五分後の世界にもう君はいない
日没間際の放課後のこと、時駆 廻は顔も名前も知らない多数の生徒に混じり、校門までの道のりを歩いていた。
もう少しで校門という距離で、ゴッ、と言う鈍い音が鼓膜を叩いた。
すぐ目の前の道で事故が起きており、車とその前方には倒れる人が見える。周囲の生徒はざわめきながらその場に駆け寄ると、車はエンジン音をけたたましく掻き鳴らして、姿を一瞬にして消してしまった。
廻は一連の事柄に驚きはしつつも興味は示さず、そっぽを向いて歩きだそうとした時だ。
横断歩道の中央で倒れている人の顔に、見覚えがあることに気付いた。それはよく知っている女子の顔だと。
頭からは濁流のように血を流しており、苦い表情を浮かべる"あの子"の姿がある。見るや否や、いつの間にか体が動いていた。
持ってた鞄を放り投げて、足が絡まりよろめきながらも、彼女の元まで駆け抜ける。彼女の肩をひどく揺らし必死に叫ぶ。が返事はない。
「おい、おいってば! 美鈴!」
状況に対し、判断が追い付かない。ただここに倒れている人は唯一の友達ということだけは認識している。
程なくして教師陣が到着した。今だに彼女の肩を揺さぶっている廻は、「何しているんだ!」と教師により力強く引き剥がされる。
別の教師が彼女の脈を測り、心臓に耳を当てる。そして廻を捕まえている教師に視線を送り、首を横に振った。
その意味を理解した教師は顔を歪め、また同じく理解してしまった廻は、悲痛の声を撒き散らした。
そして、その叫び声を書き消してくれるかのように、午後五時のチャイムが鳴る。
瞬間―――――。
視界が暗転した。深く暗い場所に意識が埋もれていくのを感じながら。そして、覚醒した。
※ ※ ※ ※ ※
朝日が自室の窓を通して、瞼の裏を照らす。
いつものように起きて、いつものように支度をし、いつもの時間に家を出て登校する。
家を出てすぐに、人影が目の前に躍り出た。
「おっはよ! めぐ兄」
「何だよ、美鈴‥‥‥」
美鈴の家は廻の隣にあり、幼い頃から今まで兄妹のように接し合ってきた。しかし高校に行ってからは登校する時間がバラバラで、接する機会はめっきり減ってしまった。
「今日一緒に登校しよ?」
「何で」
「何となくだよ」
「友達と一緒に登校すんじゃねぇの?」
「私、いつも一人で登校してる」
「ふぅん、でも何で今日は俺と登校しようと思ったの」
「それは、話したいことがあるから‥‥‥」
美鈴は曇った声、表情でそう呟いた。
廻は「今さら何を」といった感じでため息を漏らし、歩き始めた。
美鈴の足取りは辿々しく、話があると言っておきながら、暫くしても黙りを決めている。
「美鈴、何か話があるんだよな?」
「ある、あるけど‥‥‥」
美鈴は俯き、牛歩な足取りはついに静止した。
そしておもむろに口を開いて。
「私、この街から引っ越すんだ」
「今日で茅森は転校することになりました。残念だけど、別れの挨拶を各々するように」
周囲から「えぇー!」と言う悲嘆の声があがる。
その事を知っていた廻は今だにムスッと仏頂面をしている。
「佐伯せんせー、美鈴ちゃんはどこにいくんですか?」
「まぁ、その辺は話題の一つとして茅森に聞いてやってくれ。じゃ、美術の時間だ、ハサミはみんな持ってきてるな?」
そうして美鈴の転校は周知された。
休み時間には、美鈴の周りでクラスのほとんどの生徒が集まり質疑を投げ掛けていた。
それに笑って返す美鈴の姿に、廻は少しだけ憤りを覚えた。
※ ※ ※ ※ ※
「あ、れ?」
「めぐ兄、じゃあね」
覚醒した廻の目前に広がる光景は実に信じ難く、廻は目を皿のようにした。
廻がいるのは校門前でも保健室でも家でも病室でもない。自分の教室の、机の前。
そして、先程別れの言葉を発したのは、死んでしまったはずの美鈴の声だった。
もう帰ろうとしてたのか、鞄を机の上に置いている。
