21. 愛しい君は、私の血となり肉となる(後編)
[注意:残酷な描写が御座います。苦手な方はご注意ください]
約束の日、
クロエはアイザックと出会った酒場に居た。
彼女は髪を黒く染める薬品が手に入らず、本来の赤い髪で待っていた。
ボロ布のフードを纏い、髪の色を隠しているが、すぐに亭主に見破られる。
「おー、この間のお嬢ちゃん また来てくれたのかい? おや、髪を染めたのか?ド派手でいいねぇ〜。」
「あれ〜、おじさん わかった?この色、絶対に北部で流行るから〜あはは。」
クロエは照れながら、隠せていない髪を思わず触った。
(アイザックは髪色が変わっても私とわかるかしら?
この髪、彼は何て言ってくれるかな…。 )
クロエは彼を想い、ずっと待っていた。
しかし、約束の時間はすでに過ぎたが、彼は現れない。
「こんなべっぴんなお嬢ちゃんを待たせる男が居るなんて。信じられねぇな。もう、そんな糞男を待つのはやめちまえ。」
亭主はクロエを心配して、サービスで一杯の酒とつまみを差し出した。
「おじさん、ありがとう…、でも、もう少し待ってみようかな。」
クロエがそう言うと、強い血の匂いを感じた。
気配を殺し、隣に誰かが座る。見覚えのあるフードを被った男。
顔を覗き見ると、アイザックの連れのクラウスだった。
「あいつは、もう来ない。」
一言、告げて去ろうとするクラウスを引き留めた。
「クラウスよね? 奢るから一杯いかが?おじさん彼に同じのをお願い。」
「……」
クロエは強引に、彼に酒を勧める。
クラウスは、少し考えている様子だったが、直ぐに亭主が酒を出したので仕方なく留まった。
「乾杯しましょう。」
クロエは杯を彼に向けた。
「…何にだ?」
「そうね、ここに居ないアイザックに!」
クラウスの持つ杯に無理やり乾杯と自分の杯を当て、勝手に酒を飲み始めた。
彼はクロエの飲みっぷりに少し驚かされたが、アイザックに乾杯とはどんな意味なのかわからなかった。
しかし、クラウスは手に持った酒を眺め、アイザックを想った。
「ああ、アイザックに捧げよう。」
彼は一気に飲み干し、未練も無く席を離れた。
「待って、クラウス!」
クロエは去っていくクラウスの背に話しかける。
「彼に会ったら伝えて欲しいの。『また会いましょう』ってね。」
クラウスは立ち止まり、クロエをチラリと見て無言で頷いた。
そして、馬に跨り、風のように去って行く。
美奈子は、アイザックが約束を破った事には大して気にしていない。
何故なら、シークレットキャラ遭遇には大抵は何らかの条件がある。いつでも会うことは出来ないと心得ていたので、落ち込む事は無かった。
気がかりなのは、クラウスの方だ。
彼は親切にアイザックが来ないと伝えてくれたが、何かを思い詰めているような、重苦しい雰囲気だった。
「あーあ、私に彼を慰める事が出来る、手練れな女スキルを持っていたらなぁ〜。」
帰り道、夕焼けに変わりそうな空に向かって呟いた。
草むらからキャンディーが飛び出してきた。
嬉しそうに尾を振り、ご主人様の周りを回る。
愛らしいキャンディーの姿に微笑むクロエ。
「ダンテも出ておいで〜。」
子をあやすような言い方で、隠れていたダンテに声を掛けた。
