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9.異世界から愛を込めて


 穏やかな朝、フランドル家のメイド達は無駄の無い動きで朝食の準備を整えた。


 ここ数日のフランドル家の朝食は、当主のジャックと次男のレオナルド、クロエの3人での食事が続いていた。

 ジョンは、クリスタが快調に向かうまで彼女と一緒にいた。


 久しぶりにジョンが現れた。彼のエスコートでクリスタが席に着く。

 先に席に着いていた父ジャックは、彼女の顔色を確かめ、安心したように声をかける。


「クリスタ、もう体調は大丈夫そうだな。」


「ええ、お父様。ご心配かけて申し訳ございません」


 クリスタの微笑みでジャックの表情も和らいだ。

 しかし、弟のレオナルドは暗い表情だった。クリスタは気になって声を掛けた。


「レオ、…何かあったの?」


 俯いていたレオナルドはクリスタに顔を向け、大丈夫だと伝えようと口を開こうとした時、クロエが騎士と侍女を引き連れ登場する。


「おはようございます。本日は皆様お揃いですね。あら、クリスタお姉様やっとご一緒に朝食が出来ますね。」


「…ええ、そうね。クロエ」


 クリスタはいつもの笑顔で応えるが手が震えている。

 レオナルドはクロエを直視出来ずに下を向き、更に顔を暗くした。

 ジョンはクロエと裏切り者のダンテが、この場にいるのが不快で睨みつける。

 

「やっとこれで家族全員が集まったな。」

 

 彼らの心情を何も知らない父は祈りを捧げ、食事を始める。

 北部の総督でもある父ジャックは毎日多忙だった為、夕食は個別に取っていた。朝食だけは家族全員で集まるようにするのがジャック・フランドルのルールだった。彼にとって、この朝食会は平穏に家族との団欒ができる大切な時間だった。


 クロエはいつもの様に美味しく、幸せそうな顔で朝食を食べている。

 対してクリスタは元気が無くなり、食欲も無さそうだった。

 この対比にジョンは不満だった。


「どうしてクロエ嬢はそんな呑気に食事が出来るのですか?ガーランド家はいろいろと悪い噂ばかりで、この地でも嫌われている。そのスープに毒でも盛られていたら?少しはあなたも身を案じた方が良いのでは?」


 ジョンは意地悪そうに言う。

 クロエは静かにスプーンを置いた。


「そうですねお義兄様、私に刺客送り込む馬鹿な輩もいるようです。でも、フランドル家から出される食事に毒を盛るような馬鹿はいないと思っております。こちらで働かれる方達の仕事は完璧です。全員身元もきちんとしているし、例え不審な行為をしたならばすぐに馬鹿な犯人がわかりますよ。」

 

 クロエは馬鹿を強調しながら発言し、何事も無かったようにまた食事を続ける。

 ジョンはなんとか作り笑いを浮かべるが、その瞳は怒りに満ち溢れ、それ以上何も話さない。

 話題を変えるかのようにクロエは義父の方を向いた。


「お義父様、今夜も剣術のご指導して頂けますか?」


「すなない、クロエ。夕方から出かけるので、昼の後はどうだ?いつもの練習場へおいで。」


「ありがとうございます。伺わせて頂きます。」


 二人の会話を聞いたジョンは驚いた。いつの間にか厳格な父がクロエに対して()()()

 

「本当に父さんが剣術を教えているのですね。クロエ嬢の腕前が気になります見に行っても良いですか?」


「構わない。」


 いつものそっけない父の返事だが、ジョンは何かを企んでいそうな笑みを浮かべる。

 そんな兄を横目に見ているレオナルドが気になり、クロエは彼を誘った。


「レオナルドも良かったら来ませんか? 私、少しは上達しましたよ。もし手合わせしてくれたらとても嬉しいです」

 

 レオナルドはクロエが微笑みを浮かべ誘ってくれた事が嬉しかった。

 久しぶりに正面から見た彼女はやはり美しかった。


「はい、是非僕も伺わせてください。」


 レオナルドは即答し、二人は微笑み合う。彼は少し元気を取り戻したようだった。


 クリスタは更に顔色が悪くなっているが、フランドル家の男達は誰も気が付かない。



※※


 昼食を食べ終えると、クロエは直ぐに練習着に着替え、ダンテと共に公爵の練習場へ向かう。

 既にジャック・フランドル公爵は自身の剣を振っていた。


「お義父様、もう既に汗を流されていたのですね。どうぞ、宜しくお願いいたします。」


 二人はすぐに手合わせを始めた。ダンテは離れた場所で見守る。

 クロエの剣は、騎士のダンテから見ても熟知している者の動きだった。

 

