眷属創造、ただし単為生殖
横河美波
次の日。
久し振りに見たテレビはチカチカして目が痛くなったので止めた。
会社に休む連絡をするのにスマホを使ったけど、相手からの声に耳がわんわんした。
老化?
いやいや、五感が冴えているんだ。
外の空気が吸いたくて、半畳程の小さなベランダに出た。
5月の空。
陽射しと風が熱くもなく丁度良い。
空気は少し汚いが許容範囲だ。
帰ってきたんだなぁ…
勇者をどうやって殺すかとか物騒な事に費やしてきた日々が数時間も前のことなのに遠い昔に感じる。
ぼーっとしているとアパートの裏の公園で近所の保育園の子供達が遊んでいるのに気が付いた。
ちっちゃいのがわちゃわちゃ遊んでいる。
「あの子達元気かなぁ」
残してきた眷属達と娘の顔を思い浮かべる。
戦いの道具にはしたものの、自分から産まれた子達だ。大事で大好きに決まってる。
本当はもう地球に未練なんか無くて、この子達と暮らしたかったけど神様が「決定事項だ」なんて言うから…
だから私が特別に作った「娘」とも言える眷族を女王として後を任せてきたから、皆平和に暮らしているだろうけど…異形の群れ、向こうの世界では魔族とも呼ばれて忌み嫌われた存在だったけど、私にとっては大事で暖かい家族。
「あ」
そういえばこっちでも眷属を産めるんだ。
向こうでは卵で産んでたけど今のこの姿だったら小さい眷属なら…
私は部屋に戻るとカーテンを閉めて下着を脱いだ。
お風呂場に行ってお風呂の縁に腰を下ろした。
「…」
両手を合わせてこれから産み出す眷族の姿を思い浮かべて魔力を練る
こっちの世界で違和感の無い姿…これかな。
練った魔力をお臍の下に当てた。
「ん…」
暖かみのある魔力が子宮の中に入る。
元気に産まれますように。
後はリラックスするだけだ。
目を閉じて魔力がお腹の中で育つのを静かに待った。
どんな可愛い子が産まれるのかわくわくする。
あの大きさの子ならすぐに形になって…
すぐに下腹部に軽い引き攣りと痛みが来た。
股間から足を伝って羊水が流れ出す。
甘いような、生臭いような匂いが漂ってくる。
破水した…私はいきんだ。
「…んん」
子宮が反応して中の物を奥から順繰り押し出していく。
膣の間を小さくて柔らかい物が通って…もうじき出口。私は落とさないように右手でそれを受け止めた。
「み”ー!」
小さな産声が上がる。厚いビニールを爪でひっかいた時の音と似ている。
落とさないように優しく胸元まで持ってくると…羊水に塗れた1羽の雀が元気に「み”ー」と鳴いていた。
「こんにちは、こっちでは初めての可愛い子」
両手で柔らかく包んで小さなクチバシにキスをした。
雛ではなく、最初から成体の姿だ。
羊水をタオルで優しく拭いてやると、可愛い黒い瞳で私を見上げてくる我が子。
もうそれだけで胸が熱くなって強く抱きしめたくなる程愛おしくなった。
雀の形をしてるけど、これは雀じゃない。
大事な私の子供。
彼は羽を二、三度羽ばたかせると、私の手から飛び立って私の肩に止まった。
そして小さい頭で私の顎に頬擦りしてくれた。
私も頬擦りしたり、キスをしたり頬擦りしたり抱きしめたり…大好きを体で伝えた。
本当…可愛い。
息子を肩に止まらせて、ふと思う。
私独りでこんな可愛い子を産む事ができるのだから…誰かと一緒に作った子供はどんなに可愛いんだろうか…
想像しただけで心臓が早くなってお腹が疼いた。
「…」
…とりあえず、もう1人産んどこ。
私の仕事は文房具メーカーの営業事務だった
私の記録を読んで思い出したつもりだったけど、500年近く離れていたから、パソコンやら社内システムは元よりキーボード(社員番号の入力等)とマウスの操作がおぼつかなくて笑ってしまった。
こりゃリハビリに時間がかかりそうだ。
「大丈夫?」
パソコンの画面の前で固まっていたら、隣の席の…あー…『三上さん』が声をかけてくれた。
社内でも仲が良くて、オフでもご飯行ったり合コンも一緒に行ったらしい…
「なんか色々ど忘れした」
「え、呑みすぎた??」
「そうじゃないけど、ランチ奢るから…色々教えて欲しい…」
異世界ボケ、恐るべし…
30分残業しての帰宅の途。
見覚えがあるような無いような、自宅最寄り駅の前を歩いている。
今日は無理矢理色々思い出したからか、頭の変な所が痛い。自分の記録を読んで予習はしたけど、記録は履歴書みたいなもんで、経験の細部までは書かれていないから…パソコンの使い方も勉強し直さないといけない。
アナログ世界で500年過ごすと、メールやらFAXやら…ここまで色々忘れるか…と笑いが止まらない。
他の社員の名前は個々の『記録』を読めば判るけど、その人と私のエピソードはもっと深く読まないといけなくて後回しにしてたら…私が大嫌いだった部長と立ち話してて三上さ…弥生に驚かれた。
あー…思い出して順応するの大変そう…もう、いっそ会社なんか辞めて田舎暮らしでもしようかな。
『ぼくはどこでも着いていくよ、ママ』
私の首の後ろ、髪の毛の中に隠れている…一昨日産まれた雀の形をした息子が耳元で囁いた。
名前はアルト。
この子は今日、何もかも忘れた私の道案内をしてくれた。
私の『記録』をリンクして把握。家から会社とその帰り道を鳥の視点からサポートしてくれたのだ。
思いつきで雀の姿にしてしまったけど、都会の景色にも溶け込むし、小さいからこうして髪の毛に隠れられるし…我ながら良い子を産んだものだ。
「田舎でどうやって暮らすかな~って思っててさ」
今の体のままだと、雀やハムスターのサイズが体に無理なく産めると判った(一昨日猫を産んだ時はきつかった)
その子達を使ってどう働く?
