11.決戦前夜(後編)
レオナルドの部屋をノックする。その音は静かな廊下に虚しく響いた。
彼は部屋に居ないのだろうか、最後にクロエは閉ざされたドアに向かって尋ねる。
「レオナルドいますか?クロエです、少し話がしたいの…」
ドアの向こうで物音が聞こえた。
するとすぐに、レオナルドは慌ててドアを開けた。
「クロエ…!こんな時間にどうしたのですか?」
「お部屋で話をしても良いでしょうか?」
レオナルドは頷き、クロエを部屋に入れた。しっかりとドアに鍵を掛け、薄暗い部屋の奥に案内する。
クロエは窓のカーテンを開けた。
月明かりに照らされたクロエをレオナルドは思わず見惚れてしまう。
「…すみません、部屋暗いですよね。今、灯りをつけます。」
「いいえ、就寝中を起こしてごめんなさい。このままで大丈夫です。」
レオナルドは言われた通りローソクとマッチをテーブルに置き、もう一度クロエを確かめるように見る。
部屋に彼女がいる。夢では無いのかと自分の目を疑ってしまう。
今日はずっとクロエの事を考えていた。決闘の事、またいつものように彼女を問い詰めないといけないのに、どうして俺はクリスタの側に居たのだろうか?
また頭の中に靄がかかったように、考えや想いをクロエに言葉で伝える事が出来ない。
クロエはレオナルドが困惑しているように見えた。今からする事に彼を苦しませるかと思うとなんだか可哀想にも思える。でも、自分がこの世界で生きるためにはどんな事でも試す必要がある。
「レオナルド、お義父様には禁じられましたが明日の決闘は執り行います。貴方が立会人になって頂けませんか?」
「あなたも、兄も狂ってる…何が決闘ですか。僕もそんな事認めませんよ。」
「…時間が無いんです。ここで言い争う気はないわ。立会人にならなくて良い、でも最後にあなたの妻として私の願いを…叶えては頂けないでしょうか?」
廊下も部屋も暗かったので、クロエの姿が良くわからなかった。だが、月明かりで良く見ると彼女は長い毛皮のコートを纏っているが裸足だった。そして、白い肌の生足が時おり覗けた。
クロエは少し震えた手で前を止めるボタンを外して行く…。外し終えると、コートの隙間からは、下着も何も身に付けていない艶かしい裸体が見えた。
「クロエ、…それは、…どう言う意味なんですか?」
暗くてレオナルドの表情が良くわからないが、声は明らかに動揺している。
「レオナルド、ごめんなさい。あなたとは本当はもっと話し合う時間が必要だったんです。でも私達には何故かいつも邪魔が入るので…」
すると、コンコンとタイミング良くレオナルドの部屋をノックする音が聞こえた。
「レオナルド様、お休み中に申し訳ございません。クリスタお嬢様がお呼びになっております。」
クリスタの侍女が廊下にいる。
美奈子はこの状況があからさまで笑いそうにもなった。やはり、これまで自らレオナルドに接触しようとすると何かと邪魔が入るのだ。
全ての答えわせは出来た気がした。この世界はクリスタのために動かされているのだろう。そして目の前に居るレオナルドは彼女を愛している。まるでプログラムのコードのように、物語に登場する男達はクリスタを愛するように書き込まれているのだ。
だから、レオナルドはクロエを選ばない。
美奈子はわかっていた。こんな身体を張ったアプローチをしても彼は自分にはなびかない。
(わかってる!わかってた!昔見た洋画の真似してさ、クロエの美ボディで誘惑なんて…恥ずかしい!恥ずかしいけど、女から見てもこの身体はもの凄いのよ。だから、男ならクロエを選べよ!)