 美奈子は9歳まで父にフェンシグを習っていた。

 父はサーブルの選手で素早い攻撃、カットする姿に憧れていた。

 美奈子は子供の時から背が高くリーチを活かせるエペの選手として父は指導した。


 この世界では幸いにもフェンシングがあり現代のルールとさほど変わらない。

 手合せは「エペ」のように全身有効で「サーブル」のように斬り(カット)と突きで行う。

 残念ながらフェンシングで装備する防具はなく、剣も練習用だが真剣では無いだけで実戦で扱う代物だった。

 クロエは擦り傷程度の怪我をするくらいで、公爵は相当な手加減をしている。

 彼女の攻撃は全てカットされる。

 それでも公爵の指導を身につけ、何度でも真剣に立ち向かう。


 この時間は美奈子は死んだ父を思い出す。


 美奈子の父は韓国人で、とても強いフェンシングの選手だった。

 家も裕福で幼少は韓国で暮らしていた。

 ある時、父の家族が経営する会社が傾き始めると、父のフェンシングのパフォーマンスも次第に落ち、念願のオリンピック選手には落選した。

 母は日本人なので生活を日本に移し、父は再起を掛けて仕事と選手としての活動を始めるが、思うように行かなかった。

 少しずつ父は精神を病んでしまい、終いには母は父を捨てるような形で離婚した。

 美奈子には兄がいる。

 父は兄よりも、フェンシングに興味を持つ美奈子を溺愛した。父の愛は異様ほど美奈子に捧げられていた。

 離婚後、父と会う日は必ずフェンシングのレッスン日。

 美奈子は父が大好きだったが、会うたびに何かに取り憑かれたように壊れて行く父が怖かった。


 ある日、もう父に会いたくなくてレッスンを勝手に休み、家出するかのように誰にも居場所を知らせず身を隠す。

 美奈子の行方不明の知らせを聞いた父は、誘拐や犯罪に巻き込まれたのかと思い、慌てて車を出して探しに行った。

 その日は冷たい雨が降っていた。

 飼い犬のキャンディーを乗せた車は事故を起こし、父とキャンディーはこの世を去る。

 もうその日から、美奈子は剣を握ることは無かった。父とキャンディーを死なせた原因は自分だと、今も罪の枷を引きずっている。


 でも今は、この世界で身を守る手段として剣は必要だ。父の教えてくれた基礎の剣に心から感謝をしている。


 それにクロエの体は想像以上に動く。そして目も良い。感も良い。


(20歳の身体さっすがだわ〜〜〜!!動く!動くぞ!見える、見えるぞ、見えますわよっw!!)

 

 筋肉痛を心配しないこの身体、最高である。クロエはこの若さにも感謝した。

 だが自分が経験者とは言え、令嬢とは思えないこの動き、過去のクロエにソードマスターがいたのかもしれない…。


「あ!」


 公爵の腕を剣で掠めた。

 全く顔色を変えない公爵の腕は血が滲む。


「申し訳ございません!!傷を見せてください手当てします」

 

 慌ててクロエは剣を放り投げ、咄嗟に公爵の腕を手で止血しようとした。

 公爵は穏やかな表情で、焦るクロエを止めた。


「私の負けだな。君の剣術のセンスは素晴らしい。」


 クロエは公爵に褒められて嬉しかった。

 だが言葉にせず、公爵を見つめる。二人は暫し見つめ合う。

 最近の二人は言葉では語らず、目で語る。

 側から見るとまるで男女の関係のようで、二人だけの世界が繰り広げられた。

 また始まったかとダンテは毎度困っていた。


「クロエ嬢、どうか私とも手合せお願い致します」


 神聖な空気を汚すかのように、ジョンがクリスタとレオナルドを連れて登場した。 


「私は練習用の剣を持っていないので、真剣でも宜しいでしょうか?」

 

 ジョンはクロエに近づき剣を向けた。

 クロエは落とした自分の剣を拾う。

 

 息子の発言に眉間に皺を寄せる公爵。

 彼の胸を、クロエはそっと手を当てた。

 「何も心配はいらない」と語るように彼の目を見て、ジョンに聞こえるような声で言う。


「お義父様、この国では決闘はどのような方法で申し込むのですか?相手に手袋を投げるんでしたっけ?それとも相手の頬に手袋を叩きつけるんでしたっけ?北部のやり方ってあります?」


 クロエは自分の手袋を既に外している。


「クロエ、どうしたんだ?この国では、…」


 公爵が投げられた問いに答える前に、クロエはジョンに切り掛かる。

 ジョンは真剣を持つ手を狙われた。誰も目視出来ない速さだった。

 剣が彼の手を離れ、空を舞い飛ばされた。

「キャーー!!」とクリスタの悲鳴が聞こえた。


「ジョン・フランドル!お前に決闘を申し込む!!」


「てめぇ、この(アマ)っ!」

 

 狼が牙を剥き出して怒るような形相で叫ぶ。

 まだ剣を腰に備えていたので、咄嗟にもう一本剣を抜こうとした。

 だが、クロエは彼が抜き終えるより早く、手袋を握った拳で左頬を叩きつける。

 否、殴りつけたと言う表現が正しいだろう。

 ジョンは殴られバランスを崩し、尻をついた。

 また一瞬の出来事で理解が出来ない、彼の顔にクロエの手袋が投げられた。


「この男は、私の騎士ダンテから“騎士“の称号を剥奪させ、更には騎士団員を私用な目的で利用している。この決闘で私が勝ったらお前は騎士団長の座を降りろ。」


「お前!気でも触れたかっ!!」

 

 ジョンは真剣を抜き立ち上がろうとするが、喉元にクロエの剣が突き立てられる。


「今ここで殺り()合っても良いのよ?」


 ジョンはクロエを見上げている。この女に殴られ、喉に剣を突き立てられて動けない。無様なこの状況が理解が出来ない。

 このイかれた赤毛で眼の赤い女が怖いと、心の奥底で思った。


「立会人はお義父様でお願い致します。では、明日(みょうにち)決闘場でお会いいたしましょう。」


 クロエは呆然とするフランドル家の人間にお辞儀をし、ダンテと共にその場を去った。

 

 まだ立ち上がれないジョンに、クリスタは心配そうに寄り添う。



「父さん!どう言うことですか?まさか、この為にクロエに剣を教えていたんじゃ…」


 問い詰めるレオナルドの言葉を遮るように、父は言う。


「レオナルド、クロエに我が家には決闘場は無いと伝えなさい…いや、私が直接彼女に話をする」


 動揺する父が珍しかった。

 溜め息を吐いて、父もその場を立ち去った。

 

 残された兄と、その兄を心配する姉。

 またレオナルドはこの状況にどうして良いのかわからないでいる。


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