7.彼女のペテン
私はクロエに転生してからまだ日が浅いが、考察と言うかこんな仮説を立てた。
1、主人公クリスタの物語
2、主人公クロエの「悪役令嬢は死ぬ事を恐れない」
この二つの物語が同じ世界線で展開しているのではないか。悪役令嬢の私としては大抵はヒロインが悪の親玉だと思っている。過去のクロエ殺しを見る限り、クリスタが何らかの力で物語の登場人物に介入しているのではないか。不可解な事故死も彼女の力だとも思っている。
私はフランドル家に嫁いだ翌日、この物語の主人公クリスタと対峙した。
彼女も私と同じ転生者かもしれない。色々と探りたかったがここで“無知”を彼女に悟られてしまうのは命取りな気がした。
だから私はクリスタの前で知ったかぶりをしてみた。
私はお前の全てを知っているぞ、私はお前の知らない真実を知っているんだぞとペテンをかました。
欲深い奴なら自分の世界で知らない事は何だろうと気になるはず。こうすれば私をすぐには殺せやしない。…だと思っていたが、早々に刺客が現れた。
ダンテ・シュダール。彼はクロエを何度も殺害してきた男。
私は彼の事情を知っていた。殺される前に彼を手なづけておきたかったが、その日大急ぎでマリに持てるだけの金貨を渡し彼の家族の保護を頼んだ。
マリはフランドル家のどんな馬でも乗りこなせる。幼少から馬に囲まれていた子だからなのか、不思議と馬たちは彼女に従順だった。
私は彼女に一番の早馬に乗せた。颯爽と駆け抜けるマリの姿は本当に素敵だった。あの馬はジャック・フランドル公爵が乗る馬だが、失踪した騒ぎの話はまた後日…。
後もう一つ、私はこの物語で生き抜くルールに気づき始めた。それは、「悪役令嬢は死ぬ事を恐れない」このタイトル通り死ぬ事を恐れなければ…そう、死ぬことはないはず。最初のジョンの狼に襲われた時も死を恐れずに他の事を考えていた。クリスタと対峙した時も不思議な力で心臓発作とかで死んだらどうしようと心配だったが、死を恐れずに強気にペテンをかました。
その夜、やはりダンテは私を殺しに来た。死を恐れずに刃物を持った男と対峙は正直に怖かった。それでも強気ではいたが、彼を金で買収したような形で忠誠を誓わせた。私は専属の騎士を得たがまだ彼を100%信用していない。死を恐れないルールはまた後日検証する必要がある。
マリが戻るまで私はダンテと一日中一緒に居た。乗馬の練習、公爵には内緒で剣術も習った。夜は他の刺客が来たら怖いので私の部屋で寝て欲かったが流石に断られて彼は騎士の宿舎に戻った。マリは2日後に幼い兄妹を連れて帰って来たが、私とダンテは短い間でだいぶ親密になれた気がする。
久しぶりの兄妹の再会にダンテは嬉しそうだった。彼の望みで兄妹たちをフランドル家の近くの街に住まわせた。兄妹達の世話は信用できる世話役を見つけるまで暫くマリに頼んだ。
私はダンテに休暇を与え、母親のお見舞いに行くように言いつけたが、彼はそれを拒否し朝から夜までマリと共に私の側で仕えた。
最後に私の叶わなかった企みを打ち明ける。
私はレオナルドと既に夫婦だとは知らずに結婚式を1ヶ月先延ばしにした。その月は王族が主催する仮面舞踏会が開かれる。この国の一大イベントなので私たちの結婚式は更に先延ばしにする思惑があったからだ。
なぜ結婚の時間稼ぎをしたかと言うと、北の最果てにある領地にいるヨナスに会いたかった。厳密に言うと顔も知らないその男に求婚するつもりでいた。
その地はクロエの母アリアが生まれた場所。まだ薄らだが誰かの記憶が時折見えてくる。何となく私はこの地に行かなければならない気がしている。それにクリスタから離れて生きた方が良いのではないかと思っていた。
クリスタは近いうちににジョン、レオナルド、王子、クロエの兄からも求婚される。
だがヨナスだけがクリスタに恋に落ちない。彼は私の知っている物語に登場しないのだ。レオナルドは彼の存在が“嫌”なのか、ヨナスを恐れているような気がした。
計画通りには行かなかったが、私は今後ヨナスについて探る。
レオナルドはクリスタを愛しているので、彼の為にも何とか離婚出来ないか考えよう。
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美奈子は日本語で今日の日記を書き終えた。彼女こうして書く事で考えを整理し、時に読み返し自分がまだ正常である事を確認している。この世界で日本語を読める人間は居ないが、念のため鍵付きの日記帳にして、机の引き出しに隠し場所がありそこにしまう。
さあ、もう寝るかとベットに行こうとした時に、丁寧なノックの音が聞こえた。
「ねえ、お嬢。起きてる?」
その声の主はダンテだった。すぐに扉を開けると、彼は顔に傷を負って申し訳なさそうに言った。
「ごめん、今日はお嬢のとこで寝てもいい?」
クロエは慌ててダンテを部屋に入れて、彼の傷の手当てをした。顔以外にも身体には数えきれないアザがあった。
誰にやられたか聞いてもダンテは話したがらない。ただ無言で、クロエに傷の手当てをさせる。
「ねえ、ダンテ。ちゃんと話してくれないと私、うちの子に何しとんじゃーって宿舎のガラス割りまくってさ殴り込み行くよ?割と本気よ?」
想像して少し吹き出して笑うダンテ。
「はは、お嬢なら本気でやりそうだな…」
彼の口からゆっくりと語られる。その話にクロエは言葉を失った。