「ふふ、言った通りでしょ?クリスタを愛しているのは知っているわ。でも、私は明日死ぬかもしれない…最後にあなたの妻として、だ、だ…抱いては…頂けま…せんか?」
肩を見せるようにコートを少しづつ脱ぎ、足元に落とした。
最後のダメ押しだった。
羞恥心と闘いながらも顔を上げ、レオナルドの反応を確かめる。
彼の表情を確認する事が出来なかった。レオナルドは振り向いてドアの方へ向かってしまう。
(や、やっぱり…童貞には全裸はストレート過ぎたか…。馬鹿だなぁ私、ここは童貞を殺す服で勝負しないと駄目だったよね…。じゃなくて!生きるためのフラグとはいえクロエにこんな事言わすなんて…私は最低だ。)
クロエは気を落とし、惨めに足元のコートを拾おうとした時だった。
「明日の朝まで何があっても、誰だろうと絶対に俺を呼ぶな。他の侍女にも伝えろ、これは命令だ、行け。」
「か、かしこまりました。」
レオナルドはドア越しに強い口調でクリスタの侍女に命じた。逃げるように走り出す足音が微かに聞こえた。
レオナルドはクロエに迫り、彼女の手首を握ってベットに押し倒した。白のシーツの上を、赤髪が広がりより彼女の白肌を映えさせた。まるで芸術的な裸婦絵画を観ているようだった。
息を呑むレオナルドは、たまらずクロエの首筋を噛むように口付けた。
「あっ…」
クロエが身をよじる。彼女の息遣い、しなやかに動く身体、何もかもがレオナルドを興奮させた。
「クロエ…あなたの肌から花の香りがする…」
「…っレオ…」
レオナルドは夢中で貪るようにクロエを堪能する。紳士的な振る舞いを忘れ雄と化したように荒々しい彼を、クロエはなだめるように優しく髪を撫でた。
「レオナルド…夜は長いのよ、ゆっくり、もっと優しくシて…」
「…すみません、でも…」
二人は目が合うと、何度も深い口付けをする。
レオナルドはこれが夢では無く現実だと確かめるように、彼女の肌に口付けて強く抱きしめる。そんな必死なレオナルドにクロエは全て優しく応えるのだった。
今宵、レオナルドは何故クロエを選んだかはわからない。美奈子には理由なんてどうでも良かった。結果的にレオナルドに抱かれた事で生存できる確率を上げられたと願うしかない。
時折聞こえるクロエの声に「私の赤ちゃん」と言うフレーズがある。美奈子にはどうしてもこの言葉が頭から離れないでいた。物語にはクロエが妊娠するなんて描写は無いけれど、また私に何かを伝えようとしている。自分なりに解釈した結果がこれなのだ。
ただ、美奈子はクロエに対しての罪悪感が次第に増している。
クロエの身体は処女だった。
こうした女性向け令嬢モノの世界では、初夜だったり愛する男に初めてを捧げる的な描写は丁寧に描かれている。読者にとっても幸せを一緒に噛み締める一大イベントと言っても良いだろう。
漫画や小説の世界じゃない、現実でも全乙女にとって処女喪失は幸せで大切な思い出になるべきなのだと美奈子の持論が熱くなる。
クロエだって絶世の美女で地位の高い令嬢だ。彼女も愛する人と結ばれたって良いのに、私は生きたいがために彼女の身体で、クロエを愛しても無い男に身体を捧げている。
こんなの自分が読者だったら絶対に悲しい。
私は初体験は流されて好きなのかわからない男で終えた。雑なSEXで少女漫画のような幸せな思い出なんて無い。自分は顔に自信がなかったし、それでもこんな自分を求めてくれるなら誰でも受け入れた気がする。
でも!今は、顔も身体も何もかも完璧な女になれたとしても、やっぱり自分が選ぶ側になれなかったのが悔しい。
(目の前の綺麗な顔をした男は、私が今何を考えているか知りもしないで必死だ…)
「レオ…ここよ」
クロエは優しく彼を手で導いて、先端を自分の膣の入り口に擦り付けるように当てた。
「あの、…狭くて、うまく…入らない…」
「だって、私も初めてですので…ゆっくり、優しくよ…」
クロエはもう一度、自分で陰核に擦り付け互いの体液が滑りを良くした。クロエは少しづつレオナルドを受け入れた。
この夜に愛があったのかはわからないが、お互い優しさを持って思いやったのは確かだ。
※※
翌朝、クロエは目が覚めると、レオナルドに後ろから抱きしめられていた。身体を動かして彼の寝顔を覗いた。やはり、キラキラの王子様みたいな男らしい綺麗な顔だった。
(ひ、久しぶりにHした…あれ何年ぶりだ…。やり方忘れそうだったけど、なんだかんだで…燃えてしまった。
こんなイケメンをクリスタ好きにさせ、終いには童貞にさせるなんて、絶対許されねーわ。)
最初は愛の無い男と寝るなんてと後悔しそうだったが、美顔と言うブーストが凄いのか、昨夜は美奈子にとっても気持ちの良い幸せな体験になった。
レオナルドの顔を指で触る。堀の深さや長いまつ毛、唇の形をまじまじと観察した。
くすぐったかったのか、ゆっくりとレオナルドは目を開けた。
「おはようございます。クロエ…身体は大丈夫ですか?」
急に恥ずかしくなったクロエは思わず飛び起きた。
「ごめんなさい、大丈夫です!あ、…そのシーツを汚してしまいました。ごめんなさい」
レオナルドも起き上がり、体液で汚れたシーツを二人で眺める。
「あれ、血は出ていないのですか?初めての女性は血が…」
だんだんと顔色が暗くなるレオナルドにクロエは吹き出した。
「ふふ。男の人って処女はみんな血が出るって思っているのですか?昨日は、あなたが優しかったから血は出ないで済みましたね、ありがとう。」
レオナルドはクロエを抱き寄せた。耳元で懇願する。
「このまま二人で風呂に行きましょう。今日は父もいないので、私の部屋で朝食をしましょう。」
「はい、喜んで」
昨日の夜の続きのように二人はお互いを思いやり、幸せな朝の時間を過ごした。
クロエの部屋にいるダンテから自分の着替えを受け取って欲しいと、侍女に頼んだ時以外はレオナルドはとても穏やかだった。
そして、いよいよ兄ジョンとの決闘の時間が迎えようとしている。




