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転生悪役令嬢は全オスを攻略対象にする。そこの雄犬、お前もだっ!!  作者: 村井田ユージ
第二章

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1. 村井田祐司


 「すみません!先ほど、この病院に妹が運ばれたと連絡頂きました。村井田です!あの、妹の村井田美奈子はどこに?」

 

「あ、申し訳ございません。こちらは受付なので、2階のナースステーションで伺って下さい。」

 

 村井田美奈子の兄、祐司は言われた通りに2階へ向かうために階段を駆け上がった。

 息を切らしながら、真っ青な顔をし、ナースステーションで妹の美奈子の安否を確かめる。

 

「村井田美奈子さんのお兄さんですね、お名前が確認出来る物お持ちですか?」


 冷静で事務的な対応の看護師に苛立ちながら、財布から免許証を取り出した。


「はい、これです。あの、美奈子は?どんな状態なんですか?」


「…はい、確認出来ました。妹さんのお部屋に案内する前に、医師から説明がありますので、そこでお待ちください。」 


 祐司は車に跳ねられた妹の安否を今すぐにでも確かめたいのに、看護師は慣れた様な対応で差し出した免許証をそっけなく返した。


「なあ!妹の状況くらい、アンタわかんねーのかよ?!早く医者呼んで来いよ!!」


 祐司は震えながら怒鳴る。本来の彼は大きな声を出したり、感情の起伏がほとんど無い、大人しい性格だった。

 声を荒げてしまい、自分でも戸惑っている。

 まるでクレーマーのような祐司の声は、周りも萎縮させた。

 すぐに担当の医師が姿を見せた。医師は祐司に美奈子の状況について詳しく説明した。

 聞かされた内容に、愕然とし足元から崩れそうになった。次々と説明された内容はもう頭に入らない。

 医師は祐司を美奈子の部屋へと案内する。

 彼は覚束ない足で何とか後をついて行くのだが、これは全て悪い夢であって欲しと願っていた。

 しかし、部屋に入ると見慣れない機械に沢山の管のような物に繋がれた妹の姿を見て、残酷な現実だと思い知った。

 祐司は目の前の現実に耐えきれず、膝を床について崩れ落ちた。


「…あの。す、すみません。少し、1人にしてもらえますか?」


「ああ、はい。先ほどご説明した通り、後で警察の方も来ますので。何かあればナースコール押して下さい。」


 祐司は1人になると、ボロボロの妹の手に触れた。涙が溢れ出した。

 妹はあと数時間後の検査で反応が無ければ脳死判定をされる。


「ねぇ、美奈子 起きろよ。遅くなってごめん。兄ちゃん来たぞ、今日はちゃんとお前のオタク話し聞くからさ。頼むよ…俺を独りにしないでよ。」


 祐司は切に願うが、今まで自分の願いが叶った事なんてなかった。

 自分でも憐れむほど、俺も妹も不運な人生だったと回顧する。



 父は事故で他界した。鬱と双極性障害の違いもわからない俺は、あいつはただ勝手に病んで、オーバードースして、車乗って、事故って死んだ。ろくでも無い男としか記憶にない。