ハムスターの群れが農作業をする様子は可愛いけど、怪しすぎる。
魔術を使って天気を操作してサービス業?
癒やしの魔術で療養所?
何故そんな事ができると追求されたら終わり。
害獣退治?
熊なら余裕でワンパンだけど、以下略。
力がありすぎるのも難しい。
あ…でも怪しさ爆発だけど微妙に市民権を持ってるアレなら出来そうだけど…
『ママ、そのコンビニを右だよ』
「はいよ…アルト、もう字覚えたの」
『ママの記録を読んで勉強したもん』
可愛い我が子を褒めながら角を曲がると…
『あ』
「あ」
少し先の電柱、その街灯の下に女の人が立っていた。
普通の人なら立ち止まらないし、私も昔のままだったら気にもしなかっただろう。
「幽霊だ」
異世界で人外になってファンタジーをしてきたせいか、私は幽霊の類が見えるようになっていた。
町にはいっぱいそこかしこに幽霊がいた。
道路の端や駅の線路にはなかなかグロいのもいたし、自分はまだ生きてると勘違いしてるのかカバンを持って歩いてるのや、生きてる人に取り憑いてるものとか…もうわちゃわちゃ。
今、目の前にいるのは野暮ったい格好をした若い女性。それが恨めしそうにこっちを見てる。
私はなんもしてないんだから見んなし。
「食べておいで」
『はーい』
首の後ろからアルトが飛びたつ。
ゆらゆら頭を動かすだけで立ち尽くす幽霊にアルトはその目前まで距離を詰める。
小さい嘴を開くと中から出てきたのはニシキヘビ…ではなく、それぐらい太くて長い舌。
雀の口からニシキヘビ。
なかなか見ない光景だ。
ともかくアルトはその舌を幽霊に巻き付けると一息に飲み込んだ。
『若い味、薄いよ』
「そりゃね、あの幽霊若そうだったもん」
私の子供達は基本何でも食べる。
肉も野菜も霊体も…無機物に関してはそれに特化させないと難しいけど…勿論人も例外じゃない。
人は絶対に食べないように戒めているから、私の仕事中にふらふら外で遊んでる時には…食べてない…はず。
先程のアレ、田舎で除霊師…
子供達は元より私も幽霊は掴んで投げられるしな…
1番現実的なのが胡散臭い仕事とかウケる~とか思ってるうちに家に着いた。
「ただいま~」
今日は本当に疲れた。
早くシャワー浴びて、子供達を愛でながら酒を飲みたい。
『ママ、お帰り』
出迎えてくれたのは、黒猫の姿をした私の娘のインク。
昨晩難産の末に産まれた子だ。
異世界の姿になればクジラ位の卵だって産めるんだけど…人の体は小さい。
「インクただいまぁ~お留守番ありがとうね~」
抱き上げてお互い頬擦りしあう。
『インク、ただいま』
『にーちゃんおかえりー』
アルトも一緒になってすりすり。
私は頬擦りしながら
「寂しくなかった?」
『大丈夫だよ、テレビ見てた。あれ面白いね』
ニュース番組がお気に入りだったらしい。
「あなたインテリなんだね」
眼鏡とか似合いそう。
「皆でお夕飯食べようね」
夕飯は自炊のパスタにした。
今日の昼ご飯は弥生と定食屋さんに入った。500年振りの外食は美味しかったけど、少し塩っ辛かった。
舌が慣れるまでは自分でお弁当作ろうかな。
子供達も同じのをあげてるけど、もし外で誰かに見られたら困るからそのままの口で食べる練習をしてもらってる。
2人とも一生懸命啄んだり、齧り付いたりしててすごい愛おしい。食べるのを失敗してテーブルに落とすのすら可愛い。見てるだけで頬が緩んでいくのが判る。汚れた口の周りを拭いてやるのすら尊い。
この子達がもっといたら…
増やしすぎて辺りの人に怪しまれたら面倒だけど…せめてつがいにはしてあげたいなぁ…
それで将来は私と誰かとの子供をみんなで囲んで…幸せだろうなぁ…
よし、転職は追々するとして、今はとりあえず父親に相応しい良い男を捜そう。
逞しくて私よりも強くて、ちゃんと家事育児してくれる人が良いな!
脱•単為生殖!目指すは有性生殖!
その為にも大きい物を産む練習しないと。
猫で悲鳴あげてたら、人の赤ちゃんなんて産めやしないだろう。
よーし、決めた、練習だ練習。