信じる道を行く」
私が突っぱねると、カナはか細い声で、ゴーレムがゲートを通って人類を滅ぼすビジョンの事を教えてくれた。
「…それは俺が負けると」
上手くいきすぎて吹いてしまったのを慌ててごまかした。
「判らない…私に新しい予知の加護が発現したのなら…もしかして…」
「成る程な…百通りの未来があるなら、1つくらいはあるかもしれんな」
「…」
カナは頷くと、弱々しく身を起こした。
「多分、私が死ねば…その未来は回避できる…」
「果たしてそうかな。象徴が死ねば信者は暴走するのかもしれない」
「じゃあ!どうすれば良いの!!」
力なくシーツを叩くカナ。
「なんで私なの!この世界を守ったら私の世界が!!両方なんてどうやって守れば良いの!?お母さんの所に戻りたい!向こうに戻りたい!こっちの世界の事なんて知らない!何をしたら良いか判らない…」
涙をこぼして大きな声で子供のように泣き出す。
私の沈黙の結界のせいで衛兵のゴーレムは部屋に入ってこない。
私はカナを優しく抱きしめた。
細い肩だ。こうなるまではもうちょっと肉付きはあったのだろうが、可哀相な位骨ばっている。
誰がこうしたか?
俺だ。
「カナ、判っているんだろ?」
大声で嗚咽するカナの声がぴたりと止んだ。
「自分の力の使い道に気付いているんだろ?」
「…」
「すべき事、成すべき事、君は気付いているはずだ」
耳元で囁くとカナの震えが止まった。
抱きしめる私の体を弱々しく、しかし芯のこもった力で引き離すカナ。
「ごめんね…ごめんね…みんな…」
カナの体から光が溢れ、両手をかかげた。
「ごめんね…」
決別の意思。
天にかざした両手から光が溢れ…やがて、最初はカナの居城から、そして世界に広がる爆発音。
ゴーレム達は自爆を始めた。
カナの力は全てのゴーレムに作用する。
この世界を否定したカナによって、世界の民といえるゴーレム達はそれぞれ自爆を始め…俺は勝利した。
それで今に至る。
勝利の余韻をビールで流し込むのは本当に格別だ。
通算12回目の美酒。
ただいま、世界。
5月とはいえスーツ姿でうろつくと暑い。
会社から少し離れた場所にある公園の日陰のベンチに座って缶コーヒーを飲んでいると
「先輩…お疲れ様です」
同じ会社…広告代理店に勤める入社2年目の若手がフラフラとやってきて俺の前に立った。
柔道やってたらしくガタイは良くて、俺よりも横幅があるんだけど、背中を丸めているから小さく見えた。
彼は最初こそやる気満々で入ってきてガンガンやってきたものの、ここ最近になってトーンダウン。ノルマの未達がここ数ヶ月間続いていて…かなりやつれていた。
「お疲れ様、まぁ隣りに座りなよ」
「ウス」
「ちゃんと寝てるか?」
「なんか最近寝れないッス」
すごい敬われているが、この子は俺の1歳下。だからタメ口でも良いと言っているのに体育会系の礼儀正しさよ。
「寝れないのきついよな」
俺は胸ポケットからメモ帳を取り出すと、さらさらっと一筆書いて彼に渡した。
「…先輩、これは?」
「睡眠薬だ、今からそこに行って話をしてこい」
会社名と担当者の名前、所在地、それを数件書いたメモだ。
交流会で名刺交換しただけの担当者で正直どんな会社かは覚えていない。
だけど…
俺は立ち上がると、メモを眺めている後輩の顔をこちらに向けさせて
「お前ならできる」
後輩の額に俺の額を合わせて、士気高揚、人間的魅力の向上の魔法をかけた。
「先輩、ドキッとしましたが、自分ノンケッス」
「バカ、仲間が大事なだけだよ、おまじないだ、おまじない」
「メルヘン女子ッスか」
浮かない顔をしていた後輩も、表情はすっかり明るくなっていた。俺には効いてないが、彼と目を合わせた第三者は彼の言うことを聞いてやりたくなるはず。
魅力の魔法。そんなに強い魔法を使ってないので精々仲の良い親戚レベルの効果しかないが彼なら充分だろう。士気の高揚も普段の彼の後押し程度の威力だ。
彼は出来る男だ。現に入社した時はガンガン契約を取っていたからだ。でも不調になると回復するのに時間がかかって、どんどん悪い方向に行ってしまうタイプで、ミスやトラブルが相乗効果でずるずると…そして今に至る。
