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こっちの5分は向こうの500年

深呼吸。


鼻の中いっぱいにラベンダーの安い香りが広がった。


懐かしいと思う心が薄くなる程、私は向こうに行っていた。


ここに居たのは遠い昔なのに、こちらの時間としてはきっと数分しか経っていない1DKの小さい我が家。


時刻は真夜中。


豆電球だけで照らされている部屋に、私は2本の足で立っている。


右手にはマグカップ。中に入っているミルクはまだ暖かいから呑もうとしていたのかもしれない。


きっと暖めたばかりなのだろうけど、私はそれをシンクに捨てた。




また深呼吸。


そして目を閉じる。


意識を足の裏に集中させ、まずは大地に根を張った。冷たいフローリングに立つ足の裏からじわじわと。


意識の根が伸びれば伸びる程、瞼の裏の暗いスクリーンに徐々に星空が広がっていく。


プラネタリウムの試運転で端から順番に星のライトをつけていくのを見ている感覚。


1つが2つ、2つが4つ…倍々の倍ずつ星が増えていき…やがて瞼の裏に満天の星空が現れる。


根が大地に行き渡り、私と大地が繋がった。


大地の記録を吸い上げると、頭が冴え渡るのを感じる。


そのお陰ではっきりと自分がどこにいてどこの誰なのか認識できた。


私の名前は横河美波、24才。会社員。


異世界を滅ぼして今、帰ってきた。


それは5月のある日の事。さっき捨てたミルクを飲もうとした時、多分まばたきしたら深い森にいたのは覚えてる。


ただ、視界が灰色なのに驚いて目を擦ろうとしたら…更に驚いた。


手が木の幹のようなざらざらとした物に覆われていて…みかんを縦に伸ばしたようなごつごつした指になっていた。


「何?何?」


体を見下ろすと首からヘソの下までは蛇の鱗のような物が張り付いて…いや、生えていてヘソの辺りを境目にしてトカゲのような胴体が付いていた。


ファンタジー映画に出てきたケンタウロスっていたと思うけどあれがトカゲになったような…


何?この?悪い夢?


心臓がバクバクした。


怖くて自分の体を抱くと…


「ひっ…」


背中で何かが動いた。


背骨のラインにバナナみたいに反り返って鋭く光る爪だか角みたいのが等間隔で生えていて、1番近いそれの1本が私の後頭部をくすぐったのだ。


よく見たら体の、胴体の側面にも同じ様な物がズラリ…


オマケに尻尾まで生えていて…それもトゲトゲ。


絶叫しそうになった時、更に最悪な疑問が浮かぶ。


私の顔は?


顔はどうなっている?


爬虫類系?


だから視界が灰色なの?


森の中に鏡なんてない。


節くれ立った指でおそるおそる頬の辺りをつついてみる…細かい感触は伝わらないけど、頬がザラザラな物に押される感覚はある。


少なくともウロコは無さそう。


口の周りを動かしてみる…舌、唇、歯…は犬歯が鋭くなっているか…とりあえずトカゲやワニみたいな口では無く普通の人の口だと思う。


少し安堵したその時だった。


「横河美波」


突然男の声が聞こえた。


低い声で年齢は不詳、電話越しに聞こえるような硬質な音域の声だ。


声のする方を見ると、ビジネススーツを来て眼鏡をかけた男が木の幹に背中を預けて座っていた。


「私は神だ。私がお前を呼んだ」


…頭大丈夫か?とは、思ったけど状況が状況だ。


随分普通の人みたいな格好をした神様なんだね。


「呼んだとか、どういうこと?夢じゃないの?」


「夢ではない。現実だ。」


「現実って…なんで私はこんな格好に?」


「君は災厄の根源、地の異獣王グラウィスとして、勇者と世界を滅ぼさなければならない。」


勇者?


最悪の根源?


世界を滅ぼす?


さっぱり意味が判らない。


「君は君が想像した生き物を創造することができる」


そうぞうしてそうぞう?


「更に君は体に取り入れた物を自分の能力にすることができる」


ビタミンってこと?


「それが君のロールだ」


ロール??ケーキ??


「あの、何を言ってるか判らないんですけど…」


泣きそうな声で私が伝えると、流れるように話してした男の口が数秒止まると、溜息交じりに


「…君は世界の悪役でラスボス。モンスターを産み出す能力と食べたりしたモンスターの能力を使えるからそれを使って世界を滅ぼすんだ。それを止めに勇者が来るから、それとも戦うこと」


優しくかみ砕いて教えてくれた。


案外優しいのかもしれない。


もとい


「なんで私が戦わないといけないの?」


「…君なら出来ると思ったからだ」


まじか


「出来るってなんで?」


「…そう感じたからだ」


「私は普通の会社員で営業事務だよ?戦ったりなんて出来るわけないじゃん」


私は酷く腹が立っていた。


謎な世界に突然連れてこられて、こんな変な姿に変えられて、世界を滅ぼして勇者と戦え?