 俺は父親に愛された思い出がない。

 物心ついた時には、父は異常なほど美奈子を溺愛していた。

 母は平等に俺たちを愛していたはずなのに、父の愛は美奈子だけに向かうと、母は代わりに俺だけ愛して育てた。

 歪な家族愛の中で俺たちはそれなりに生きていたが、父の鬱病がきっかけに家庭は崩壊した。

 母は離婚後、俺だけを引き取りたかった。

 でも、父の病状が酷いため美奈子の親権も母が持つことになった。

 離婚後の母はまだ妹に手を上げる事は無かったが、ネグレクトが酷かった。食事も与えない、ただ居ない存在として扱っていた。

 それを咎めると、癇癪を起こし暴れ回る。手に負えない酷さなので、常に母には腫れ物を触るように接していた。

 妹は父の死後、生気が抜けたような死んだ目になっていた。段々と痩せ細っている妹を見ると、俺はもう耐えきれなくて匿名で児童相談所に通報をした。

 すぐに母のネグレクトが発覚し、美奈子は保護をされたがそれは一時的なものだった。

 家に戻った日から母の虐待は始まった。俺のいない所で、故意に顔以外を殴っていた…。

 ついに母は美奈子を殴るように命令された。

 俺は耳を疑った。自分が状況をさらに悪化させていたのかもしれない。

 気がついたら妹の手を取り、裸足で家を飛び出していた。

 後ろから母の奇声が聞こえる。母は無名なソプラノ歌手だったから、怖いくらいに声が届く。狂ったように俺の名を叫ぶ。

 逃げ切れたのに、あの金切り声がずっと耳にまとわりつくようだった。恐ろしくて、必死に走り続けた。

 俺も本当は母の呪縛の様な愛からずっと逃げ出したかった。


「お兄ちゃん もう、足が」


 手を引いても妹はうずくまり動かない。お互い足の裏は血で滲んでいた。


「あ、…ごめん、ごめん。美奈子、大丈夫か? 本当にごめんな」


 妹を抱きしめて、俺は兄として何も出来なかった事を謝罪した。


「お兄ちゃん、ごめんね…私もね、…お兄ちゃんが淋しがってたの知ってたのに…」


 美奈子は俺が父から愛されたいと思っていた事を知っていた…。

 あの日の夜、俺たちは歩み寄りやっと仲の良い兄妹になれた。


 その後、警察に通報し母は捕まった。

 疎遠だった母の姉家族が美奈子を引き取ってくれたお陰で、だいぶ事態はおさまった。

 俺は音大を中退し、小さな映像会社で働いた。

「成人したら美奈子を迎えに来ます」と姉家族に言ったものの、美奈子は何不自由なく暮らせて、大学にも進学させてくれた。

 美奈子は幼少が不運だっただけで、大学卒業後は就職し、順風満帆な人生だったはず。

 父の死と母からの虐待を経験したのに、あいつはとんでもなくポジティブに育った。推しの力が何とかと訳の分からない事を言っていたが、それなりに人生を謳歌していた。

 それなのに、事故でこんな目に遭うなんてあんまりだ。妹は不幸では無い、寧ろ俺の方が、…。

 

 祐司は自分の過去を振り返ると辛くなり、考えるのを止めた。

 すると、私服の刑事2人が訪ねてきた。1人は若めな男で、もう1人は真っ白な髪の年配の男だった。

 若い刑事が事故の詳細を説明した。

 その話の要約は、美奈子が歩きスマホで車道に出たため車の運転手には過失が無いと言うのだ。

 こちらの落ち度もあるが、過失がゼロなんてありえないと反論した。

 彼は面倒くさい様子だった。


「お兄さん、運転手の方は過失は美奈子さんにあると言ってますよ。それに高級車だったみたいで、事故で廃車だそうです。弁償させられたらどうするの?ここは示談が身のためですよ。」


 理不尽な事を一方的に言われた。

 絶対に納得がいかないのに、美奈子の持っていたスマホと鞄を渡され、若い刑事はすぐに部屋を出て行った。

 年配の刑事だけが残り、彼はゆっくりと話し出した。


「お兄さん、私ね来月やっと定年を迎えるんだよ。だから、ここだけの話をしよう。加害者は警察関係者でね。そこそこの役職者なんだよ。警察の汚い世界を見せて悪けど、お兄さんがどんなに頑張っても、加害者は逮捕もされないし何の罰も与える事が出来ないんだ。」


「ちょっと、刑事さん何言ってるのかわかんないよ。…」


「あの若造が言っていたように、示談しか方法がないよ。本当に運が悪かったとしか言いようがないんだ。妹さんの前ですまないね。また改めて署の方で話そう。」


 年配の刑事は祐司の連絡先を控えると何も言わずに部屋を出た。

 取り残された彼は、青ざめた顔になる。

 でも、何かを思い出したかのように、ふらふらとまだ覚束ない足でナースステーションへ向かった。


「すみません。村井田美奈子の兄です、輸血の件で献血に伺いました…」


 事情を知っていた看護師はすぐに採血室に案内する。

 祐司と美奈子の血液型はAB型のRHーだった。美奈子は大量の輸血を受けていた。万が一のために医師から血の提供を求められていた。

 自分の血に問題が無かったので、そのまま献血の準備が始まった。

 リクライニングチェアに座り、ぼーっと天井を眺めた。先ほど来た警察官の説明を思い出す。つくづく自分には運が無い。


「おーい、美奈子。こんなのって、あんまりだよ。」


 ぽつりと呟いて無意識に、左ポケットに入れていた妹のスマホを取り出した。

 ひび割れていたが、パッと画面が明るくなる。更に、画面ロックが掛かっていなかったので、美奈子が事故の直前まで見ていただろう画面が表示された。


「は?あいつ不用心過ぎるぞ。 …え、なんだよ漫画見てたのかよ。」


 スマホの画面には『悪役令嬢は死ぬ事を恐れない』と言うタイトルのウェブトゥーンが映る。祐司はスクロールさせながら流し読んでみた。

 妹が最近やたら勧める転生系と言うものだろうか。漫画やアニメには疎いので、妹の勧めを半ば強引に読まされている。これは最後の妹の勧めだと思い、最新話まで漫画をいっきに読み進めた。

 

「はぁ、これの何が面白いんだよ。主人公が美奈子って名前同じだからか?」


 既に献血は終わり、少しふらつきながら美奈子の部屋に向かった。

 途中、下り階段の降りた先に自動販売機が見えた。飲み物を買っておこうと階段を降りようとした時だった。

 髪の長い金髪の女が現れ、階段を登ってきた。

 幽霊でも見てしまった時の様な恐怖を全身で感じた。その女性は顔を上げ、目が合った。

 祐司はギョッとした。その女性の瞳が赤い色だったからだ。


「あっ」

 

 突然の眩暈が襲う。地面が回転するような錯覚で、祐司は前のめりになって階段を転げ落ちた。

 地べたに横たわっているが、自分の身体がどのような状況なのかわからない。

 何故か体が動かせず、目だけが開く事が出来た。

 視界に金髪の女性がこちらに近寄って来る。

 そして、不気味なほど美しい顔を近づけ耳元で囁くのだ。


「さあ、私と行きましょう。この世界はあなたに優しいかしら?」




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