夢?ではない。確かに廻は意識があることを感じている。
「どうなってんだ‥‥‥」
今が夢じゃないのなら、さっきのが夢か。だがそれにしては生々しい夢だったし、鮮明に覚えている。
廻は困惑し恐怖を覚えた。
「あぁー、気持ちわりぃ」
廻は椅子に座り、机に突っ伏した。
頭の中がグルグルと思考が飛び交い混乱する。夢にしても嫌なものを見てしまったことに変わりはない。
ただでさえ美鈴の転校話で悩んでいるのにだ。
疲れしまった廻は、しばらくしてまた意識が薄れていくのを感じた―――――。
「めぐ兄、じゃあね」
「―――――え?」
奇妙な感覚だ。
寝てしまったと思ったら、気付いたら意識はあって。そしてまた、彼女がいる。
ふと時計に目をやると、4時55分。
帰りのショートホームルームが終わって少し経つ時間帯。もう他の人は帰るか部活かを行ってる時間だ。
「夢、じゃないよな」
廻は呆然と立ち尽くす。ハッと我に戻った頃には58分になろうとしていた。
廻は気になった。今校門前に行くとどうなるだろう。
きっと夢だったのだろう。夢だったのだろうが、気になる。一抹の不安がその好奇心を掻き立ててしまっていたのだ。
「ハッ、ハッ、ハァッ」
鞄は放置して廊下を駆け、階段は滑り落ちるような勢いで、急いで校舎を抜けて校門に向かう。
夢なのだろうが、もしかするとまた起こってしまうかもしれない。それを確認するために廻は走る。
もう少しで校門のところで、ゴッ、と鈍い音が辺りに響いた。
それは校門前の道路で起きたことで、人身事故。それに周りはどよめきながら、その場所に駆け寄っている。
見たことある光景だ。
「夢、夢だ。夢であってくれ‥‥‥」
チャイムが鳴ると同時に廻の視界は暗転して、覚醒した―――――。
「めぐ兄、じゃあね」
何度も聞いた言葉、もう何度も見た光景。複雑な感情。
「何で、俺なんだよ‥‥‥」
何の取り柄もない、冴えない一般人が担うようなことではないと感じながら、その複雑な感情に背を押され、去り行く背中に向かい言葉を発す。
「待って!」
その言葉に彼女は立ち止まる。まるで待ってたかのように、振り向き彼女から駆け寄ってきた。
"もし、もしも時間が戻っているのなら、それを俺だけが知覚しているのなら。それは美鈴を助ける為の使命なのだろう"
「どうしたの! めぐ兄!」
嬉々とした表情が間近にまで迫り、顔が紅潮するのを感じた。そして頬を掻きながら。
「一緒に帰らね?」
"まずはこの回帰を止めてやらないと"
廻は美鈴を校門からではなく、裏の教師の車が出入りする場所から連れ出した。
「校門からじゃ駄目なの?」
「駄目って言うか‥‥‥」
廻は何と言い訳をするかを考えておらず、言葉が詰まる。
その悩む廻を見て美鈴は、ニヤリといたずらっぽく笑う。
「もしかしてぇ、私のこと好きなの?」
「え?」
頭が真っ白に染まった。
まさに図星だったのだ。
兄妹として接しあってきてた故に、恋愛感情を抱くのは間違っていると思いながらも、度々感じていたこの想い。
高校では美鈴と接する機会は減り、しかし美鈴は他の生徒と仲良くなる。これに嫉妬をしていたのは事実で、美鈴を想う気持ちがあったからなのだ。
「なんて冗談‥‥‥」
「そうだよ」
「え?」
「お前の事が好きなんだよ‥‥‥」
幾度も押さえ込み続けていた感情が、言葉となって発せられた。
"だから、お前を必ず守り切って見せる"
その言葉を受けて美鈴は―――――。
「そんな、なんで。なんで今更なの‥‥‥?」
体を小刻みに震わせながら、泣いていた。
そうだ、美鈴はもう明日にはこの街にいないのだ。
「ごめん、嫌だったよな。忘れてくれ」
「違う、違うんだよ。嬉しい、とても嬉しい。けど」
「明日にはもういないから?」
「‥‥‥うん」
美鈴は涙を拭いながら、頭を縦に振る。
「俺の事が嫌とかじゃなくて?」
「めぐ兄のことは、好き」
廻は美鈴の肩に手を置き笑った。
