20.愛しい君は、私の血となり肉となる(中編)
[注意:残酷な描写が御座います。苦手な方はご注意ください]
アイザックはクロエを見送り、来た道を戻った。
今日は一段と夜空が綺麗に見えた、まだお互いを知らないのにクロエを思い出すと心が温かくなる。殺伐とした日々に、ほんの一時だが安らぎを得た。
彼は上機嫌で馬を走らせると、前方に馬に乗った人影が見えた。
「クラウス!はは、待ったかい? ちゃんとクロエは送ってきたさ。さあ、帰ろう。」
クラウスは夜道でアイザックを待っていた。
2人は並んで馬を走らせ、今日泊まる宿に向かう。
「お前、あの黒髪が何者か知っているのか?」
クラウスは前方をまっすぐ見ながらアイザックに質問する。
「ああ、もちろんだよ。彼女はクロエ・ガーランド。僕たちの上司の娘じゃないか」
当たり前のように答えたアイザックを思わず見ると、彼は上機嫌だった。
「アイザック…。お前、知ってて口説いたのか?ガーランドの娘だぞ?いつものように遊び捨てるなよ、面倒な事になるから止めておけ。」
「今回は本気さ!君もクロエに誘われたのに断るなんて…。なんて勿体無い事をしたんだ、あんなに美しい子を見たのは初めてだ。友達ならあの時ついて来て欲しかったよ。あーあ、本当に勿体無い事したな〜。」
「ふざけるな。あんな尻軽な女だとは思わなかった。ところで、俺たちの事は勘付かれて無いよな?」
「途中、彼女を下ろしたけど。狼みたいなのが2匹いたなぁ〜。」
「あ?見られたのか」
クラウスが殺気だってしまい、アイザックはなだめた。
「大丈夫さ。1人は松葉杖をついた男。多分、あの容姿はフランドルのご子息様だろう。もう一匹の本当の狼は怖かったなぁ。殺意がむき出しだったよ。」
「はっ。もう、あの女とフランドル家には関わるな。」
「君の予知だと、あの娘はどうなるの?僕と結ばれたりしないかな〜。」
クラウスはまた前方を向き、遠くを見つめて答えた。
「…何度だって、あの女が生き残る事は無い。」
「えー!そんなぁ…なんて可哀想なクロエ。僕と同じ運命なんだね。明後日、また彼女と会う約束をしたんだ。死ぬ前に行ってもいいよね?」
クラウスは舌打ちし、馬を加速させ、アイザックの先を行ってしまう。
「クラウス、大丈夫だよ。やっと、ここまで来れたんだ、今度こそ未来を変えよう。君があの玉座に座る姿を、僕に見せてくれ。」
アイザックは愛おしそうに、前を走るクラウスの後ろ姿を眺めた。
※※
翌朝、クラウスとアイザックは王宮に居るマリオ・ガーランド公爵の元に居た。
「アイザック、お前は着替えてから、何人か連れて西の塔で待機しろ。『クラウス・アラーク』と名のれば歓迎されるはずだ。 クラウスは今日は俺と居ろ。午後から王妃と元老達との会議に行く。」
マリオは2人に冷たく命令する。
「かしこまりました。」
アイザックは命じられた通り、部下を数人引き連れて西の塔に向かおうとした。
クラウスは嫌な予感がして慌てて、公爵に問う。
「閣下、何故西の塔に私ではなく、アイザックを行かせるのですか?」
「もう、俺を閣下と呼ぶな。お前は今日からクラウス王子だ。元老との会議には、ただ黙って俺の後ろにいろ。」
公爵はクラウスの問いに答えない。
さらに焦るクラウスはアイザックを見る、彼は「大丈夫だよ」と言っているような優しい笑顔を見せた。
クラウスは彼の笑顔を目に焼き付け、心の中で「アイザック、死ぬなよ」と祈った。
※※※
指定時刻に、マリオ・ガーランド公爵が王家の間に到着した。
だが、メラニー王妃との会議は既に始まっていた。
「あら、ガーランドが来たわよ。残念だけど、もう特に大した話は無いので会議は終わりよ。」
彼女がガーランド家を除け者扱いする態度は、会議に参加している者達にもわかっていた。
ガーランド家よりも王妃が恐ろしい事を誰もが心得ている。彼女を咎める者は誰もいない。
王妃の態度にマリオは気にもしないで、作り笑顔で話し出す。
「王妃、まだ会議は終われませんよ。私から朗報が二つあります。」
参加している元老達はマリオの発言に興味を持ち、耳を傾ける。
「特に何も無いなんておかしい、我が国は常に誰かに狙われている。先日、北部に隣接する国を我が軍が制圧しました。」
誇らしげに語るマリオに、真っ先に発言したのは北部の統治者ジャック・フランドル公爵だった。
「何を言っているんだ、マリオ! 北部の最果ては氷山に覆われている。隣国が攻めてくる筈が無い!」
「はっ! フランドルはいつからそんなに平和ボケしてしまったんだ?今すぐ氷山の向こうへ行って見てくれば良い。我が国の旗が掲げられている。」
会議の参加者は騒つくが、マリオはお構い無しに話を続けた。
「王室の力を借りずとも、我々は制圧に2年掛けて領土を増やしました。否、厳密には王室の力をお借りしているな…。」
「わ、我々は何も支援などしていませんが?」
元老の1人が思わず答えると、マリオは張した言い方をした。
