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5.そして、従者を手懐ける(前編)

「いててて、、ちょっと、グロいけど仮止めって事で、どうかしら?キャンディー!」


 クロエは刺繍糸で傷口を数針縫った。傷を付けた当の狼は反省と心配な様子で弱々しく鳴いた。


「歴代のクロエの中に医者がいたのかな?私、縫合の知識とか無いのに自然と出来たわ。…え?やばく無いか、転生者レベルMAX的なヤツかも。」


 転生系、異世界、悪役令嬢と男性向けから乙女ジャンルまで網羅してきた美奈子の知識では、これはチート級の凄さだ。この世界で無双悪役令嬢になれる!と嬉しくなったが、冷静に考えると何故彼女たちは”記憶”を持ちながらも生き残れなかったのか。

 やはり浮かれては駄目だ、呼吸を整え冷静になる。


「さーて、お腹も空いたし。朝食会に乗り込みますか!」


「ワン!」


 嬉しそうに尾を振り、クロエに付き添うキャンディー。

(あれ?この子は狼だけどなんだか犬っぽいわね)




※※


「お嬢様!そんなお姿では!こ、困ります」

 

 慌てて声を荒げる執事。


「あなた達が私の荷物を部屋に運ばないからでしょ!着替えもないし、言っておくけど昨日は湯浴みもしていないのよ」


「申し訳ございません!すぐにお着替えをお持ちしますから。この部屋には入らないで下さい。旦那様達が朝食を…ひっ!」


 クロエ以上に怒ったキャンディーが、牙を剥き出し威嚇した。


「謝るなら、フランドル家の家長の前でお願いできる? このドア、私に蹴り飛ばして開けさせたく無いならそこをどきなさい」

 

 クロエと狼の圧で慄く執事は大人しく引いた。

 わかれば良いのと言わんばかりに、蹴破りはしないが両手で勢いよく扉を開け、づかづかと部屋に入った。

 クロエは迷わずに家長であるジャックの元へ向かうのだ。

 驚いた顔をした主人が立ち上がるのを見て、執事は気絶しかけた。


「何事だ?!クロエ!昨日は夕食にも来ないし その姿は何故だ?…傷はどうした…?」


 公爵はクロエを近くで見て驚いた。

 昨日着ていたドレスは更に血で汚れ、洗っていないのか肌に乾いた血がベタリと付いた。痛々しい傷口は黄色の糸で縫われている。


「おはようございますお義父さま。ご覧の通りでございます。昨日はレオナルド様が医者を呼ぶと仰りましたが、誰一人とも私の部屋には来ませんでした。あ、この傷はお部屋にあった裁縫箱から刺繍糸お借りして縫いましたのよ。」


クロエは丁寧に貴族らしい挨拶をしながら答えた。


「そんな筈はないです!私は部屋を案内した後すぐに医者を頼みました!」

 

 慌ててレオナルドも立ち上がり反論したが、彼女の姿を見れば嘘ではなく真実だとわかる。

 なぜ医者も侍女達もクロエの元に行かなかったのか、ここには仕事に真面目な人間しか居ないのに理解が出来なかった。


「申し訳ないですね、クロエ嬢。クリスタの調子が悪く、医者や侍女たちは常に側で診るように僕が言いつけました。」

 

 申し訳ないと口にする兄のジョンは、一人優雅に朝食を続けている。

 ジャックとレオナルドの表情を見る限り2人は本当に何も知らないのだろう。悪の元凶は誰が見てもわかりやすく兄のようだ。


「あら、長女のクリスタ嬢はまだご挨拶しておりませんでしたが、体調が良く無いのですね。この後、私の荷物を全て部屋に運び終えて支度ができ次第お見舞いに伺っても宜しいかしら?あ、わたくし昨日の夕食も食べていないのでお食事もお部屋にお願いできますか?」

 

 ちらりとクロエは後ろにいた執事に目を向ける。


「勿論でございますお嬢様!すぐに手配致します」


 執事は主人の表情を見ると、青ざめて逃げる様に部屋を出て行った。

 公爵は、深いため息を漏らした。


「クロエ…こちらの手違いが多々あったようだ、」


「お義父さま、またお願いがございますの」

  

 クロエは公爵の謝罪を遮る様に発言した。

 昨日と同じ様なやりとりが始まる。


「…なんだ?言ってみろ」


 ニヤリと笑みを噛んで、クロエはまたフランドル家の主人に願いを乞う。


「私に馬小屋で働く女の子を侍女として付けて頂きたいのと、私の背丈に近い騎士を1人付けて頂けないでしょうか?」


「…侍女は好きな者を付けて良いが、お前の背丈に近い騎士と言うのは何故だ?」


「私に乗馬と剣術を教えて欲しいのです。大剣は使え無いので私と同じ体格に近い方が扱う武器や剣を教えて頂きたいのです。」


「乗馬はともかく、剣術など何故身につけたいのだ?」

 

 侍女を具体的に指名したのにも驚いたが、それ以上に令嬢がなぜ剣術を習いたいと言うのか。まったく理解が出来ないでいる公爵の気持ちが手に取るようにわかる。

 満面な笑みでクロエは答えた。


「備えあれば憂いなし!我が国は先代のお陰で平和が続いております。お父様たちも戦争のご経験がないでしょうが、クロエ・フランドルになったからには将来レオナルド様が管理する領地や未来の子供のためにもー」