「なら問題ないじゃん!」
「もう会えないのに?」
「会えるって! それにスマホがあるから連絡もできるし、電話だって毎日してやれる」
「でも遠距離なんだよ? 絶対飽きられ‥‥‥」
美鈴はまた泣いた。次はもっと肩を震わせて。
「俺が浮気とかするとでも? この俺だぞ? 今まで美鈴を待たせ続けてきた度胸のないやつだぞ? どうだ、これでも安心できないか?」
美鈴はポカンと呆けた顔をするが、すぐに笑顔になる。
涙は依然として出してはいるのに、それでも美鈴の笑顔の方が、断然印象に残った。
「めぐ兄らしいね」
「昔みたいに、昔よりももっと話をしようぜ」
円満として駐車場を出る直前―――――。
「はぁ、もっと早くに始末できていればな」
誰かの声が聞こえると同時に、背中の痛覚が反応し意識が段々と遠退いて行くのを感じる。
この声は間違えなく、"黒幕だろう"。そう察知した。
また回帰が始まる。
"その前に顔だけでも"
顔は見えなかった。認知できたのは、そいつは男でスーツを着ていて、美鈴をナイフで突き刺したところだけ。
意識は闇の中へと葬られ、また新たな意識となって覚醒した―――――。
「クッソが!」
ガンッと机を叩きつけ、その衝撃で鞄が跳ね落ちた。
また、教室の扉前に口をあんぐりさせる美鈴の姿があった。
「ビックリした。どうしたのめぐ兄」
「美鈴、早く家に帰ろう」
美鈴を狙うヤツはこの近くにいる。
ならばここから逃げれば良い。単純だが、今の情報だけではそれが最善だと直感した。
廻は驚く美鈴の腕を掴み、校舎を出た。なるべく人通りの多い方に走る廻だが、校門から出ようとしていた。
確かに人通りは多い。しかし二度も見た悲惨な光景が脳裏に浮かぶ。
だが、あれは美鈴一人で行かせた結果だ。二人なら何かあっても、何が起こるかを知っている廻がいるならば、対処はできるだろう。
またどうしてあのような悲劇となったのか、解明する機会でもあった。
信号は赤、廻は目を光らせて周囲を見渡す。
あのスーツ姿の男はいない。
やはり人が多い中なら、周りの目があり狙われる心配がない。校門から帰るのは正解だった。
「美鈴、走ってごめっ‥‥んな‥‥?」
唐突に腕に衝撃が襲った。美鈴を探すと、道路に押し出されていた。美鈴を捕まえていた腕はほどかれていた。
―――――ゴッ。
耳奥に木霊する鈍い音。
周りの音だけが静まるように感じ、鈍い音だけが何度も何度も繰り返し繰り返し聞こえる。
ゴッ‥‥‥。ゴッ‥‥‥。ゴッ‥‥‥。ゴッ‥‥‥。
ふと横を見る。美鈴と同じ制服を来た女。
ショートヘアーで鼻の穴が大きく、ソバカスが特徴的なその顔は、ヘラヘラとほくそ笑む表情をしていた。
廻は絹を裂くような声を発した。自分自身でもどう発声したのか良くわからない。
ただただ叫び、気付けばソバカス女の顔の中心に、握りこぶしを突き立てていた。
「お前ごときが三度も!」
ソバカス女はその大きい鼻から血を垂らしているが、依然として気色の悪い笑い方をしている。
廻は周囲から押さえ付けられて、その中でも必死に踠き、ソバカス女をまだ殴らんとしていた。
「何で美鈴を突き飛ばした!」
「‥‥‥だってウザイだもん。顔良くてちやほやされてて。でも、"‥ん‥い"は違った」
頭に血が上り、廻は話のほとんどが聞こえていなかった。しかし、明らかに誰かのことを言っていた。そいつがスーツ男なのか。
「おい、誰って」
「何してるんだ!」
教師陣が到着し、廻に対しての周囲の押さえが弱まって段々と消えていった。
「美鈴‥‥を助けて‥くれ」
廻は道路の中心を指差す。やはり美鈴は倒れている。
「いや、もうあれは‥‥‥」
教師は呆然としていた。冷静さを欠いているのか、救急車に連絡しようとすらしていない。
また始まってしまう。意識が朦朧として行くのを感じる―――――。
覚醒した。
「じゃあね、めぐ兄」
「早く帰ろう、一緒に」
