13.孤独な狼
<美奈子ちゃん、美奈子ちゃん。ねぇ、ねぇ、早く起きて>
(誰かが呼んでいる。『美奈子』って呼ばれたのはいつぶりだろう…)
夢から目覚めたかのように目を開けると、そこにはジョン・フランドルが飼っている狼が居た。
「あ!キャンディー、ケガはない?」
美奈子はジョンに狼が蹴り飛ばされた事を思い出し、青ざめるように心配した。
<僕は大丈夫だよ!さあ、美奈子ちゃん僕について来て!>
「え?嘘、しゃ、喋った…?」
狼は言葉を発声をしている訳ではなく、直接頭に伝えるような感覚だった。
すぐに狼は光り輝く方向へ走り出す。
「待ってよ…、『美奈子』って…。あなたはリアムじゃなくて、本当のキャンディーなの?」
美奈子は戸惑ったが、狼は振り向く事なく行ってしまうので慌てて後を追った。
「待って、キャンディー!私も行くよ!…私もっ、」
(多分、私のクロエは失敗して死んだのかな。…クロエの皆ごめんね、私には何も出来なかった。
あの光の向こうはきっと私の終焉なんだ。私はキャンディーと一緒なら何も怖くない。今度は一緒に行こうね、キャンディー。)
美奈子は走った。
赤い髪をなびかせ、そこは光のシャワーを浴びているような眩い世界だった。
※※
「あれ、…ここはどこ?」
クロエは見知らぬ部屋のベットで目を覚ました。
そしてすぐ、狼に頬を舐められる。
「わ、ちょっ、止めてよ。」
狼は犬のように舌を出して嬉しそうな声を出している。なだめるように、優しく頭を撫でた。
「ねぇ、あなたはやっぱり私のキャンディーなのね?」
キャンディーは激しく尻尾を振り、腹を出して寝転んだり、何度も鼻先を擦り付けクロエの匂い嗅ぐ。生前のキャンディーと同じ行動だった。
美奈子は思わず涙が溢れた。
初めはキャンディーに会えた嬉しさだったが、次第に転生して来たこれまでの事や自分がまだ生きている事など、ぐちゃぐちゃな感情が涙と共に溢れ出す。
張り詰めていた気が緩んでしまったのか、美奈子はこの世界に来て初めて声をあげて泣き出した。
キャンディーは心配した様子で美奈子に寄り添う。
「お嬢?!」
突然、勢いよくダンテが部屋に入って来た。彼は慌ててクロエの容態を確認する。
「ちょっとぉ…、ノックぐらしなさいよね…」
「お前大丈夫なのかよ?ってスゲー鼻水だな、おい。マリ、早く来い!お嬢が起きたぞ!」
ダンテが侍女のマリを呼ぶ。すると、廊下から誰かが勢いよく走り出す音が聞こえた。
「お嬢様!!大丈夫ですか?」
「ま、マリ?なんでここにっ…うっえ」
マリはクロエの顔を見て感極まって抱きついた。そして先ほどのクロエと同じように泣き出した。
「お嬢様〜!わたし、わたし、うわぁ〜ん」
「お前、何やってんの?お嬢から離れろや。」
ダンテは泣きじゃくるマリを引き剥がす。
「ダンテ、一体どうなってるの?ここは何処なの?説明してよ。」
クロエは泣いているマリの頭を優しく撫でて落ち着かせながらダンテの話を聞いた。
「公爵が決闘を止めた後、負傷したジョンと気絶したお嬢をこの離れの屋敷に運んで治療した。お嬢には酷いケガは無かったけど、気を失って2日間経ってる。…もう目を覚さないんじゃないかって心配してた。」
「え、2日も寝てたの?どうりで…お腹が空いてる訳ね。マリ、何か食べるものはない?」
「はい!お嬢様、マリがすぐにご用意致します!!」
マリは部屋を飛び出した。
見ていない間にマリは侍女として少し成長した気がして嬉しかった。
「で、この家にジョンが居るのね。アイツの様子とか知ってる?」
「ああ、奴は脚の怪我で歩けないけど元気にしてるよ。」
「嘘、一生歩けないとかじゃないよね?そんなに深く刺してないよ、どうしよう…。」
「大丈夫だよ、傷が痛くて歩けないだけ。たださ、公爵からの伝言と言うか、お達しがあって…」
ダンテは段々と歯切れが悪くなった。でも、話の続きが気になるので思わず催促する。
「ちょっと、もったいぶらないで早く教えてよ!」
「ジョンは騎士団長の座を剥奪で、更に二人でこの家で謹慎だってさ。期限はとりあえず一ヶ月、その間はお嬢がジョンの世話しろって公爵が言ってた。」
「はぁ?」
キレ散らかした顔のクロエを見て、ダンテは慌ててフォローするかのように続けた。
「あ、でも公爵もお嬢が目覚めないの心配してたし、世話は俺がやるから心配すんなよ。」
「はぁ?どうしてダンテが世話するのよ。ジョンには召使いでも何でもいるでしょ?」
「それがさ、今アイツにはいろいろとあって…どこから説明したら良いかなぁ」
「ダンテが知っている事、全部、私に教えて欲しい」
クロエは真剣な眼差しでダンテに頼んだ。
彼はジョンとの出会いから、今までの事を話してくれた。それは原作では読んだことのない話だった。最後まで聴き終えて、クロエはダンテに感謝した。
「話してくれてありがとう。ダンテはこれから公爵の元へ行き、私が起きた事伝えてくれないかしら?」
「ああ、わかった。でも俺が居ない時はジョンには近づくなよな。」
「はいはい。じゃあ、早く行って、早く戻ってきてね。」
クロエはダンテを部屋の窓から見送る。彼は言われた通り、急いだ様子で公爵の元へ行った。
クロエはダンテの話を聞いた上で、迷う事なくジョンの部屋へと向かう。
彼の居る部屋の扉は鎖に巻かれて鍵が掛けられている。鍵は多分、ダンテが持っているに違いない。
「何これ、本当にジョンが閉じ込められてるって事か…」
クロエはマリに薪割りの斧を持って来るように頼むと、すぐに彼女は斧を持って来た。
その斧でジョンの部屋の扉を叩き壊し、鎖で巻かれた鍵を外す。
「お、お嬢様!この部屋はダメってダンテさんが言っていました」
「マリ、これ以上は来ないで命令よ。心配ならダンテを呼んで来ても良いわよ。」
マリは怖くなり、走ってダンテを呼びに行った。
クロエは躊躇する事なく部屋に入ると、室内は酷く荒れていた。
寝室のベットに鎖で繋がれたジョン・フランドルが居た。彼は犬に付けるような首輪をされて繋がれている。
ジョンは怒りをぶつけるよな目つきでクロエを睨むが、彼を怖いとは思わなかった。
クロエの目には、彼は鎖で繋がれた孤独な狼のように見えた。




