第四章 セカンドプル 2
「えっ!?」
今度は夕陽たちの声がハモる番だった。活動休止?
「ちょ、ちょっと待ってください! それってつまり、あたしたちにウエイトやるなってことですか!?」
ただでさえ大きな瞳をさらに見開いた鈴が、主将らしくすぐに声を上げてくれた。続けて「どういうことですか?」とも。
そうだ。言葉を返すわけではないが、それこそ「どういうことですか」だ。なぜやぶから棒に、しかも一方的に部活を休止させようとするのか。
質問に対するおばさんコンビの返答は、だがなんともステレオタイプなものだった。
「危険だからです」
「危ないからに決まってます」
「しかも他の部の子たちにまで、教えちゃってるそうじゃありませんか!」
「女の子に自分より重い、何十キロものバーベルを持たせるなんて!」
まあ、あなたなら自分の体重以下でしょうけど、と力士おばさんに言ってやりたくなった夕陽だが、口に手を当ててなんとか自重する。
どうしたものか、いや、どうしてやろうかという苛立ちが少しだけ収まったのは、稲城先生が自分たちを振り返ってくれたからである。
「悪いな、黙ってて。つまりそういうわけらしい」
相変わらず飄々とした口調だが、彼の目に厳しくも優しい光、自分たちを導いてくれるあの指導者らしい光が宿っていることに、三人ともすぐに気がついた。
「学校のウェブサイトにアップされた『小野高ナウ』のおまえらの動画を、保護者会長さんがご覧になったそうだ。で、こんな危ないことを小野高は女の子にやらせてるのか、って直接抗議にいらっしゃった。それを聞いて、普段はウェブサイトどころかどんな部活があるのかすらチェックしない副校長様もすぐに閲覧、同様のご意見に至って、とりあえずウエイト部の活動を休止しろ、と短絡的に考えちまったみたいなんだ」
「あ! ムッシュが一昨日、練習にこられなかったのは――」
「ああ。こちらのご両名に突然呼び出されて、よくわからん説教されつつ今の話を一方的に伝えられた。だからウエイトが決して危険じゃないことや、おまえらがいかに頑張ってるかを一所懸命説明してたんだ。残念ながら日本語で伝えたはずなのに、理解は得られなかったけどな。ああ、なんならマリーにフランス語で言ってもらった方が良かったかもなあ。いずれにしても悪かったな、大会前の大事な時期に」
いつもの口調だが、さすがにところどころ棘が含まれている。当たり前だけど稲城先生も納得していないんだ、と夕陽はこんな状況にもかかわらずちょっぴり嬉しくなった。
「校長先生はなんて言ってるんですか? いくらお二人が偉くても、そういうのは校長先生の許可がいるんじゃないんですか?」
先程よりさらに厳しい声と表情で食ってかかるのは鈴である。大好きな部活を突然、それも一方的に取り上げるなどと言われたうえ、同じく大好きな稲城先生に理不尽な説教をしたということも、喜怒哀楽の激しい彼女の感情を一層刺激しているのだろう。
「大体いきなり練習の邪魔して、しかも活動中止だなんて――」
「落ち着け、鈴」
むしろ稲城先生の方が苦笑している。
「ちなみにおまえ、うちの校長がなんか喋ってる姿見たことあるか?」
「え? あ……。ないかも」
「だろ? 始業式も卒業式も文化祭も体育祭も、学校の実務を全部取り仕切ってるのは、こちらの副校長様なんだよ。お飾りなんて言いたかないけど、校長は刺身パックの菊の花みたいなもんさ」
言葉に棘は含ませたまま、「だから――」と先生は続けた。
「俺たちの部活は、俺たちで守ろうぜ」
ひょいと眉を上げた彼がポケットから取り出したのは、意外にも生徒手帳だった。
なんで生徒手帳? と、夕陽はまったく同じ顔をしている二人の親友と顔を見合わせてしまった。しかも教師である稲城先生が、である。どうでもいい感想だが、太い腕の先にちんまりと掲げられた手帳は、なんだかおもちゃのように見えた。
「それがなんだと言うんですの?」
こちらもやや戸惑った表情で、副校長が尋ねる。
「生徒手帳ですよ」
「見ればわかります!」
「なんのつもりか、と副校長は聞いてらっしゃるんでしょう!」
保護者会長もすかさず重ねてきた。感心するのもおかしな話だが、タイミングはぴったりだ。ひょっとしたら今までも、コンビで様々な学校活動に圧力をかけた経験があるのかもしれない。
けれども稲城先生はしれっとした顔のまま、迷いなくどこかのページを開いた。背表紙から垂れ下がる栞を、あらかじめはさんでおいたようだ。
「県立小野原高校校則、第四条十二項。部活動および同好会に関して」
朗々とした声が、トレ室に響く。
「部活動および同好会に関しては、生徒の自主性をもって重んじる。安全性、社会性があり、公序良俗に反さず、当該活動を通じて心身の健やかな成長の一助となるものであれば、本校教員が顧問を務める限り、生徒が希望するいかなる活動も認められる。尚、部員数二名以上、顧問が週の半分以上指導に当たることができる活動を部活動、その条件を満たさない形式での活動を同好会とする」
ページを読み上げた稲城先生は、手帳を裏返して副校長と保護者会長に掲げてみせた。きっと一昨日、一方的に休部を言い渡された時点で、あらためて確認もしてくれたのだろう。
「ウエイトリフティング競技が仰るように危険なものではなく、むしろサッカーやバスケなどよりも傷害発生率が低いという事実は、科学的にも証明されています。オリンピック種目ですし、日本にはメダリストもいるくらいですから、社会性や公序良俗に反さないという点に関しても言わずもがなです。その他の条件もすべて満たし、何より冒頭の、そして我が校の校風たる、生徒の自主性を重んじるという部分を鑑みても、我々女子ウエイト部の活動を休止する理由はどこにも見当たりません。ついでに言うと、たとえ刺身パックのおまけとはいえ、そもそも本学のトップたる校長から依頼を受けて、私は女子ウエイト部を設立したんです。せっかく稲城君が赴任してくれたんだから、是非ウエイト部をつくって生徒たちを指導して欲しい、と」
「え?」
「コーチョー先生がムッシュに?」
「先生って――」
ついで、と言いながらしれっと明かされた事実に、夕陽たちはぽかんとしてしまった。
せっかく稲城君が赴任してくれたんだから?
そのとき。
「首都体育大学ウエイトリフティング部出身、稲城栄一選手。二〇一二年ロンドンオリンピック男子五十六キロ級代表に内定しつつも、直前の故障で辞退。同年現役を引退し、教員となって競技の普及と後進の育成に当たる。若いながらも確かな指導力で、オリンピックや世界選手権直前には、臨時コーチとしてナショナルチームの合宿に招聘されることもしばしば。……ですよね、ネットによれば」
計ったようなタイミングで、もう一つの声が響いた。そのまま「失礼します。ちょっと通れないので、どいてもらっていいですか?」と、ストレートに伝える台詞も。