あと少しだ。ソバカス女にさえ気を付けていれば、あの時あの周りにはスーツ姿の男はいなかったはずだ。
出来るだけ学校から遠いところに逃げられたら、危険はなくなるはずだ。きっとそうだ。
と、廻は走って校門を出て、ソバカス女を視認した。
ソバカス女も美鈴に気付いたようで、ツカツカと寄ってくるが間に入って阻止に徹する。
ウロウロとしているソバカス女。しかしそうしている内に信号は青に変わった。
"あとは急いで帰るだけか"
少し肩の荷が下りたようで、安堵のため息をする。
すると後ろから声がした。そちらな方を見てみると。
「おい時駆」
廻の名を呼ぶ声の主は、佐伯だった。
手をヒラヒラとさせて、こっちへ来いと手招いている。
「話が少しだけあるんだけど、男と男だけの話だ。先生と二人で話そう」
どうやら佐伯は、廻と一対一で話をしたい様子だった。
もう美鈴を一人で返すのは心配ではあるが、あの顔が分からないスーツ男も、ソバカス女もいない。
あとは美鈴が急いで帰ると良いだけだ。
よし、と美鈴に向き直ると、急いで帰るように促した。
美鈴は待ってようかと足を止める。それに対し廻は首を横に振り、真面目なトーンで「頼む」とだけ言って、先程渡った横断歩道に走って戻った。
「それで、話って何ですか」
「まぁまぁ、とりあえず教室にでも行こうか。結構プライベートなことについて聞いちゃうかもだからな」
そう言うと教室に案内される。
教室と言うから自分の教室かと思っていたが、進路相談室のようだ。
廻はこの教室に入ったことはまだなく、中は本棚と机と椅子だけと必要最低限ある小さな部屋だった。
「まぁ、そこに座りなよ」
廻は佐伯に案内されるがまま、一つの椅子に座った。また別の前の椅子に佐伯は腰を掛ける。
「最近身の回りで、不審者を見たりしなかったか?」
「不審者ですか?」
不審者、それはスーツ男のことなのだろう。
そうなのだとしたら、何かしらの情報を伝えることはできそうだ。
「そう、特徴としては、スーツ姿にネクタイは緑、顔はなかなかのイケメンらしい」
「そうなんですか」
不審者が出る、そんな状況なのにふざけている佐伯は佐伯らしいというか。対して廻は苦笑をした。
「あぁ、どうやら殺人を好んでるようで、特に学生を狙うそうだ」
何故佐伯は廻にこんな話をするのだろうか。
「そうなんですね、だから気を付けろってことですか?」
「まぁ、そうだ」
その話は、廻一人ではなく全校生徒にするべきなのではないだろうか。しかし何故集会を開かず、ホームルームでもその話題に触れなかったのか。
「何でそれを僕に?」
「はぁ、まだ分からんか」
「え?」
黒のスーツ、捻れた緑のネクタイ、若くて生徒からも人気。目の前にいるではないか。
あの時顔はよく見えなかったが、輪郭は佐伯に似ていると感じた。
「何で‥‥‥ッ!」
廻は椅子から転げるようにしてドアまで走り、ガチャガチャと音を鳴らす。開かない、鍵はかかっていないはずなのに。
「開かないように改良したからね‥‥‥。違うな、改悪だよな」
「誰か! このドアを開けて!」
次はドンドンとドアを叩く。が、ドアの向こうからは一切の音がせず、静寂が響き渡っていた。
「ここは職員室からは遠く、他の生徒はもう部活やら家に帰るやらしているだろ」
「クソッ、どうしろってんだよ」
「まぁ、座れよ時駆。話したいことがあるって言ったじゃないか。プライベートなことについてって」
「何を聞こうとしてるんですか」
「そう構えるな。お前何度目だ?」
「何度目?」
「察しが悪すぎるだろ、まぁ無理もないよな」
佐伯は呆れたと言う感じで苦笑する。
そして佐伯は廻を指差して言った。
「俺もお前と同じような能力をもっている。どうだ、意味が分かったか?」
廻は目を皿にした。口をパクパクとさせながら、呆気に取られている。
佐伯はそれを見て満足そうに、目を細めて笑った。