わけわかんない…手足が怒りで震えてきた。


体中から生えていてる角みたいなのがガチャガチャ耳障りな音をたてている。


「私を殺したら、お前は元の世界に戻れない。勇者に殺されても同じ。元の世界に、元の姿に戻りたいのなら、この世界を滅ぼし、勇者を殺すことだ」


癪に障るが、全てもう決まったことらしい。


「!!!」


怒りのぶつけ所が無くて、トカゲの足を地面に叩きつけた。


激しい地響き、森の木を巻き込んで足元にクレーターが出来ていた。


「やれば良いんでしょ…」


神様は瓦礫の中から顔を出して小さく頷いた。



こうしてカミサマから命じられ、邪悪で貪欲な地の異獣王グラウィス様として私は世界を滅ぼすのにこちらの時間で5分、向こうの時間で500年近くかかった。


同じく神に召喚された社会人で40才童貞が転生した「勇者」との戦いは中々骨が折れた。


彼は誰かに殺されると自分を殺した相手より強くなって生まれ変わる能力を持っていた(だから時には女の姿の時もあった)


眷属創造。


私が想像した能力を持った子供達を生む能力。


カミサマから能力の使い方を聞いて、なんか強いやつが良いよね~と思って卵を産んでみたらドラゴンが出た。


自分の知ってるモンスター?を想像して色々産んで、近くの村や城を襲わせていたら、ある日勇者が現れた。


向こうも何か弱々しい感じだったから、余裕を持って私の眷属の中で強いヤツをぶつけたのが反省すべき点だ。


結果としては圧勝したんだけど、勇者は殺すと前よりも強くなって何年か後に転生して、私を倒すべく戻ってくる。


それを繰り返して都度返り討ちにはしたが、段々私や子供達も窮地に追いやられることが多くなってきた。


生まれ変わった勇者は転生先が成長して覚醒するまで存在が分からない。


ヤツの手で崩壊したこちらの手勢を整えた頃、呼応するように世界の何処かで勇者が覚醒する不思議な仕組み。


戦いの日々で大事な眷族が減り、勇者を倒す頃には軍勢も壊滅状態…の堂々巡り。


向こうに飛ばされて100年目、私は虫の女王フォルミカと海の異獣王マレを倒してその力を得ることができた。


その甲斐あってか70年は勇者を寄せ付けなかったが、それでもまだ足りなかった。


次は天の異獣王カエルムを倒し、その力を自分の物にしたけどそれも束の間。冥府の異獣王ルプスも取り込んでも時間稼ぎ。


勇者は退けても強くなって私に迫ってくる。死にたくない、眷族の犠牲も増やしたくない。


だから私は宇宙にまで伸びる世界樹を取り込むことに決めた。


その世界で何よりも巨大。遠くから眺めても木の幹しか、普通の木のように木の葉や枝すら見ることができない程大きな木、世界樹。


根元をぐるりと1周するには人の足で3-4カ月かかる…ほぼ北海道と同じ太さ。


その世界に住む人々の信仰の対象ともなる世界の象徴、世界樹。


その巨木な体に蓄えられた魔力、生命力はあまりに膨大。木から溢れた生命力でちょっとした怪我や病気なら治るらしい。


世界各国も療養地・中立地としていて、共同で警備にあたっているとのことで取り込む為に人類との激戦は必至…かのように思われたが、実際違った。


私は人の姿に化け、旅人に変装して敵情視察に行ったのだが…そこは気楽な観光地だった。


修学旅行で京都に行ったとして、清水寺の代わりに世界樹がある、そんな感じ。土産物屋や宿泊施設、民家が建ち並び、人が多いせいか警備兵の詰め所が他の都市よりも多いかな、という位。


