2.何度目かの転生、刻まれる記憶と薄れ行く私たちの記憶
もうあなたは思い出さなくて良いのよ。
泣いている女の人がいる…
全てに絶望しているような、彼女の苦しみや悲しみが含んだ悲しい泣き声。
掠れ出た声はまるで悲鳴にも聞こえる。
「わたしには無理よ…」
「え?」
美奈子は驚いた。
その女性はまるで美奈子を待っていたかのように、目を合わせ呟いた。
「もう楽になりたい、わたしにはこれ以上何も出来ない。貴方はこの地獄から抜け出せる?」
この台詞…聞き覚えがある。いや、これは全部見覚えがある…
長いまつ毛に伝う涙、泣いていてもわかる。
妖艶な雰囲気と艶やかな赤い髪、見つめられたら誰だってドキッとしてしまう…美しい顔立ち。
「クロエ?」
そう、あなたは私が愛読している『悪役令嬢は死ぬ事を恐れない』の悪役令嬢役クロエだ!
泣き崩れる彼女に駆け寄った。ほんの少し彼女の肩に触れただけなのに、
クロエは塵の様に消えていった。
そして、美奈子の身体に流れ込む。まるで走馬灯に似た押し寄せる波のような記憶達。
これは何人のクロエ達の記憶だろう。
無意識に流れる涙…。私に上書きするかの様な記憶は全て悲惨なものだ。
一体、私たちは何処までも苦しまないといけないの?
怒りと憎しみしか沸かない…それでも冷静を保とうと息を整える。
美奈子は全てを理解した。次は私の番なのだと。
これから始まるストーリーで、私はクロエになりこの世界で幸せになるんだ。
今までのクロエ達の分まで幸せにならないといけない。これは私の使命だ。
コンコンとドアのノックの音で目を覚ます。
「お嬢様、起きましたか?早くフランドル家に向かう準備を整えて下さい。それから朝食を差し上げます。」
侍女が冷たく言い放ち、ドアの前から去って行く気配を感じた。
「あーーあ、やっぱり夢じゃないか…」
現代では見る事の無い天蓋付きベットの天井を見上げて、自分は異世界に転生してきた事を静かに受け入れた。
我が家でも虐げられる悪役令嬢な設定って、作者はクロエが大嫌いみたいね。
なんか、幼稚って言う位ネチネチ攻撃してくるのよね〜。
そんで早速…、フランドルって…『政略結婚』イベントじゃん!
いきなりここからか…。
怯んでる暇は無い美奈子!いや私はクロエ!!完璧に備えるしかない。
「やーってやんよ!身体は二十歳、中身は三十路!令嬢モノ読み漁った知恵とヲタ経験で乗り越えたる!!」
目を見開いた。自分に言い聞かせた様に熱い決意を誓う。
この勢いよ、私はもう誰にも止めらない。
なんだろう、若い身体に美しい顔ってだけで最強になった気がする。
美奈子は入念に計画を立てるためにベットから飛び起きた。
※※※
「お嬢様、もうお昼ですよ。お支度は整いましたか?」
声を掛けてから、いつもと違う雰囲気に気づく侍女。
「ええ、完璧でございますわ。いつでも出陣できますわよっ!!」
そこには、ひときわ美しい令嬢クロエの姿。
この物語では、彼女はヒロインの引き立て役、悪役、そして無惨に殺される運命の女。
…そんな定めを塗り替える程の生命力に満ち溢れたオーラを放つ。
まるで彼女が主人公だと言うかのように…。
だか彼女の後ろに、嫁ぐ為の大荷物がある事をまだ誰も気づかない。
退屈な日々、もう飽きたこの世界に誰か刺激を頂戴。