16.仮初の姿(前編)
「ギャハハははは」
次の日、ジョンの下品な笑い声がダンスホールに響き渡る。
「ほら!ダンテ、もっと近づいでよ。ステップ踏めないでしょうが」
クロエはダンテの腰に手を当てて引き寄せた。
「(やばい、クロエのおっぱい当たってる)無理、無理、無理、ヤバいって〜」
情けない声を出すダンテ。
2人はダンスの練習をしているが、ダンテはクロエのドレスを着てヒールの靴を履いていた…。
このダンス練習は、クロエが男役をマスターするために行なっている。
しかし、ダンテにドレスを着せて女役にしたものの、彼は全くステップどころかまともに歩けもしない。
「ちょっと、また足踏んでるし。もう〜、私に合わせてよ。 はいっ、ダン子はここで回る」
「ダン子って誰だよ!ちょっと、わーーっ」
自分のドレスを踏んでしまい、ダンテは派手に転んでしまった。
「やべー、もう腹痛くてキツイって。まじでウケるw ダンテ〜俺の膝に座れよ、可愛いからキスしてやるぞ〜。」
ジョンはカウチで優雅に寛ぎながら、ギャハギャハと下品な声で笑い転げ、ダンテを馬鹿にする。
「だ、ダン子さん!ファイトです。がんばれ〜!」
マリは部屋の隅で真剣に応援をしている。
「クソっ うるせー。 だから、ダン子って誰だよ…。」
「私は今男役だから、クロ雄よ。ダン子、諦めては駄目よ。 もう、ヒール脱いで、裸足で練習しよ」
クロエはダンテに履かせたヒール奪い取り放り投げた。そして、手を差し伸べ起こすと2人は裸足でまた練習を始める。
暫く踊ってみてクロエは思った。
「はっ。やっぱり、あんたじゃ何の練習にも何もなんないや。解散、解散〜。」
クロエは諦めて、マリにダンス指導ができる先生を見つけて欲しいと頼む。
ダンテは内心、早くそうしろよと思っていた…。
「ダンテ、こっち来いよ。」
ニヤつきながらジョンは手招いた。
この男はまたろくでもない事を考えてるに違いない。渋々、警戒しながら近寄るとジョンはダンテの手を掴み素早く引き寄せた。
「わっ」
ダンテは後ろから歯がいじめされる格好になり、耳元でジョンは小声で話す。
「なぁ、クロエのでか乳は気持ち良かったか?」
「はぁ?」
下品な話に嫌悪を示すも、ジョンの拘束する手は力強く離そうとしない。
ダンテは危機感を感じて咄嗟にジョンから離れようとするが、身を捩ってもびくともしない。ジョンは左手でダンテの鼻まで覆い隠すように口を塞ぎ、耳元で話しかける。
「なぁ、何度も言わせるな。クロエの乳は気持ち良かったのか?」
ダンテは苦しくて目に涙が滲む。決してジョンの低い声に怯えた訳ではない、必死に縦に首を振り頷く。
「へぇ〜、羨ましいー。俺も触りてぇな〜。」
ジョンは口を塞ぐ手に力を入れると、もう片方の手でダンテの胸を弄るのだ。彼の小さな乳首を見つけると、先端を指先で跳ねたり、撫で回したりして遊びだした。
弄られる度にダンテの肩が震えた。ジョンはその反応が面白く、わざとダンテの乳首を抓った。
「!!…ぅんんっ…!」
ふざけてるつもりが、ダンテの悶える声にジョンの火が付きそうになった。
「はは、何 お前その反応? 昔みたいにまた可愛がってやろうか?」
「おい!そこっ、勝手にイチャつくな〜。」
クロエの声に反応して、ジョンはダンテの拘束を解いた。
隙をみてダンテは咽せながら逃げるようにクロエの後ろに隠れる。
「いちゃついてねーし。つか、俺もクロエのおっぱい触りたい。触らせろ。」
ジョンのストレートな言葉にダンテは嫌悪するが、当のクロエは動じない。
「お黙り。ジョンも協力してよね。舞踏会で着て行く予定だったあんたの服を頂戴。」
「…クロエ。やっぱり、本気なのか? 男装して舞踏会に行く令嬢なんて聞いたことがねーって。しかも、口説く相手がさぁ、……はぁ…。」
ジョンはため息混じりで言う。彼の言う通り、クロエは王族が開催する仮面舞踏会に男装し男として参加する。
舞踏会では参加者は全員、仮面の着用が義務付けられている。
この舞踏会のメインイベントは、王女から白薔薇を受け取った者は、参加者に見守られながら王女と一曲踊る。その後、女性達は白薔薇をダンスしたい相手に渡して踊る。受け取った者は基本断らない事がマナーだ。
ちなみに、もし王子だった場合は青薔薇を受け取った者が一曲踊れる。その後、男性が女性に青薔薇を渡してダンスに誘う。…そんな逆転も体験してみたいなと、調べながらクロエは想っていた。
毎年、ジョンやレオナルドは沢山の白薔薇が殺到していたが、全員とは踊れないと全てを拒否し、家族であるクリスタと踊っていたそうだ。
しかし今年の舞踏会はいつもと違う。王女が白薔薇を渡す相手は花婿になる相手と言われているのだ…。
「ふん、一応調べたけど どこにも男装して女が参加してはいけないとルールは無かったわよ! そして、王女が渡す白薔薇の相手に女は駄目とは何処にも記載は無かったわっ!」
「それで、何の接点も無いお前が 王女から白薔薇もらう気満々なのがウケるんだけど。やっぱり、クロエは俺よりイカれてるよ。」
珍しくジョンの言う通りだなとダンテも思った。