しかも胴回りが太いせいで、ぐるりと街で囲まれているわけでもなく、東西南北、後は中間地点にちらほらと街や集落がある感じだ。


それ以外の場所は…砂漠だったり草原だったりの違いはあれど完全ノーガード。


木の幹に頬擦りしようが抱きつこうが、噛みついて皮を剥いで焚きつけにしても誰も何も言わない。


私は周囲に人がいないのを確認すると…世界樹の力を取り込む為に中に入りこんだ。


あっさりすぎる…世界樹のネームバリューが先行しすぎて警戒しすぎたのかもしれない。


私は木の深い場所まで進んで…取り込みを開始した。


これまでの異獣王は全部捕食して吸収したが、世界樹は大きすぎる。魔力の触手を伸ばして根を張る事に決めた。


吸収、同化。


仕組みとしては呼吸と同じ。


酸素(世界樹の魔力)を吸って二酸化炭素(私の魔力)を吐いて浸食していく。


膨大すぎて一呼吸一呼吸が深呼吸レベルだけど。


5年後、私は世界を宇宙から見下ろしていた。


この星は地球と同じで青かった。


じわじわと世界樹を取り込んだせいか、私の力が増えたという感覚は無かった。


しかし、取り込めば取り込むほど色々な物が見えるようになってきた。


私の体、世界樹の幹の隙間で休む旅人がいた。


男性。


名前。


年齢。


それが見えた。


世界樹と同化すればするほど、趣味嗜好、過去の経歴等読み取れる項目が増えた。


最初は体に触れているモノしか読み取れなかったのに、日が経つにつれ東西南北の街に範囲が広がり、今は世界中の物の『記録』が見えるようになっていた。


世界樹が蓄えていたのは魔力だけでなく、星に住むモノの情報も蓄えていたようだ。


記録の見方はこうだ。


その対象を見る、それだけだ。


視界にいないモノに関しては微妙に難しくて、脳裏に浮かぶ満天の星空の一つに意識を凝らすと読むことができる。


それが誰か、何かは開くまで判らない。


デスクトップアイコンが無数にあって、それを開くと遠くの場所に棲むAさんの情報が入っている、みたいな。


検索ができれば良いんだけど…例えば田中一郎さん個人や、甘党の人をリストアップとかそういうのだが、それは無理だった。


転生前の勇者をピンポイントで探すことは難しい。


でも1度記録を読んだモノは、都度星のアイコンを探さなくても見れるので、色々なモノの記録を覗いていけばいずれ…


とりあえず私は人探しと平行しながら、前から暖めていた事をすることに決めた。


最終的に私は勇者本人を倒すことをやめた。


これまでの戦いでは、私がほとんど最終的に勇者と戦い、彼を葬ってきたのだけど、虫、海、天、冥府の異獣王、次に生まれる勇者はこれら以上の強さを持っている。


私が吸収したこの世界樹で失敗すれば…次にパワーアップが出来る手段はこの世界でもう無い。


今の自分より勇者を強くさせてはいけない。


私だって死にたくないし。


だから、私は勇者を殺さない。


眷族。強い者を産み出すにはそれなりの魔力をこめなければならず、コストも時間もかかる。


しかし、その逆の弱い者なら大量生産が可能だ。


ヒントは星の記録にあった。


遥か古代、この星は地球と同じように恐竜…ではなくドラゴンが世界を支配していた。


しかし、そのドラゴン達が滅んだ理由は?


それが解った時は世界樹の枝がざわめく程、私はその中で笑い転げていた。


各地方の記録を探って数年、勇者はまだ覚醒していようだ。


やるなら今しかない。


覚醒する前に勝負を決める。


世界樹の枝に実った幾千幾万の松ぼっくりが弾ける。


私は眷族を解放した。


テニスボール位のふわふわした黒い綿毛のような眷族が、世界樹の膨大な魔力で文字通り無数に産まれた。


その一つ一つがくっつき合いながら風に乗って四方八方に飛んでいく。


まるで黒雲。私を中心に黒い雲が世界に広がっていく。


そう、私は世界樹の魔力を使い、眷族で作った雲でこの世界を包み込んだのだ。


下界に意識を飛ばすと…時刻は昼間なのにまるで夜のような暗さになっている。


太古の恐竜、この世界ではドラゴン…は隕石の落下の衝撃で舞い上がった粉塵が世界を覆って…太陽光の恩恵が受けられず、飢えと寒さの中で滅んだ。


まさに今、私が同じ状況を作っていた。


いや、その時よりも深い暗闇が世界を覆っている。


光合成できないから木は枯れる。気温は下がって滅茶苦茶寒くなる。遠くない未来、世界は滅ぶ。


勇者も転生先が無くなれば転生はできない。


私は勇者に勝利した。


と、いうわけで神に勝利宣言を貰って現代に先程帰ってきたというわけだ。


褒美にこれまでの能力がこっちでも使えるというのだが…私はこの世界が好きなので、大暴れする気は毛頭無い。


使える魔法や能力も大規模な物や破壊的な物が多くて使い所に困るのも多い。


さて、どうしよう。


こっちで何をしようかと悩む。


まぁ、世界樹の力で大地に根を張って地球という大地の記憶を吸い上げた。地球上の全ての「物」の記録を読めるんだ、きっと何かできるんじゃないかな。


とりあえず約500年の間地球から離れていたから、私はなーんにも覚えていない。


親や兄が居たこと位は覚えているけど、顔と名前が出てこない酷いレベル。


意識を凝らすと目の前に淡く輝く板が現れて、私が産まれてからこれまでの経緯がずらーっと表示された。


これが私の記録だ。


文字でも読めるが、頭にも順繰り流れ込んでくる。


さて、500年前の当時は何をしていたか…ようやく色々思い出した。


明日は仕事。


眠れなくてホットミルクを作って、いざ飲もうとしたときに呼ばれたらしい。


記録によると、この時期は暇。同期とお喋りしたりネットサーフィンしたりと自由な感じの定時あがりが日常みたいなので、明日は仕事を休んでゆっくり「今」の事を思い出して慣れるのに使おうと決めた。





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