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転生悪役令嬢は全オスを攻略対象にする。そこの雄犬、お前もだっ!!  作者: 村井田ユージ
第一章:短編

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殺戮のクロエ2

 

  あの事件は数年前に遡る、愛知県名古屋市の某大学病院で脳外科医の女医、三好愛香(みよし あいか)は研修医時代から数十名の患者を殺害した。その手口は巧みで、自ら出頭するまで誰も意図的な殺しだったなんて誰も気づけなかった。

 当時は毎日のように被害者が増えたと報道され、世間は彼女の話題で尽きない。

 そして何年も掛かった裁判で判決が出される日。三好を乗せた護送車が事故に巻き込まれ、彼女の死亡が速報で流れる。

 また連日の様に、当時の事件を振り返るニュースばかりが流れた。


 やっと静かな暮らしが出来るようになったのにと、ため息をついて女はテレビを消した。

 玄関からノックの音が聞こえる。また()()()()ことで顔見知りの刑事、加藤賢治(かとう けんじ)が久しぶりに訪ねてきた。

「坂神さん、ご無沙汰しております。本日はお時間を頂きありがとう御座います。」

「いえ、私が署の方に行けなくて申し訳ないです。今日はお一人ですか?狭い部屋ですがどうぞ。…あ、あと私はもう『坂神』ではありません。夫と別れて佐々木に戻りました。」

 加藤は「そうでしたか」とばつの悪そうな顔で軽い会釈をし、坂神真弓(さかがみ まゆみ)が住む小さなアパートの中に入る。

 部屋の中は物がほとんど無く、沢山のぬいぐるみと飾られた写真立てがすぐ目に付いた。写真立ての前には小さな箱が置かれている。

 彼はその箱にすぐ気がつき、真弓に許可を求めた。

「真里ちゃんに、手を合わせても良いでしょうか?」

 真弓はただ頷くだけだった。

 加藤は、写真に移る9歳の少女の顔を懐かしそうに見て、ゆっくりと目を閉じ手を合わせた。

 そして、決心した顔つきで真弓に向かって話し出す。

「真弓さん、やっと真理ちゃんの場所がわかりましたよ。」

 その一言で、真弓はガシャンとお盆にのせていた湯呑みを落とした。彼女は力尽きたように膝をついて伏してしまった。

 加藤は慌てて、心配そうに真弓の震える肩に触れた。彼女はその手を力強く握りしめた。

「真理は!どこにいるんですか?!」

 切迫した表情を見せるが、白髪混じりの髪に頬は疲れたようにやつれている。加藤は互いに年老いたなと、昔を思い出しながらゆっくりと落ち着いて話し出した。

「三好愛香の日記が見つかりました。事故の前に書いたようで、そこには場所がしっかりと書いてありました。真理ちゃんの通っていた緑ヶ丘小学校の裏山に埋めたと。明日の朝一で捜索します。」

