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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
執行編 第4話 復讐
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なかったこと

 ナイフを手にティロに斬りかかったレリミアは再びティロに捕らえられた。


「どこの誰だかわからない人を信じるとでも思ってるの!?」

 

 レリミアが悪態をつくと、ティロは掴んでいたレリミアの腕を思い切り捻り上げた。


「てめえなんかに教えるか!」

「きゃっ!」


 ティロはそのまま思い切りレリミアを穴に突き落とした。


「レリミア!」


 ザミテスは娘を助けようとしたが、混乱したレリミアは暴れ穴の中で二人とノチアの遺体が混在する形になった。


「てめえなんか知らねえよ。何がお嬢様だ、何がトライト家だ。ただのチョロいガキじゃねえか。てめえはこの世で最も汚くて最低な男から生まれた汚い女だ。触るのもおぞましい。人の気も知らないではしゃぎやがって、目障りなんだよ。てめえの父親が強姦魔の人殺しだって知ることもなくはしゃぎ続けた無価値でバカなガキ。それがてめえだ」


 ティロは罵声を浴びせながら穴に土を落とし始めた。上から土が降ってきたことでレリミアはますます混乱していた。


「やめろ! ティロ!」

「やめろだって!? 何をやめるんだ!?」

「悪かった、俺が悪かった! だから娘は……」


 動揺するザミテスの声にティロの顔が大きく歪んだ。


「いいじゃねえか、仲良く埋まってろよ。よかったな、一人じゃないんだから」

「お願い、ティロ、やめて!」

「じゃあ今すぐそのナイフでそのゴミカスをぶっ殺せよ」

「え!?」


 レリミアがナイフとザミテスを見比べ、そしてティロを見上げた。


「何だよ、埋めるぞ」

「レリミア、いいから、俺を刺せ」


 ザミテスは覚悟を決めた。


「いや、父様! 父様を刺すなんて!」

「俺はもうダメだ、せめてお前だけでも……」

「でも、父様を……」


 ティロはスコップを片手に穴の上から二人を観察していた。穴の中で始まった二人の庇い合いをしばらく眺めた後、ティロは再びスコップを動かし始めた。


「素晴らしい家族愛だな、16年前にもその慈悲深さが欲しかったところだ」


 再び降ってきた土に穴の中の二人は決断を余儀なくされた。


「レリミア、早く!」

「ごめんなさい、父様!」


 レリミアは目を閉じて父の腹にナイフを突き立てた。ザミテスは苦痛に顔を歪め、レリミアは血まみれになった自分の手を見て涙を流した。その様子を見て、ティロは満足そうに穴に土を入れ始めた。


「ティロ、約束が違うぞ!」

「残念だな、俺はぶっ殺せと言ったんだ。息の根が止まってなきゃ無効だ。それに」


 ティロは大きな土の塊をザミテス目がけて投げ込んだ。


「俺は一言も埋めるのを止めるとは言っていない」

「やめて、お願いだから! 何でもするから!」


 レリミアの声に、ティロは一段を声を張り上げた。


「何でもする!? じゃあ君は責任がとれるのか? 僕がこの男から受けた屈辱、苦痛、恐怖、全てをなかったことにしてくれるのか? 僕のこの血と泥に塗れた人生を、どうにかしてくれるのか?」

「それは……」

「頼む、レリミアだけでも助けてくれ!」


 言いよどむレリミアを庇うように、腹にナイフを突き立てられたザミテスは苦痛に顔を歪めながら穴の上に向かって叫んだ。ザミテスはナイフで自分の戒めを切れば何とかなるかもしれないと考えた。しかし穴の上にいるティロを手負いで、更にレリミアを連れて振り切るのは不可能であると諦めた。


「じゃあ認めるんだな、俺と姉さんを殺したこと!」


 ふとザミテスの脳裏にあの日の少年の姿が浮かんだ。手負いで大人に敵うわけもないのに必死に姉を助けるために食らいついてきて、何度も姉を助けるよう懇願してきた少年と今の自分が重なったことが皮肉に思えて仕方なかった。


「そうだ、確かにあの日、俺たちは女と子供を殺して埋めた。でもそれは、クラドが言い出したことだ! 俺はどうなってもいい、せめてレリミアは……」

「父様……」


 ザミテスの言葉に、ようやくティロは満足したようだった。


「やっと認めたか。でもな、もう遅すぎるんだ」


 ティロは一気に土を穴に流し込んだ。ザミテスとレリミアが何か喚いていたが、もう彼らの言葉は届かなかった。やがて彼らの姿が見えなくなり、穴は完全に埋められた。縛り上げられて手負いのザミテスと非力なレリミアがこの土の下から自力で脱出することは不可能であった。念入りに穴を踏み固めると、脱力したティロは穴の上に倒れ込んだ。


「姉さん、やったよ。あいつら、同じように埋めてやった」


 耳を澄ませば、まだ土の下のザミテスとレリミアがもがく音が聞こえてきそうだった。土の下でもしばらくは息があることをティロはよく知っていた。おそらくはどちらかが先に力尽き、後に残された方が絶望に苛まれながら息絶えるのだろう。


「あいつは、埋めて、なかったことにしたんだ。僕も姉さんも。だから僕も、あいつらを否定する。埋めてなかったことにする。もうあいつらのことは二度と考えない」


 しばらく埋めた土の上にティロは横になっていた。やがてザミテスとレリミアの気配が完全に消え失せ、彼らが完全に地上から姿を消したことを確信するとティロはひとつ大きなため息をついた。


「本当になかったことにできれば、いいんだけどなぁ……」


 土まみれになりながら、ティロは穴の上で空を仰いだ。まだ月は空の高いところに残っていた。



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