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スナッチ!  作者: 迎ラミン
第四章 セカンドプル
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第四章 セカンドプル 4

「……というわけで、黙ってて悪かったな。ま、そんなわけで一件落着だ。練習を再開しよう」


 くるりと身体ごと振り返った稲城先生は、顔も口調も普段通りに戻っている。というか、果たしてこれで「一件落着」と言っていいのだろうか。

 全員のそんな気持ちを代表するように、鈴がなんとか口を開いた。


「あ、あの、先生?」

「ん? どうした?」

「先生って……誰なんですか?」


 意味がわからない台詞になっているが、訊きたい内容は通じたようだ。


「ああ、悪い悪い。久しぶりに〝ゾーン〟に入っちまって。大丈夫。もう怒ってないよ」

「ゾーンって……」

「ジッサイには意味が違いますよね?」

「うん。本来は極限まで集中力が高まったアスリートが、周囲の雑音が完全にシャットアウトされたり、相手やボールがスローモーションに見える感覚のことだね」


 思わずトモシンに確認してしまった夕陽とマリーにも、先生はいつもの表情、いつもの口調で「ま、細かいことは気にすんな」と笑いかけてきた。少なくとも、もとに戻っているのは確実らしい。


「それにしてもさすがトモシン、相変わらずよく勉強してるなあ。なんにせよびっくりさせて悪かったな。俺、生まれは大阪なんだよ」


 いや、それは今、よくわかりました。生まれ故郷とかより――。


「で、高校の途中までちょっと性格が短気だったんだ。あ、でも別にヤンキーだったわけじゃないぞ。あくまでも、人より怒りっぽかったってだけでな。そんな俺に我慢強さを教えてくれたのがウエイトなんだよ」


 ちょっと短気、というのがどの程度のものかはさておき、ウエイトリフティングで短気が治るなどという話は、夕陽も鈴もマリーも聞いたことがない。確かに厳しいトレーニングを通じて忍耐力はつくだろうが……。


「ええっと、つまり『ハイスクール・ウォーズ』的な?」

「あれは不良が更生する話だろ。しかもラグビーじゃないか」


 鈴のかろうじてのリアクションは、本人にあっさりつっこまれてしまった。


「まあ実際、あのドラマみたいにいい先生と仲間には恵まれたけどな。お陰でほれ、今じゃすっかり気長で善良な高校教師だ」

「…………」


 むしろこっちがいろいろとつっこみたいところだが、完全に通常営業の顔と口調に釣られて、トモシンも含めた四人にも自然と笑みが浮かんでくる。


「ムッシュは、とてもミステリューなジンセイを歩んできたのですね」


 マリーの言葉で、夕陽はトモシンが口にしたあることを思い出した。別にミステリュー=ミステリアスなわけではないが、結局は秘密にされていた感は拭えない。


「あの、先生がオリンピック選手だったとか、ナショナルチームのコーチとかって、本当の話なんですか?」

「うん。ネットの百科事典にも載ってるよ」


 本人よりも先に、トモシンが誇らしげに頷いてみせる。当の稲城先生は「バレちまったもんは、しょうがないな」などと頭をかいている。


「稲城栄一って言えば、ウエイト界やオリンピック協会じゃかなり知られてるんだ。この間の東京オリンピックも、ウエイト以外でも沢山の代表選手が先生から教わったクイックリフトをトレーニングに活かしたんだって、各競技のコーチとかトレーナーさんたちが話してるそうだよ」

「へえ」


 頭に手をやったままの我らが顧問の姿を、夕陽はじっくりと見直してしまった。まったく知らなかったが、さすがに先生のフルネームをわざわざ検索する生徒なんて、あまりいないだろう。鈴ですら初めて聞いたようだ。

 隣ではその鈴が瞳を見開いて、反対側ではマリーが「シュペール!」と感心した様子で、同じように先生を凝視している。


「おいおい、そんなにじーっと見るなって。なんにも出ないぞ」

「やはりムッシュは、スペシャルなコーチだったのですね!」

「いや、だから単なる教員だよ」

「でも元日本代表で、オリンピック選手なんですよね?」

「夕陽、トモシンの説明聞いてなかったのか? 怪我してオリンピックは出られなかったんだって」

「でもでも、ナショナルチームのコーチであたしの……じゃなかった、あたしたちの先生なんですよね! 凄い! あたし、ウエイト部でほんとによかった!」


 完全にファンのような鈴の発言は、けれども余裕綽々の笑顔とともに、いつものやり取りへと方向転換させられてしまった。


「まあ、そう言ってもらえると嬉しいけどな。おまえもピンクのクマさんパンツで、入部をアピールした甲斐があっただろう?」

「なっ……! あ、あれはわざとじゃないって言ったでしょう!」

「まあ、鈴のピンクのクマさんパンツは置いといて――」

「だから、いちいち言わなくていいですっ!」


 真っ赤になっての抗議をスルーした稲城先生が、あらためて三人とトモシンに視線をめぐらせてくる。


「さっき聞いた通りだ」


 にやりと笑う目が、楽しそうに光っている。

 夕陽たちに自信と安心をくれる、あの指導者らしい顔で彼は告げた。


「次の新人戦で全国の切符、取っちまおうぜ」

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