「刑事さん、どうか、私も探させて下さい!」

 真弓の切なる願いに、加藤は苦しそうな表情を浮かべた。

「真弓さん、明日は専門の捜索隊が入るので一緒には難しいです。何かあればすぐに連絡するので、ご自宅で待機して頂けないでしょうか?」

「…わかりました。」

 疲れ果てたような返事に加藤は真弓を心配するが、何故か真弓は上の空だった。

 彼は長居はせずに用件だけ伝えすぐに帰るが、帰路の途中ずっと説明の出来ない嫌な予感を抱いていた。



 坂神家の一人娘、真理は当時9歳で学校の下校途中で行方不明になった。両親は共働きで帰りはいつも19時以降になる。真理は1人、家で両親の帰りを待っていた。

 その日、真弓が19時に帰宅すると部屋には真理が居なかった。ランドセルも無い、友達の家に遊びに行ったのか手当たり次第に電話をかけた。

 真理はどこにも居なかった。すぐに警察に連絡をし、捜索願いが出された。

 次の日、真理の通う小学校の通学路で人間の指が落ちていると通報があった。警察が駆けつけると、それは確かに人間の指で小さな子供の指だった…。

 真弓の胸騒ぎは止まらない、真理はまだ見つからない。悪い想像が全て現実になって行くのが耐えられなかった。

 子供の失踪と、切断された子供の指。その指が自分の娘のものだと鑑定結果が出される頃には、自宅の前にはマスコミが群がっていた。

 外に出ると、カメラを向けられ「今の心境は?」とどうでもいい事を聞かれる。

「探している我が子が、やっと戻って来たのは指一本よ!どんな気持ちかって?あんた達にこの絶望がわかるの!?」

 真弓は取り乱し、報道陣に迫る。

 しかし、絶望の叫びと涙、憔悴した様はマスコミにとって最高の撮れ高だった。マスコミはわざと真弓に悪意のある質問をして、彼女を感情を揺さぶった。

 真弓は翻弄されながらも、娘を失った悲しみを叫び続けた。


 時間は非常にも過ぎ去り、真理の指は見つかったが失踪事件の進展は何も無かった。

 その()()()()が故に、報道やSNSでは誘拐、殺人、沢山の憶測が上がった。

 誰かは母親が殺したのでは無いかと、とんでもない事を言いだし、それを鵜呑みにして騒ぎ立てる人が次第に増えてしまう。

 結果、子を失った家族に憐れみの声と、真弓に向けた誹謗の声が上がる。

 だが、時が経てば事件の記憶も薄れる。真弓以外の世間は、件の事を忘れてしまったようだ。

 しかし、女医の殺人事件で事態は一変した。三好愛香は真理の同級生で一番仲の良い友達だった。

 事件をニュースで知り、真弓の胸騒ぎが止まらない。また悪い想像が現実になってしまうのでは?

 そう、現実はいつも残酷で、真弓の想像した通りだった。

 三好愛香の最初の殺しは、同級生の真理だと自供したのだ。彼女の話は信じ難く、最初は捜査官も信用はしていなかった。9歳の子供が友達を殺し、通っていた小学校の裏山に埋める事なんて出来るだろうか?

 加藤刑事は供述の録画を見て、ゾッとした。

「本当は大好きな真理ちゃんの頭を持って行きたかったんだけど〜、その時の私には上手く切れなくて。だから仕方なく小指を頑張って取ったのよ。でも、帰り道にポケットから落とすなんて!本当にばか!今でも悔しいの。ねぇ刑事さん、あの指を私にくれたら知りたい事を全てを話すわ」

 三好はまるで9歳の少女に戻った様な子供の仕草で笑顔を見せ、指を落としたと話す時には心から残念がっていた。

 そして、家にあった刃物をかき集め真理を殺した後、どうやって解体しようかと当時を懐かしみながら話し出す。

 すぐに三好の精神鑑定が行われ、この供述は暫く伏せられていた。

 加藤は最初から三好の供述を信じていた。何度も三好と接触するが、彼女は頑なに遺棄した場所を教えなかった。


 三好の死後、拘置所で彼女の日記が見つかった。そこには真里への想いが綴られていた。その日記を読み進めると、まるで真里を神のように例えた言葉が多くなる。

 最後の日記の日付は事故日だった。移送前に書かいたのだろう。

 そこには遺棄した場所が詳しく記載され、最後に『あの人がやっと私を連れて行ってくれるって。早く真里ちゃんに会いたい』と締めくくった。

 三好は解離性同一障害を疑われていたが、精神鑑定でも正常だった。

 加藤は三好の日記を読み終えて気味の悪さが残っていたが真弓の顔が浮かび、すぐにでも真理の居場所を伝えたかった。



※※


 真弓は刑事が去った後、すぐに緑ヶ丘小学校の裏山にと向かった。その場所は真弓のアパートから歩いて15分の距離だ。

 彼女は娘が生きていて、いつか我が家に帰って来るのではと望みを持っていた。言われの無い中傷に耐えた。離婚し金銭的な余裕が無くなると泣く泣く家を手放したが、それでも家の近くに住み続けた。