「そう、その絶望感漂う表情。こんなの見てないと、教師なんてやってられないよ。まったく」
「そんなの嘘だ。嘘に決まってる」
「自分も体験しておいて、よくそんなに疑えるな。じゃあ証拠を見せてやろう」
そう言うとネクタイを外し、それを目隠しとして頭に巻いた。そして佐伯は言う。
「茅森美鈴は今しがた死んだ」
唐突な佐伯の言葉に頭が真っ白に染まった。
佐伯の能力は廻と同じ、回帰する能力と自分から言っていた。それなのになぜ美鈴をこんなの距離から。
小説の世界ような能力を、佐伯が持っているのではないかと、廻は脳裏に様々な憶測を立てた。
それらはまるで、中二病でも患っている人間が考えるようなものばかりだった。
しかし、本当に美鈴が死んだのであれば、佐伯を殴り殺さないと気が済まない。
廻は佐伯を目掛けて拳を繰り出した。が、ネクタイで目が見えないはずの佐伯に、拳を捕まれているではないか。
「何で」
「はぁ、痛かったよ。本当に。こんな茶番をするために一度殴られて、殴られた部位を記憶。そして過去に戻って今に至ってるんだけど、これでも信じないかい?」
理屈は分かったのだが、廻と佐伯の能力の発動条件は違っているようだった。
「さて、漫画みたいな展開になったな。一応言っておくけど、茅森はまだ死んじゃいないよ。お前に殴られるための言葉選びだ」
「今はでしょ。お前は過去で何回美鈴を殺したと思ってる」
「目上の人には敬語を使えよー、時駆。俺だから許すけど」
「はぐらかすなよ!」
「はいはい、何回だろうな。何十回、何百回としてるな」
「は?」
廻は疑問符を浮かべた。廻は何度も美鈴の死を見て回帰してきた。
しかし佐伯が言う、何十回何百回も見ていない。佐伯のいつもの冗談なのだろうか。
それを察した佐伯は「あー」と納得したような顔をする。
「俺はな、お前とは違って好きなタイミングで過去に戻れるんだよ。だからお前が一度回帰してる間に、俺は十回や二十回。同じ表情を楽しませてもらってるよ。いやぁ、何故飽きないのだろうな」
廻は唖然とした。佐伯は廻が思っていた以上に鬼畜な人間だったと言うこと。これが本当に人間なのかと。
「お、やっとか。おーい時駆。お前のヒロインが来たぞ」
「え、何で!」
窓の外には横断歩道を渡ろうとしている美鈴の姿が見える。
急いで帰るように言ったはずなのに、なぜ戻ってきたのかと、焦燥感と多少の憤りを覚えた。
「なぁ、時駆。歴史の強制力って知ってるか?」
焦りを顔に出す廻に対し、冷静な顔立ちの佐伯は淡々と語りだした。
「過去に戻って歴史を変えようとしても、何かしらの要因で歴史がもとに戻ってしまうことだ。例えば、誰かに見つかった。過去に戻ってその人に会わないように別の道で行こうとする。しかしその誰かは会おうとしてるから結局はどこかでその誰かと会ってしまう。つまりは誰かの意思がそうたらしめてるんだよ」
「じゃあ美鈴が戻ってきてるのは」
「そう、俺がそうなるように仕組んだんだよ。さて、ここからが本題だ。お前には茅森を救って欲しい」
佐伯の口からでたのは思いもよらない言葉だった。
佐伯は茅森を殺そうとしているのに、茅森を救って欲しいと言ったのだ。それの意味を理解するには、一時の思考では足りないだろう。
「どうした、そんな呆けた顔して」
「殺そうとしてるやつが、どうして救えと言ってるのか意味がわからない」
「まぁ、それはそうか。これは俺にとってゲームなんだよ。社会という苦行に対するご褒美的な感じの」
廻は唖然とした。人を殺すことをゲームと言い、ご褒美だと。そんな軽い気持ちでやっているのは、これまで何度もやってきた故に違いない。
となると、ループを終わらせる条件も知っているのだろうか。
「ゲームセットさせる、つまりこのループを終わらせる条件は、どちらかが諦めることだけ。根気勝負だ」
「どうしたら、諦めてくれますか」