「あーあ。バレてたのかよ…。」
「ふふ。2人とも待っててくれてありがとう。さあ、帰りましょう、ジョンの機嫌を取らないとね♪」
空はすっかり夕焼けに染まっていた。2人と一匹は、ジョンの待つ屋敷へと歩き出す。
※※
俺はクラウス・アラーク。
側室の子だが生まれて直ぐに王家の名を背負っていた。
母は何処かの司祭の娘だと聞いていたが、顔も名も知らない。母はウィリアム王に容姿を気に入られて西の塔に連れて行かれた。
西の塔は王に気に入られた女たちが集められ、王の悪趣味な宴が夜な夜な催されていた。この事は極一部の人間しか知らない。
王家は呪われている。
色ごとに溺れた変態な王に、王妃は側室の子供を殺している。
俺も殺される筈だった。だが、司祭の1人がガーランド家の手助けで俺を保護する事が出来た。
聖職者たちに守られ生き延び、10歳を迎えた日。
今でも覚えている。
血の匂いを纏ったマリオ・ガーランドが俺を引き取りたいと現れた。
俺の目にはあいつは死神のように見えた。もう迎えが来たのだと運命を受け入れるしか無かった。
教皇側はガーランドの命には逆らえない。俺の命を守るためだと、マリオ・ガーランドに託す。
その日、マリオは部下に決して殺すなとだけしか伝えず、身分を隠した俺を戦地に放り出した。
マリオは密かに数々の戦争を請い、傭兵を増やし殺戮に使う銃火器の発展を遂げていた。
俺は戦場で死ぬこと無く生き延びた。
否、厳密には死んでも目を覚ませば、戦場に送り込まれた10歳の時に戻っていた。
最初は悪夢でも見ていたのだと思っていたが、繰り返しを経験する度に“生かされている”事に気がついた。
俺は呪われている。
俺は死ねない。この苦しみから逃れたいのに、死ぬことを赦されない。
神は俺に何をさせたいのだろう?
答えもわからず、ただ戦場を支配する魔王のように命を奪い力をつけた。
俺の戦禍での活躍は直ぐにマリオ・ガーランドの耳に入る。
奴は俺を気に入り、数々の戦の最前線を任せた。
そして、北部隣国の制圧は繰り返しのお陰で3年掛かったのを2年弱で遂行させた。
そこで出会ったのは、ルミナス家の陰謀で没落した貴族の息子アイザックだった。彼も俺と同じく子供の頃、傭兵にする為に連れて来られた。
彼は銃火器の扱いにはセンスがあり頭も良かった。戦場でも使えるので、俺は必然とアイザックを側においた。
いや、違う。アイザックは元から人たらしのような奴で、俺を恐れる事なく自分から側に来た。
彼は戦禍の中で死んでいた。
繰り返しの中で、彼の死を回避出来るとわかった時、やっと自分の生きがいを見つけた。
終わりが見えないこの世界で、自分のために生きる事はもう疲れた。
だが、誰かのためを想い、救い、そして生かしたいと考えた時、この世界の見方が変わった。
待ち侘びていた何度目かの帰還。
国民は王子の功績を讃え、俺を『王の帰還』だと歓迎している。
俺はこの先の未来をまだ知らない。
王宮では必ず、王妃の毒牙で殺される。
戦場では生き残れたのに、どうしても王宮では生き残れない。
失敗したら、10歳の子供に戻り、絶望と修羅の10年を生きる。
また何度も仲間の死を見届けないとならないのか…?