「16年よ。真理ちゃんがいなくなってもう16年が経ったの。こんな近くに居たのね。ママ、気付けなくてごめんね。もう、絶対に1人にしない。」


 真弓は夜の森に誰かに導かれるように入る。

 悲しい叫び声をあげて、真理の名が静かな森に響き渡った。

 どこに我が子が埋まっているのかもわからない、でも少しでも側に居たかった。側から見て真弓は狂ってしまったように見えるが本人は正気だ。


「ああ、神様。真理に会いたい!あの子に会いたい! なんでもするわ、私の命だって捧げる。どうか、もう一度あの子に会わせて!」


 真弓の叫びに、木々に止まっていた鳥達が驚きバタバタと羽ばたき森が騒めく。

 その中で、微かに子供の声が聞こえた。

 真弓は聞き覚えのある懐かしい声に、慌てて耳を澄ませた。


「お母さん!助けて! お母さん! 痛いよ…やめて あーちゃん 痛いよ 」


 それは確実に真理の声だった。この森で真理は『あーちゃん』と慕っていた三好愛香に殺された。


「真理!何処なのっ?!返事をして!!」


 さらに奥へと真弓は森の中を進む。娘の悲しむ声が聞こえる、三好愛香が娘にした悍ましい行為を想像すると怒りと憎しみが生まれ、視界が赤く染まる。


「愛香!!絶対にお前を許さないっ!殺してやる!私がお前を殺してやるっ!」


 牙を剥き出しにした獣のような形相で、森の奥へと進んだ。

 すると、暗闇の中で白い人影が目に映る。真弓は怖がることなく近寄った。

 白い亡霊のように見えたものは、髪の長い金髪の女だった。その女は真弓を待っていたかのようで、美しい青い瞳で見つめた。


「あなたの娘が危険なの。連れて行ってあげるわ」


「お前は誰だ!どう言うことなの?!真理の場所を知っているなら早く連れて行って!」


 真弓は青い瞳の女に飛び掛かる勢いで迫るが、女は森の奥へと歩き出した。


「あの子はずっと苦しんでいる。三好愛香は赤い髪、赤い瞳の魔女に姿を変えた。魔女を倒さないとあなたの元には永遠に帰れないの。これを使いなさい」

 

 女神のような美しい顔をした女は、いつの間にか小さなナイフ持っていた。そのナイフを真弓に渡す。


「さあ、光の方に進みなさい。その奥に娘がいるわ。」


 真弓は無意識のように差し出されたナイフを取り、女の指さす方へと目を向けた。

 そこには暗闇の森の中で、輝くような光が現れる。

 光の奥から、真理の助けを求める幼い声が聞こえた。

 真弓は走り出す。無我夢中で走り、そして暗闇の森に身を消した。

 女は真弓を見届けると、優しく微笑んだ。


「退屈な日々、もう飽きたこの世界に誰か刺激を頂戴。…ええ、何でもあげる。私の愛しいクリスタ」


 その女も同じく、夜の闇に溶け込むかのように姿を消した。



※※※



 翌朝、捜索隊は三好の生前の供述や日記を頼りに遺体を埋めた場所へ向かった。

 すぐに担当刑事に捜索隊からの連絡が入る。そこには、中年女性の死体が見つかった。

 昨日の胸騒ぎはこれなのかと、慌てて加藤は現場に向う。

 やはり、遺体は真弓だった。目は見開き、怒りに満ちた鬼の形相のような表情で死後硬直が始まっていた。捜査官達はその表情を見て不気味がっていた。

 加藤は理解に苦しむ。真理ちゃんの遺棄した場所は教えていないのに、何故この場所に彼女は居たのだろう。

 そして、予定通り坂神真理の捜索は行われたが、彼女の痕跡は何一つ見つから無かった。坂神真理の失踪事件は未解決事件として捜査終了となった。

 真弓はその後、死亡解剖が行われた。結果は心筋梗塞によるもので事件性は無かった。

 加藤の胸には虚しさが残った。定年まで後何年かなと、指を折って数える。

 ああ、まだ3年も残ってるなぁと、乾いた笑いが出た。


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