表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スナッチ!  作者: 迎ラミン
第二章 ファーストプル
14/27

第二章 ファーストプル 7

「なんか夕陽、調子いいね」

「そうですねえ。ゼッコーチョーって感じです」

「え? そう?」


 鈴とマリーに言われ、夕陽はきょとんとなった。


「うん。まだ入部してひと月も経ってないのに、スナッチもクリーン&ジャークも、すっかり形をものにしてるし。あたしなんて二ヶ月くらいかかったのに」

「私も最初の一ヶ月は、とてもディフィシルでした」

「難しい」を意味するフランス語を聞きながら、夕陽は降ろしたばかりのバーベルを見つめた。絶好調かどうかはわからないが、今はシャフトを握るのがますます楽しい。


 トモシンのお陰かな。


 思いが口に出やすいくせは相変わらずだが、特に最近、彼に関係する話だけは胸の内に閉じ込めることができている。

 そのトモシンとは、昼練に鈴とマリーが戻ってきた今でも、『キズナ』で頻繁にやり取りするようになっていた。とはいっても、


《きょうの昼練、ちらっと見たけどフォームが本当に安定してきたね》

《ありがとう! でももうちょっと、キャッチで早く差したいの》

《シャフトが身体の近くを通れば、自然と良くなるはずだよ。調子いいときはそうでしょ?》

《あ、そういえば。やっぱりシャフトの軌道がポイントなんだね。ありがとう!》

《もちろん詳しいことは、稲城先生に聞いてみて。明日も頑張って》

《はい!》


 などという、まさにアスリートとトレーナーのような会話ばかりだが。

 いずれにせよ、昼連や部活時間にトレ室で顔を合わせた場合も、


「きょうはサッカー部、ないの?」

「うん。あとで軽く捻挫した一年がくるけど」

「そう。頑張って」

「サンキュ。そっちもね」


 といった感じで楽しそうに会話を交わす二人を見て、鈴とマリーは当初、意外そうな顔をしていた。


「あれ? ずいぶん仲良しになったんだね」

「ヌーベル・アミですね! もちろんプティ・タミでもお似合いです」


 プティ・タミなる単語が「恋人」という意味らしいとは察せられたが、幸いトモシンは何も言わず苦笑するだけでいてくれた。同じく夕陽も笑って流したが、思わず心拍数が上がりかけたのはここだけの話である。

 夕陽が仲良くなったことで、最近では鈴とマリーも、


「トモシン、またプラットフォーム掃除してくれたんだ? ありがとね」

「いえ。仕事っすから」

「トモシンさん、私たちもマシンを使ってダイジョーブですか?」

「ええ、もちろん。メンテナンス中のものは一つもありません」


 などと、練習前に気軽な感じで声をかけ合ったりしている。

 ちなみに二人に対してはなぜか敬語が抜けないトモシンだが、おたがい特に違和感はないらしい。夕陽にだけタメ口な様子を見て、稲城先生だけは「おっ」という顔で笑っていたが、それも一度だけだった。




 かくして順調に練習を重ねること一ヶ月、上り調子を維持したまま夕陽はぐんぐんと記録を伸ばし、鈴とマリーも釣られるように自己ベストを何度か更新していった。


「夕陽が思ってた以上に即戦力だったし、予定通りいけそうだな」


 満足そうに稲城先生が一枚の紙を見せたのは、五月の最終日だった。


「今週末、みんなにいよいよ、ウエイト選手(・・・・・・)になってもらうぞ(・・・・・・・・)

「あ!」

「ムッシュ!」

「それって」


 リアクションこそ三様だが、夕陽たちは揃って理解した。


「ああ。鈴とマリーは、半年近くも待たせて悪かった。お待ちかねの採点制競技会だ」

「いよいよだね! マリー、夕陽!」

「これで私たちも、オトナノカイダンを登れるのですね!」

「……マリー、またなんか意味が違うぞ」


 律儀につっこんでから、稲城先生は『採点制競技会』について説明してくれた。


 ずばり『ウエイトリフティングテスト』とも呼ばれるこの採点制テストは、初心者のウエイトリフターを対象に、各都道府県で年に数回ずつ開かれている実技審査だという。ルールはスナッチとクリーン&ジャークを、三試技ずつ審査員の前で行なうこと。そしてトータル百点満点のうち、八十五点以上を取れば合格となり、晴れて公式戦の出場資格を得られるのだそうだ。


「あくまでも事故防止のための実技審査が目的だから、重い重量は上げなくていいんだ。高校女子は最大でも、スナッチで自体重の五十パーセント、クリーン&ジャークで七十パーセントを綺麗に挙上すればいい」

「そうなんだ」

「安心しろ。おまえらなら全員、ほぼ満点で合格だ。そもそも誰が教えたと思ってるんだ?」


 ほっとした鈴の表情を面白がるように、稲城先生は自信満々で笑ってみせた。


「この日は、八月にあるインハイ予選の前の時間を使って、採点制競技会が開かれる。きっちり合格して、ついでに公式戦の様子や他校のレベルを見学しておくといい。悪いが、俺は朝から競技委員の仕事が入ってるから、受付や検量は自分たちで済ませといてくれ。ま、おまえらなら大丈夫だろう」

「ムッシュはホーニン主義ですねえ」

「それだけ部員を信頼してるってことだよ」


 先生はそこで、思い出したようにつけ加えた。


「県予選の四十五キロ級には当然、栄学園の亜由、杉本亜由も出てくるぞ」

「先生、やっぱり杉本亜由とお知り合いなんですか?」


 稲城先生が一瞬だけ名前で呼んだのを、鈴は聞き逃がさなかったようだ。浮気をとがめるような顔になっているが、隣の夕陽からすれば「可愛いなあ」という表情である。


「可愛くないっ!」

「あ、ごめん」


 例によって、口が勝手に動いていたらしい。


「鈴、オニヨメっぽいですね」

「だ、誰が鬼嫁よ!」


 マリーにも言われ、鈴は怒りながらも頬を染めるという器用なことをしている。


「俺も県のウエイト連盟の委員だからな。こうして大会スタッフの仕事もよくあるし、みんなにも言った通り競技人口そのものが少ないから、他校の選手についても嫌でも詳しくなるんだ。まあ、亜由に関しては以前からよく知ってるわけだが」

「よ、よく知ってるって、まさか」


 勝手に悪い想像をしている鈴を見て、代わりにマリーが無邪気な笑顔で質問する。


「オツキアイされてるのですか? ムッシュと杉本さんは」

「おいおい、生徒に手を出すわけないだろう。しかも他校だぞ」


 じゃあ自分の学校ならいいんですか? と、夕陽は訊いてみたくなったが、鈴自身が先に、さらには勝手に一安心したようだった。「そっか……よその学校じゃなきゃいいんだ。うん。よしっ」などとぶつぶつ言って、小さくガッツポーズまで作っている。

 両手を握ったまま、彼女が高らかに宣言した。


「だよね! あたしの……じゃなかった、あたしたちの先生がそんなことするはずないもんね! うん、頑張ろうみんな! 杉本亜由をやっつけよう!」

「いや、そういう競技じゃないんだが……」


 おかしな形でモチベーションを上げる様子に、稲城先生の方は苦笑するしかない。けれどもすっかりやる気を取り戻した鈴は、夕陽とマリーにハイタッチまでしようとしてくる。


「夕陽もマリーもまずは採点制競技会、頑張ろうね! 小野高女子ウエイト部の力、見せてやろう!」


 ご機嫌な仕草に、二人は笑いながらつき合ってあげた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