 美奈子はいつも推しを布教する時の様に、早口でつらつらと将来の為にも自分も剣を握れる様になりたいとプレゼンした。

 フランドル家の男達はクロエからの熱弁に圧倒されている。


「ーで、要するに私はフランドル家を守れる人間になりたいのです。」


 常に無表情で、何事にも動じない公爵の瞳の奥が少し揺らめいたような気がした。


「わかった。騎士を1人付けよう、従者として扱い乗馬はその騎士から学びなさい。剣術は私が教えよう」


「え?」


 予想外の答えにクロエは目を丸くした。

 ケタケタと笑い出す兄に、何故父がクロエに剣術を教えるのか問うレオナルド。

 

「すまないが 今日は部屋に戻りなさい。明日からは朝食に呼ぶ。稽古については後ほど連絡する」

 

 彼は静寂を好む男で、レオナルドの問いにも無視し黙々と何事も無かったように再び朝食の続きをする。

 クロエは感謝を述べて部屋を静かに出た。

 内心は穏やかでは無い。


(やばいやばい!あのイケおじのジャック・フランドル公爵が剣術を教えてくれる?直接?え?うわあああ!絶対恋に落ちゃうやつかも?!)


 また今までに無い展開だ。

 これは殺されるフラグかもしれない、否またジャック・フランドル公爵の好感度を上げるチャンスかもしれない。

 一先ずはまた冷静になろう。

 息を整え、クロエは厩舎へ向かった。



※※※


「すみませーん!こちらにマリと言う名の子はいませんか?馬の世話をしている女の子なの。」


 厩舎にいる騎士達にも手当たり次第尋ねるクロエ。

 皆、クロエの姿を見て驚いて誰も近寄ろうとはしない。

 だが、1人だけ年老いた掃除夫が震えながらクロエに話しかけた。


「お嬢様、その娘なら森の厩舎で寝泊まりして働いております。」


 その場所を聞き出して、老人に丁寧にお礼をした。

 老人は何故マリを探しているのかと尋ねると、クロエは答えた。


「うーん、そうね。お爺さんにだけ話すと、彼女を侍女として迎え幸せにしなさいとお告げがあったのよ」

 

 その言葉に、老人の震えは止まった。

 もう振り返りもせずに、森の厩舎に向かうクロエ。彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、老人は見届けていた。



 お告げがあったと言うのは大げさだが、クロエの頭の中にマリと言う少女の存在が時折出てくるのだ。

 断片的に見せられるこの記憶は、過去のクロエからのメッセージだと美奈子は自然と受け入れた。

 

 フランドル家からだいぶ離れた所にその森はあった。

 そこには綺麗な小川が流れており、水をくむ少女がいる。彼女はボロボロの服で顔は泥なのか汚れている。

 美奈子はマリに会った事が無いが、少女の顔を近くで見て懐かしさに感情が溢れ出した。


「初めましてマリ、私の侍女になって私の側に居てくれないかしら?」


 怯えさせないようと慎重に話しかけたつもりが、美奈子では無い違うクロエの言葉が出ていた。

 私にはこの子との記憶が無いが、いつかのクロエにとって大切な子だったんだろう。私が替わりにその意思を継ぎたい。


「あの、侍女って。も、申しわけございません。どちらのお嬢さまでしょうか?」


「あ、自己紹介を忘れていましたね。私はクロエよ。昨日嫁いで来ました。来月レオナルドと結婚するの」


わっ!と慌ててマリは跪く。


「クロエお嬢さま!申しわけございません!無知でたいへん申しわけございません」


「マリ、大丈夫よ。顔を上げて、私と来てくれるかしら?」


「行きたいです!でも…わたしに侍女の仕事がつとまるでしょうか?」

 

 クロエは優しく微笑み、泣き出しそうなマリの手を引いた。


「大丈夫よ、まず最初の仕事は私とお風呂に入る事よ!ね、簡単でしょ?」


「ひゃあああ。お嬢さまとお風呂だなんて〜〜!」


 マリの悲鳴が森に響き渡った。



※※※※



「お嬢さま〜、、やっぱりこれはおかしいです。」

 

 マリはバスタブの中で身を小さくしていたが、クロエは丁寧にマリの爪先から頭までを綺麗に洗いあげた。

 後ろに寄りかかると、クロエの豊満な胸を背中に感じてマリは顔を赤くした。

 だけど、こんなにも丁寧に触られた事が無かったし、こんな風に肌を触れ合った事が無かった。

 まるでこれが母が子に与える温もりに似ているのか、だんだんと羞恥心は去り心地よくなってクロエに身を任せた。


 マリは、フランドル家に出稼ぎで来ていたメイドと使用人の間から生まれた子供だった。メイドは望まぬ妊娠だったため1人で森の厩舎で産み落とし、そのまま子を捨て去った。

 厩舎を管理する掃除夫達が、赤ん坊を見つけ密かに育てた。

 マリは母の愛など知らない。育てられた人間からも優しさを与えられた事が無かった。

 彼女は物心ついた時から、バケツと馬を磨くブラシだけを持たされ厩舎の掃除と、馬の世話を手伝った。

 馬の糞は素手で掴みバケツに入れて捨てに行く。何度も繰り返して厩舎を掃除する。

 その後はバケツを小川で綺麗にし、馬の飲み水を汲むため小川と厩舎を往復する。

 クロエに出会うまで、マリはただ奴隷のように賃金も無く働いていた。

 

「よし。これで臭いは取れたはね」


(お嬢さまが、わ、わたしの頭をくんくんしてる…!)


 「私はいつも臭いから近寄るなと使用人や騎士達に揶揄われていました。優しくしてくれたのは馬達とお嬢さまだけです。」


 マリの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 クロエは後ろから優しく抱きしめ、囁いた。


「頑張ったね。もう大丈夫だからね」

 

 マリはしばらく泣いていたが、笑顔を取り戻してクロエの着替えを手伝う。

 彼女は決意している、クロエのため全てを捧げ生きて行きたいと。


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