9月1日
2学期が始まる日。
それなのに、相変わらず暑い。
朝、登校するだけで、汗びっしょりだ。
美優が、教室に入ると、晴風はすでに来ていて、汗も引いたのか、涼しい顔をしている。
「みーちゃん、おはよ。」
「はるちゃん、おはよ。9月でもまだまだ暑いねー。汗ダクだよ。」
左手で、胸元をパタパタしながら、カバンを下ろし、朝の支度をする。
二人の気がかりは、昨日、泣きながら帰った、鮫川さんのことだ。
何とは言わないけれど、お互いに何となく、そうだろうな、と雰囲気で察する。
周りの皆んなも、おはよう、と声をかけて来るけれど、どの顔も、つい昨日まで、塾で顔を合わせていたので、去年までのように、久しぶり感は、全く無い。
チャイムが鳴り、皆んなが着席した。
鮫川さんの席は、空いていた。
欠席だ。
美優は胸がドキドキした。
昨日、末社での出来事があっただけに、よからぬ事を考えてないか、気が気ではなかった。
晴風も、同じだったのだろう。
「ねぇ、みーちゃん。鮫川さん、普通に休んでるだけだよね?」
「私も気になってたんだけど…。本人にLINEする?
でもなんて聞けばいいのかな。」
「生きてる?は直接的すぎるか…。」
「元気?も、元気じゃ無いから、休んでるんだろうし…。」
「そうだよね…。先生に、それとなく、聞いてみる?」
「そうだね。そうしよっか。」
と、言うことで、先生の所へ行くと、先生は驚いた顔でこちらを見た。
「鮫川なら、体調が悪いらしいぞ。今朝、電話で連絡があって、当分の間、休むらしい。」
それを聞いて、二人はホッとした。
ホッとするのも、変だけど、生存が確認できただけで、十分だ。
学校では、鮫川さんの話はしなかった。
昨日のことが、知られたらいけないような、そんな気がしていたし、クラスの皆んなは、鮫川さんが来てないことに、触れる人は一人もいなかった。
帰りは二人で帰った。
特に、用事がある訳ではなかったけれど、自然と神社の方に足が向いた。
そして、末社に近づくと、あぁ、やっぱりもう狐は居なくて、あの秘密基地もないんだと、実感した。
神社の公園には、今日から幼稚園の子ども達が、帰りに遊んでいる声が響いているのに、この末社は、静まり返っている。
ただ静かなだけではなく、そこにはもう、あの狐は居ないのだと、雰囲気で分かる。
ずっと来ていたんだ。間抜けの殻だと、すぐにわかった。
ここに来て、初めて、鮫川さんの事を、口にした。
「鮫川さん、良かったね。」
そう言ったのは、晴風だった。
「生きてた。それだけで、良かった。昨日、神様でも、人でも、無くなった方がマシって、言ってたから、なんか気になってて。帰りも泣いてたし。」
「うん。そうだよね、良かった。」
「学校、来られるようになるといいね。」
美優は、晴風に聞きたかったけど、聞けなかったことがあった。
「はるちゃん、何で、琴乃ちゃんのこと、許すって言えたの?やっぱり、された事って、辛いことだと思うし。」
聞いた瞬間、晴風が驚いたように一瞬止まって、考えながら、話してくれた。
「あー…。うーん。なんて言うのかな。
自分と同じ目になってたんだって言う、同情の気持ちがなかったかって言ったら、たぶんあると思うし。
まぁ、でも、それよりも、終わらせたかったって言うのかな。いつまでも、虐められてた私に、囚われたくなかったのかな。
本当に許せるのかって言ったら、分かんない。
今でも、思い出して、苦しくなることもあるもん。
でも、許すって言うことで、とりあえずの区切り?着けたかったのかな。」
「...なるほどね。難しいね。」
「たぶん、私みたいに、面と向かって、謝ってもらうことって、珍しいと思うんだ。大体が、やった側は忘れて、何もなかったことになってると思うの。
やられた方は、一生忘れられないし、一生苦しむのに。私は、鮫川さんに謝ってもらって、自分のした事を、背負って生きていくって言ってもらって、それで、少し救われた部分もあるのかも知れないかな。」
「そっか。」
晴風は前よりも、晴れやかな顔をして、優しく笑った。