クロエが突然『舞踏会で王女から白薔薇をもらう』と言いただした時には意味がわからなかった。
何を企んでいるのかもわからないが、クロエは本気だった。
「ふん、私のこの美貌は王女をも虜にさせるのよ!」
得体の知れないクロエの自信。ジョンはまた笑い出し、ダンテは深いため息をついた。
クロエはダンテに1日1時間はヒールで歩く練習を命じた。
暫くはジョンの笑い声の中で、クロエとダンテのダンス練習は続いた。
※※
謹慎生活中だが、クロエはとても充実した毎日を過ごせている。
好きな時間に起きて寝て食べてと、誰も咎める者はいない。暇な時間はダンテとダンスの練習をし、マリに屋敷の庭で乗馬を習った。
たまにレオナルドを想うが、彼は一度も会いには来てくれなかった。次第に彼を想う時間も減ってしまった。
ジョンの世話は最初は面倒だと思っていたが、日に日に彼と打ち解けた。そして、気がつけば距離も近くなっていた。
「なぁ、クロエ。もう夜だから風呂行こうぜ」
ジョンはカウチで足を伸ばし寛いでいる。クロエは床にクッションを敷き座り、カウチに寄り掛ながら本を読んでいる。
ジョンが手を伸ばせばクロエの頭を撫でる事が出来る距離だった。2人は側にいる事が多くなっていた。
ジョンは、本に夢中なクロエの長い髪を少し手に取り匂いを嗅いでみた。
「あれ、もうこんな時間か〜。行こうか、って何してるの?」
「ん、お前の髪はやっぱり良い匂いするなって」
「はいはい、お黙り。 行くから手を肩に」
ジョンは度々、クロエに甘い言葉や過剰なスキンシップを仕掛ける。でもクロエはまったく相手にせず、介護者の様に彼と接するのだ。
部屋の隅でジョンとクロエのやり取りを険しい顔で見守るダンテ。いつも、ジョンを眼中に無いような態度を取るクロエに彼は救われている。
「お嬢、俺がやります。」
ダンテはすかさず動き、ジョンに肩を貸した。
「はっ? お前は出てくるなよ。」
「僕のお嬢様に、力仕事させられませんので〜。 ジョン様、もう自分で歩けませんかね。そんなにお身体貧弱でしたっけ?」
「あ? お前、締め殺すぞ?」
「はいはい、止め止め。あんたら早く浴室に向かって歩きなさい」
また始まったかと、クロエはいつもの様に止め、3人は浴室へと向かう。
「なぁ、クロエが男の裸見慣れてるのはわかったからさ、一緒に俺と入ろうよ。俺も服脱がしたい」
「う、五月蝿い!ボタン外せないでしょ」
いつものように浴室でジョンのシャツを脱がすが、彼からの誘いが日に日にエスカレートしている。
ジョンはクロエの髪をいじりながら彼女の表情を観察する。クロエはジョンにジロジロと見られているのが恥ずかしくなって顔を赤く染めた。
ジョンは自分を意識しているクロエを見て、なんだ嬉しくなった。
「お嬢さま、身の危険を感じたら僕が直ぐにこの剣で切りますので遠慮せずに言って下さい。」
いつものように、浴室の隅でダンテは見張っている。内心では、その汚ねぇ手を今すぐ切り落としたいと必死で抑えている。
「マジで、あいつ中に入れるなよ」
ジョンはクロエの耳元で囁く。
急に、顔の距離が近くなったのに驚いで彼の胸を押した。
「ち、近いって…」
ジョンは、クロエの反応が愛おしくその表情を眺めていたが、クロエの顔色が次第に何かに怯えるような表情に変わった。
ジョンはすぐにクロエの異変に気づき心配した。
「なあ、どうした?」
「…ねえ、あれ。 外にいるの、…クリスタじゃない?」
彼女の目線の方向を振り向くと、ガラス越しには暗い森があるだけだった。
「こんな時間にクリスタがいる訳ねーだろ」
クロエの方をまた向くと、彼女は震えて顔を真っ青にしていた。
「こ、こっち 見てるよ」
クロエのその一言を聞いて、ジョンは全身に駆け巡るような胸騒ぎを感じた。
ガシャン!!
浴室のガラスを打ち破り、黒い狼が数匹入って来た。
ジョンは咄嗟に飛び散るガラスから守るようにクロエを抱きしめた。
ダンテも、突然の事で驚き身を固めたが、クロエの悲鳴を聞いて剣を抜き駆け寄る。
「ダンテ!剣をよこせ!」
「うるせー!今のお前じゃ、まともに振れねぇだろ!このナイフでお嬢を守れ」
目の前に5匹の狼が居た。外にもまだ気配を感じる。
ダンテを盾にしているような格好だが、同時に襲われたらこのナイフでクロエを守れるのだろうか?ジョンから嫌な汗が出て、脚の包帯は血で馴染んでいた。
美奈子はジョンの血を見て、このまま恐怖に染まっていたら死が訪れてしまうと恐れた。
しかし、死を恐れる事なく自分が生き延びられたとしてもジョンやダンテは死を回避する事ができなかったら?どうしても、不安を打ち消す事ができなかった…。
「キャーーー!」
浴室の外からマリの叫び声が聞こえた。
「真莉ちゃん…」
マリの声を聞いて、クロエはジョンからナイフを奪い、浴室の外に出ようとドアに走り向かった。
ジョンは急にクロエが別人になったように見えて恐ろしさを感じた。怯んだ隙にナイフを奪われたが、狼は牙を剥き出しにし、クロエに襲いかかる。
「クロエ!!」
「お嬢!!」
2人はクロエの名を叫ぶ。
たが、叫んだ所で狼は止められない。彼女の腕に噛み付き押し倒す光景をただ眺めるしか出来なかった。