「面白くなくなったらかな」
聞くも返ってきたのは佐伯らしい適当な答え。
面白くなくなったらと言うが、それは廻が諦める選択をした場合の他にあるのだろうか。
「さて、ゲームスタートの合図は、今回の美鈴の死によってスタートしよう」
瞬間、目の前がグニャリと捻れ徐々に暗くなっていく。
覚醒すると、やはり自分の教室にいて美鈴が一人で帰ろうとしている。
佐伯が言うゲームは、どちらかが諦めるの他に一つだけ勝てる方法がある。
佐伯に殺される前に美鈴が引っ越すことだ。そうすればループは起きずに終わる。
「待って、一緒に帰ろ!」
―――――それから廻は美鈴を連れて走った。
前回の道を変えながら、また時間帯をずらしながら、それでも佐伯は何度も何度も行く手行く手を阻んでくる。
他の先生に言うのはどうだ、それも佐伯に手を打たれている。
親に電話するも、親が来る前に殺される。逃げても隠れても、何度ループしても佐伯が上手だった。
(もう、無理だろ‥‥‥)
「めぐ兄、じゃあね」
通算288回目の回帰。時間にして大体一日で、廻はずっと美鈴の色々な死に様を見た。
その24時間はとても長く辛く、しかし美鈴が死ぬことに違和感を感じなくなって来る。精神が麻痺をするには十分すぎる程の、過酷な光景と時間だった。
「どうした、廻。茅森は一人で帰っていってるが、お前は何してんだ」
廻は机にうつ伏せになっていて、誰かは見えないがこれは佐伯の声だ。
「消えろ」
「流石に言葉にトゲが出てきたなぁ、ハハ」
「もう無理だ」
「諦める、茅森を諦めるってことで良いのか?」
「もう、無理だろ」
「諦めるってことで良いんだな?」
「うるさい」
美鈴のことは諦めたくない。しかしこれから何百、何千としても美鈴を助けられるビジョンが浮かばないのだ。
諦めるしかない、楽になれるのではと、煩悩が脳裏をよぎる。
「面白くないな」
「え?」
佐伯の口から"面白くない"この言葉が出た。
つまりこのゲームをやめようとしている、このループが終わる。
しかし外に目をやると、美鈴が校舎から出ようとするところ。このまま終わるとループは終わるが、美鈴も同時に失うことになる。
「俺は諦めたくない」
「俺に勝てる方法が見つかったか?」
「それは、まだだけど。どうしかしてお前は俺が倒す」
夕日が廻の顔を照らす。
それは新たに決意を示した顔だった。
視界がブラックアウトしていく。回帰が始まる―――――。
完全に視界がなくなる前に見た光景。それは佐伯の凶器染みた顔だった。
覚醒してまた、何回、何十回と回帰する回数は増え続ける。
その中には、家まであと少しというところまで来ているものもあった。何も考えず美鈴を連れて家まで最短で走ることが、佐伯から逃げ切る方法なのかもしれない。
「じゃあね、めぐ兄」
「走って!」
一人で帰ろうとしている美鈴の手を掴み階段を降りる。困惑する美鈴を横目に、校舎を駆け抜け、帰路を駆ける。
それをまた何十、何百と繰り返している。
「あっ」
美鈴が道の途中で転倒した。その場に座り込む美鈴。
しかしそんな悠長にしている場合でなはなかった。佐伯が来る。しかも今回はかなり速い方だ。もしかしたら家まで辿り着けるかもしれない。
そう焦りと憤りを見せる廻に、美鈴は口を開いた。
「何でこんなことするの?」
「何でって、お前を―――――」
助けるため。そんなことを言ったところで美鈴が信じるはずがない。
しかしもう一人で抱え込むのは限界が来ていた廻は、これまでのことを話した。
「何それ、夢? めぐ兄と帰れる最後の日だと思ってたのに、こんなの酷いよ」
美鈴が泣き出した。確かに廻は美鈴を助けようとしていたが、無理やり過ぎたのかもしれない。
だが命を狙われているって言う理由がある故に、そうせざるを得なかった。
「どうして、俺はお前を助けようとしてるのに、それに対して文句かよ。じゃあそのままお前は‥‥‥」