「北の国を制圧し、指揮されたのは、なんとクラウス王子です!彼は我が国の為に率先し前線で戦いました。私は王子に支援したまでです。みなさん、ご存知の通りクラウス王子の母君は教皇側の血縁者です。この会議に教皇側の人間が1人もいないのが大変残念ですが、彼らはもう既に王子の功績を讃え、民にも伝えており、世論は王子を英雄視しております。」
また誇らしげな表情でマリオ・ガーランドは王妃を見た。彼女の顔色がだんだんと変わって行く様を心の中で笑った。
「最後の朗報は、戦中にクラウス王子は成人の歳を迎えました。王の遺言通り、彼が長年不在だった国王となる方なのです!」
元老達も急に顔色が悪くなる。
側室の子であるクラウスは、王の死後は王宮では無く教皇側で暮らしていた。
側室の子供は他にも居たが、誰も成人を迎える事なく死亡しているはずだった。
「あら、私の娘も今年は成人よ。それに、次の王を決めるのはこの議会でよ。勝手な事を言わないで。王家に対して無礼だわ。」
王妃はマリオを睨みつけるが、ニヤついた顔で締めくくった。
「もう一度言いますが、王を決める議会に何故、教皇側の人間が誰1人と居ないのでしょうか? 教皇達は民と関わりが深い。そんな民が王子を讃える中で、王妃側だけの人間でこの国の王を決めたら世論はどうなるのでしょう…。こればかりは、私にも想像がつきません。」
「マリオっ!!口を慎め! 会議は終わりだ!お前達も早く部屋から出ろ!」
王妃は激昂する。
慌てて皆は部屋を出たが、常に王妃の側にいる元老が宥めて囁いた。
「王妃様、クラウス王子は西の塔におります。既に情報は入っており、もう大丈夫ですよ。」
「ふざけるな。ここ数年はクラウスの名を聞いていなかったが、成人するまで生かしていたなんて許さないぞ。」
「申し訳ございません、王妃様。確かに彼は戦に行っており、手を下す事が出来ませんでした。」
王妃はそれ以上言わず、怒りを食いしばりながら自室に向かった。
(あいつとルミナスで王の子を根絶やしにして来たのに、裏切るなんて!否、ガーランド家を見限ってルミナス家に肩入れし過ぎたか? どの道、マリオ・ガーランドはもう許さない。)
※※※※
[注意:ここから残酷な描写が御座います。苦手な方はご注意ください]
マリオ・ガーランド公爵は鼻歌でも歌いそうなほど嬉しそうだ。
「おい、クラウス。見たかあの女の怒り狂った顔を? 俺が現れるまで、娘の結婚やらで浮かれていた筈だ。まあ、あの女が裏切る予想はしていたがな。お前が王になった暁には、元老のほとんどはルミナス家だから根絶やしにしろよ。それと、フランドル家も不要だ潰せ。」
「あの、お言葉ですが…フランドル家には閣下のご令嬢が嫁いだと伺っておりますが…。」
「ああ、そうだった。お前は俺の娘と結婚しろ、それで俺たちの均衡が取れるだろう。」
クラウスはふと、酒場で出会ったクロエを思い出した。そして彼女に夢中だったアイザックを思い出し、彼は無事なのか心配になる。
「クラウス王子、もう閣下と呼ぶなと言った筈だ。さあ、俺たちが歓迎されたのかを確かめに行くぞ。」
マリオは意味深な事を言い、クラウスを引き連れて西の塔に向かった。
王宮の西の塔は人目に付かない場所で、側室達が住んでいた場所でもあった。
クラウスの母もそこで過ごし、彼を産んだ。
そして、彼が物心着く頃には、母は西の塔で死んだと聞かされた。
クラウスは西の塔に近づくにつれて、気分が悪くなっていた。自分が産まれた場所が禍々しく感じた。
マリオ・ガーランド公爵が西塔の門番に告げる。
「クラウス・アラーク王子が参った。すぐに王子を部屋に案内しろ。」
それを聞き、門番は困った顔で答える。
「今朝、王子様が来られて、もうご案内致しましたが…。」
「覚えておけ、彼が王子だ。朝来たのは王子の側近達だぞ。」
それを聞き、門番は急いで扉を開け、大声で王子が到着したのを城の人間達に知らせた。
城の召使いが、これから王子が過ごす部屋に案内した。「こちらでございます」と部屋の扉を開けると、召使いは悲鳴を上げた。
マリオ・ガーランドは部屋の中を見て、ただ笑っている。
クラウスは、何事かと思い部屋に入ると、目の前の惨劇に思考が止まった。
声も出せず、気がつけばベットに寝かされた、変わり果てた姿のアイザックに駆け寄っていた。
部下達は身体が破損し、全員喉を切られ息絶えていた。
アイザックは裸で四肢を切られ、その姿を見させる為なのか、目を閉じさせないように瞼が切られていた。
「…ころ…してくれ……。」
彼は、最後の力を出し切るように、クラウスに聞き取れない程の小さな声で言った。
切断面は止血するかのように紐で結ばれていたので、彼はまだ息があった。
クラウスはアイザックの望み通り、ためらわずに剣で急所を一突きし絶命させる。
部屋にクラウスの叫びが轟いた。
「狂気へようこそ、王子。これが王室のやり方だ。それでお前はどうするんだ?」
マリオは狂気に満ちたクラウスを見て問いかける。
「殺す。殺す。殺す。全部、皆殺しだ! この世界も、俺が、全部殺してやる!!」
狂ったクラウスを見て、マリオ・ガーランドはまた満足そうに笑った。
やっと、自分の狂気を理解し合える仲間が出来たと、とても嬉しかった。