落ち込んでたら、人間力という魅力なんてそりゃ下がる。だから後押しだ。
「よし!洋一!行ってこい!」
大事な後輩の肩を叩く
「押忍!行ってきます!」
我が社の重戦車は鼻息荒く公園を後にした。
魔法、異世界の力、この世ならざぬ異能。
死と隣り合わせの中で幾つも異世界を滅ぼして得た正当な報酬だ。有効利用しないとな。
居酒屋で我が社の社長と呑んでいた。
社長と言っても同い年、昔から一緒に居た仲間の1人だ。
大手一強の広告業界に一石を投じるが如く、若手ベンチャー企業立ち上げの発起人で、俺を引き込んだ張本人。
「洋一のやつ一皮剝けたな」
ジョッキを空にしてボス、真澄が嬉しそうに天を仰いだ。
「今日だけで3件契約とってきた」
「マジか、最強じゃん」
教えた会社の中から3件は大金星だろう。
「なら、呼んでやれば良かったじゃんよ」
おかわりを店員さんに頼みながら、俺はこの場にいない重戦車の姿を探した。
「今日は彼女とデートらしい」
「若いな」
「1才しか違わないのにな」
2人でゲラゲラ笑った。
「そういう純粋さが良いんだろ、年上にヤツは受けが良い」
真澄は微笑むと、またジョッキを空にした。
俺等は酒が強い。
つまみでも食べるようにビールを空ける。
量を呑むので高い店に行くとお財布が厳しいから、社長と営業部長なのに大衆居酒屋で乾杯だ。
「言ってたぞ、あいつ、司には頭が上がらないって」
「なんのことやら、さっぱりだわ」
また2人でガハガハと笑った。
「本当お前の人脈と育成能力には感謝しかないわ」
「いえいえ、会社あっての私でございます」
ガハガハと以下略
魔法は使ったけど、ささやかだし。きっかけだけで頑張ったのはアイツだ。
「あれがヤツのポテンシャルだよ」
俺は店員さんにビールをピッチャーで頼んだ。
真澄は大手広告代理店を入社数年で辞めて、この会社を設立した。
ニッチ路線を狙って自分の表現したかった広告、グッズ展開やらを企画をしたいと思ったからだ。
んで、自分はそういうプロデュースに注力したいからって営業面で強い俺に声をかけてきたわけだ。
俺は大学時代から12個の異世界を滅ぼしてきて、その報酬で色々な魔法や能力が使えて、それをこっそり営業に活かしてきて…今に至る。
仕事は楽しい、けど、どうせ楽しいなら仲間と一緒に楽しんだ方が良いに決まってるから、俺は真澄の呼びかけに応えて転職した。
給料の支払いも良いので、この年でマンションも買えたし。
現実でも仕事、異世界でも仕事。
特に後者は時々陰惨な選択もしなけりゃならないから、こういうメリットは享受してナンボだろう。
使えるモノはなんでも使う。
「そういえば司」
「はいよ、真澄」
「来週の土曜日、合コンだ」
「呑み会」でなく、合コンなのが女好きの真澄らしい。
「おお?今度はどこの人?」
俺は焼き鳥を頬張った。
大学時代から変わらない女好きの真澄。
しかし今回はウチの顧客のグッズ製作を頼んでいる文具メーカーの女性と呑むらしい。
「え、大丈夫かよ」
一応立ち位置的にはウチはお客様だけど、流石に不手際するとヤバイのでは
「まぁな…」
苦々しく真澄が額を掻いた。
「向こうさん…三上さんっているだろ?」
「あぁ、窓口の」
何度か会った事がある。裸足でお花畑を歩いてそうな可愛い小柄な子だ。
そんなゆるふわな外見でも納期の調整とか、多方面に働きかけてこっちの要望にしっかり応えてくれていつも助かっている。
「うちの雄太朗の事が気になるらしい」
雄太朗、うちのデザイナーだ。
低音ボイスのイケメン君だ。真面目だけど、型にはまらないデザインで顧客の若い経営者に人気なヤツだ。
「…じゃあ、接待だな。了解。もう場所決まったの?」
真澄の空になったジョッキにビールを注いでやる。
「河原でBBQだ」
「あぁ…この時期だとそうか」
合コン用の飲み屋や食い物屋だけじゃない。河原も俺等のテリトリー。冬ならイグルーだって酒の会場だ。春夏秋冬面白ければ使える場所はとことん使う。
もう雄太朗には声をかけてあるらしい。
3対3らしいから洋一はお休みだ(彼女いるし)
主役は三上さんと雄太朗。
楽しい酒の会にしよう。