結局のところ俺は、アイザックの死を回避出来ていなかった。生き延ばしただけで、彼は何度も苦しみ死んでいる。
この世界を終わらせない限り、俺たちは苦しみの海に溺れたままなんだ。
だから、殺そう。
全部殺して、この世界を全部壊そう。
※※※
[注意:ここから残酷な描写が御座います。苦手な方はご注意ください]
陽が沈むと、西の塔では豪華な夕食会が開かれた。
クラウスは既に着席し、参加者の着席を笑顔で見守った。
この会に招待したのは極わずかな者たちで、王妃に媚びた貴族と議会の数人の元老と元老の代表者があらわれた。
「クラウス王子、この度はご夕食に招待して頂きありがとう御座います。」
彼らは緊張した様子だったが、マリオ・ガーランド公爵の根回しで友好関係を築きたい気持ちを表明していた。
「いささか、行き違いもありましたが、我々は王子の功績を讃えております」
元老の1人がぺちゃぺちゃと長い話を始めた。
クラウスは話を無視し、杯を取り立ち上がる。
「私は、貴方達に無害だと言うことを証明したいのです。さあ、皆様、今宵は豪華な食事と美味い酒を楽しみましょう。」
彼は手にした酒を飲み干し、誰よりも先に目の前の料理食べ始めた。
緊張した元老の1人は、笑顔を絶やさないクラウスを見て、少し安心をする。
出された食事は、王宮でも滅多に食べられない高級な食材が並んでいた。
「毎日こんな料理を1人で食べないといけない。何だか寂しいので、良ければいつでも私の塔へお越しください。」
クラウスは一番近くに座る元老に話しかけた。
「おお、身に余る光栄で御座います、王子様。」
元老は喜びながら食事を始めた。
他の参加者はそのやり取りを目にし、緊張が溶けたかのよう食事を楽しむ。
しばらくして、蓋付きの器が一人一人に出された。
「おお、素晴らしい金の食器ですね、王子。こちらは何でしょうか?」
「私の好物なシチューです。大変珍しい食材を使っております。友好の証に皆様に食べて頂きたいのです。」
皆は、早速そのシチューを食べた。肉が沢山入り、とろけるような美味しさだった。
すると、1人が口から噛みきれない異物を掌に吐き出した。それを見た途端、悲鳴が聞こえた。
「お、王子様!これは何ですか?!」
彼の掌に乗っていたのは、爪が付いた人間の指先だった。
「はは、これは私の部下の肉を煮込みました。とても良い味がしませんか?」
笑顔で狂った発言をするクラウス王子、彼らの目には狂人に映った。
慌てて皆、食べたシチューを吐き出す。その行動にクラウスの表情は一変した。
「お前ら、吐いた物も全て食べ切らないと生きては帰さない。」
「ひっ!」
恐れ慄き、何人かが立ち上がる。
クラウスの部下は、命じられていたかのように手際よく、立ち上がった者の喉を後ろから切り裂く。
ガシャンとテーブルに顔面を強打し、彼らを強制的に座らせた。
「さあ、皆さん、せっかくのシチューが冷めてしまいますよ?早く食べましょう。」
「王子様、お、お許しください…。」
ガタガタ震え、すくったシチューがスプーンからこぼれ落ちた。
その様子をクラウスは無表情で眺めると、何かを思いついた表情を見せた。
「ああ、そうだな。やっぱり、お前らの汚い腹にアイザックが居るなんて許せない。全員殺せ。」
逃げだす時間も与えない。その場で、生き残った全員の喉を切り裂いた。
「…お前達、ご苦労だった。暫く1人にしてくれ。」
命令通り、部下達は部屋を出た。
終始を隠れた場所で覗き見ていたマリオは、パチパチと拍手をした。
「王子、今宵は最高のショーをありがとう。」
「見世物は終わりだ。あんたも早く部屋から出ろよ。」
言う通りに部屋を出るが、マリオは最後に振り向き、彼の様子を確かめた。
クラウスは、豪華な食事を屍体と囲い続けていた。堂々たるその姿に、狂気の王が誕生したと確信した。
クラウスは1人になると、食事を止めて立ち上がる。
殺した全員の腹を1人づつ切り裂き、はらわたを取り出して引き裂いた。
一仕事終えて席に着くと、彼はまた何事も無かったように食事を続けた。
「アイザック…。」
クラウスは、ぽつりと彼の名を呼び、彼の肉が入ったシチューを味わい、残さずに食べた。
この世界に、お前がいない。
恋しいよ、アイザック
お前は、俺の血となり肉となる
俺の中で生きるんだ、アイザック
[第一章/完]
第一章まで読んで頂きありがとうございます。
ゆっくり誤字脱字を直して、しばらくは一章の短編が続きます。