その続きの言葉は言ってはならない言葉だ。言ってしまうと美鈴を傷付け、更には自分が今までやってきたことを無駄にする言葉になる。だから廻はその言葉を喉元で止めた。
きっと、何度も美鈴の死を目の当たりにしながらループをしている、という廻の話を信じてはいない。だが廻の複雑な表情をしている顔を見ると、美鈴はまるで泣く子供を諭すように言う。
「もう良い、もう良いよ。一緒にゆっくり帰ろ? めぐ兄がそこまで傷付く必要ないよ。そんな顔をさせるくらいなら、私はもう死んだほうが良いのかもしれない」
「美鈴‥‥‥」
自分が回帰しているということを話したのは間違いだったのかもしれない。
美鈴の言葉を聞き、ループを終わらせて今と同じような悲劇を今後一切起きないようにする方法を一つ思いついてしまったからだ。
しかしそれには美鈴の犠牲が必要だった。
「美鈴、お前のことが好きだ。俺と付き合ってくれ」
「えぇ! いきなり言われても」
「時間がないんだ、今すぐ聞きたい」
「えっと、うん。お願いします」
唐突な告白。それは決意の証明だった。それも身勝手すぎる決意。
美鈴を見捨てるという覚悟だ。しかしこれは独断で決めたことで、あまりにも勝手すぎる。
「おや、邪魔だったか?」
佐伯がたどり着いてしまった。
「めぐ兄、佐伯先生が」
佐伯が美鈴を殺そうとしていることはもう伝えた。
「めぐ兄、最後に一つだけ。私も好きだよ、バイバイ」
普通は自分を殺そうとしている人がいたら、真っ先に逃げるはずだ。しかし美鈴はあまりにも良い子過ぎた。佐伯の目の前に立ち塞がったのだ。
「茅森には話したんだな。お前はすごいな、茅森。殺されようとしているのに、逃げず彼氏を守るとは。だが時駆は後ろで立っているだけか。まぁ良い。次の回帰後にまた会おう」
そう言うと、佐伯は持っていたナイフで美鈴の腹部を裂いた。
抵抗も何もすることなく、もう息も絶え絶えになっている。
「さて、また回帰を始めようか」
佐伯は深く刺したナイフをそのままにし、廻に背を向けた。いつも美鈴をナイフで刺殺した時はナイフは抜かずにしていた。
これを廻は知っている。
美鈴に刺さったナイフを抜き、佐伯の背目掛けて突き刺した。
肉を裂き、ナイフを伝って来る血液はほんのりと生暖かい。感触は気持ち悪くて、思ってた感触とは違っていた。
「あぐ、こんなことしても、俺は死なないぞ。どうせ回帰するんだ。ここで死んでもまた戻る」
「もう回帰は起こらないし、この悲劇もここまでだ」
「何を言っている。俺は少し牙を向かれた程度では諦めたりしない。してたまるか」
「お前が諦めたんじゃない」
「まさか」
「俺が美鈴を殺したも同然だな」
「やめろ、まだ茅森は助けられるはずだ。そうだ、次の回帰では俺は茅森を殺さない。もう諦めるからさ」
佐伯は焦りの表情を顔に出す。
佐伯は好きな時間に回帰ができるはずだ、しかし何故しないのか。否、出来ないのだ。
廻に刺され後に回帰をしようとする時には、廻は美鈴のことを諦めていたから。この回帰の能力はどちらも消失し、ゲームが終わったのだ。
佐伯から滴る血は冷たくなっていき、辺りを赤く染め上げた。
もう美鈴も救えなければ、廻自身が救われることもない。見事なまでのバッドエンディングだ。しかしこれは失敗ではない。これ以上良い未来は無いだろう。
美鈴を殺そうと言う意思があるならば、それを曲げることは出来ないのだから。これは必然であって、それでも元凶を倒したからどちらかと言うと成功の部類だ。
もう君はいない。自分の彼女であり妹であり、いつも笑顔が絶えない美鈴はもういない。
廻の目は死んでいた。
拙すぎる文章と語彙ですが、読み進めて頂きありがとうございます。
言い訳と捉えられるかもですが、とりあえず書き上げることを意識しました。
自分的には満足しました。
ブックマークや評価をして頂けたら、語彙力が増していきます()