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スナッチ!  作者: 迎ラミン
第二章 ファーストプル
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第二章 ファーストプル 2

 そして十五分後。夕陽はまたしても驚く羽目になった。


 実際にやってみると、自身のスクワットにおけるマックス、すなわち最大挙上重量は六十キロにも到達したのである。

 まるで自覚がなかっただけに、本当にびっくりだった。一回だけでいいとはいえ、じつはみずからの体重より、十キロ以上も重いものを担ぐことができるとは。


「あたし、こんなに力、あったんだ……」

「俺も五十五ぐらいと予想してたんだが、それよりさらに上を行くとはなあ。夕陽、やっぱりおまえはウエイトに向いてるよ。大したもんだ」

「はあ。ありがとうございます」

「ということはフォームが固まれば、スナッチ三十六キロぐらいは上がりそうだな」

「む、無理です!」


 少しだけ慣れてきたとはいえ、今の夕陽は二十五キロが上がるか上がらないか、という程度である。


「大丈夫だよ、夕陽。トップレベルのウエイト選手はスクワットを百とすると、だいたいそれの、六十パーセント前後の重さでスナッチできるの」

「ウイウイ。クリーン&ジャークだと、八十パーセントぐらいです」


 いや、トップレベルどころか、まだキャリア一週間なんですが……。

 そんな夕陽を見て楽しそうに笑う鈴は七十五キロ、マリーに至っては八十一キロを記録し、ふたりともマックスを見事に更新していた。いずれにせよ、稲城先生は三人の結果に満足げなな様子だ。


「みんないい数字だ。始めたばかりの夕陽も含めて、きちんと練習の成果が出ているよ。この調子で、いつか(さかえ)学園に土をつけて日本を驚かせてやろうぜ」

「はいっ!」

「ウイ、ムッシュ!」

「は、はい!」


 夕陽も慌てて返事をしたが、ふと気になった。


「栄学園って、あの栄学園ですか?」


 栄学園というのは同じ県内にある私立高校で、スポーツ強豪校として全国的に知られている。体操部も例外ではなかったが、女子ウエイトリフティング部まで存在していたとは。

 しかも、土をつけて日本を驚かせるという稲城先生の言葉から察するに、女子ウエイトリフティング部も全国レベルなのだろう。

 察したように、鈴とマリーが頷いてみせる。


「うん。栄学園のウエイト部は凄く有名なの」

「記録を見ても、とてもテゴワイですね」

「まあ手強いっていうか、じつはあたしたち、まだ公式戦に出たことないんだけどね」


 ぺろりと舌を出しながら鈴が続けたところによると、競技の特性上、事故や怪我の防止が必須となるウエイトリフティングには、公式戦に出場するための実技審査があり、それに合格して初めて試合にエントリーできるのだという。つまり日本中のウエイト選手はもれなくこの実技審査、『採点制競技会』をクリアする必要があるのだそうだ。


 そして稲城先生いわく、「安心してくれ。来月にいよいよ今年度最初の『採点制競技会』がある。さっそくだけど、夕陽も参加してもらうぞ」とのことだった。

 そんな小野高とは対照的に、栄学園ウエイト部は五十年近い歴史を誇る、ウエイト界では名門中の名門で、女子部にしてもなんと三十年も前から活動しているのだとか。


「今も四十五キロ級には、高校生シャンピオンがいますよ」

(すぎ)(もと)()()ね。確か全日本ジュニアの強化選手にも選ばれてたよね」

「ぜ、全日本って、日本代表ってこと!?」


 夕陽はますます目を丸くしてしまった。高校チャンピオンで日本代表選手? そんな人に勝負を挑む?


「あいつも体操出身で、高校からウエイトを始めたんだ。だからキャリア自体はみんなと同じだぞ」


 稲城先生の言葉に、鈴がすぐに反応した。


「えっ!? そうなんですか? ていうか先生、なんでそんなに杉本亜由のこと、詳しいんですか」


 むしろ気になるのは後半らしいが、先生は察しているのかいないのか、あきれた顔でさらりと返す。


「おいおい、おまえらの方が知らなすぎだろ。上位選手のミスがあったとはいえ、一年の選抜で高校チャンピオンになった選手だぞ? 美少女アスリートとかなんとか言って、どっかのスポーツニュースでも特集されてたし」

「そうだっけ? マリー、知ってた?」

「ウイ。私はそのニュース、見ました。確かにシャルマンテですよ、杉本さん。コスプレも似合いそうです」


 またもや微妙にずれた返事だが、いずれにせよ栄学園の杉本亜由選手というのは、なかなかの有名人らしい。


「しかも美人なんだ……」


 夕陽のつぶやきに答えたのは、意外なことに稲城先生だった。


「う~ん、どっちかって言うなら、可愛い系ってやつじゃないかな。なんにせよ、マリー以上に天然なところがあるからなあ」

「セ・ブレ? そうなんですか?」

「ああ。おまえらも似たようなもんだけど、典型的な残念アイドルタイプだな」


 残念云々はさておき、「おまえら」に自分のルックスは含まれない確信があるので、夕陽はアイドル呼ばわりも聞き流すことができた。逆に言われ慣れた様子でマリーも笑うばかりだが、ただ一人、鈴だけ頬を赤くしているのが微笑ましい。


 兎にも角にも、やはり先生はその杉本亜由についてよく知っているようだ。有名な選手だそうだし、同じ県下だから試合会場で話したことなどがあるのかもしれない。


「ま、試合に出れば嫌でも当たるし、ネットで試技の映像も沢山見られる選手だからな。夕陽も一度、見ておくといいぞ」

「は、はい!」


 一週間前に生まれて初めてバーベルに触れた自分と、日本代表選手がライバルになどなろうはずもなかったが、夕陽はアドバイスされるままに頷いていた。

 同時に、今度は口が動かないよう意識しながら、まったく別のことも思い浮かべてしまう。


 ……ウエイトリフティングって、やっぱり可愛い子がやる競技なのかな。

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