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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
執行編 第3話 拒絶
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下準備

 ティロのザミテスへの復讐を遂げる日がやってきた。その日の昼過ぎ、潜伏先の村から少し離れた山中にティロとライラの姿があった。


「やあ、久しぶりだね。随分女を上げたんじゃないか?」


 ティロの視線の先には、木に縛り付けられたレリミアの姿があった。レリミアはティロの名前を口にしようとしたが、その度にティロが不機嫌になるのを思い出して身をすくめた。


「今から君には大事な話を聞いてもらう。そのためにここに来てもらったんだ」

「大事な、話……?」


 ティロたちがリィアの首都へ代表者会議に出かけている間に、ライラがクライオへ戻ってレリミアの身柄を預かって、この木に縛り付けておいたのだった。


「そうだ。この話が上手くいけば、君を解放してやる。どこに逃げてもいいし、君が俺を殺したいなら大人しく殺されてやる」

「本当に……?」

「約束するさ。君を死なせるようなことはしないって約束は守っただろう?」

「何よ……それなら、死んだ方がマシよ……」


 ティロはアイルーロスの家にしばらくレリミアを置いた後、彼女を連れ出して娼館に預けていた。ライラが引き取りに行くまでの間にレリミアは「商品」として散々な目に合っていた。


「貴方はわからないでしょう! 私がどんな目にあったのか!」

「知ってるよ、ちゃんと最初は見てやったじゃないか。君も一人前に稼ぐようになったなあと感慨深い気持ちになったよ」


 嘲笑うようなティロにレリミアは激昂した。


「わかるわけないでしょう! 強い男の貴方に!」


 その瞬間、ティロの顔から一切の表情が消えるのをライラは見た。ティロが何かを言う前に、レリミアの前にライラが立った。


「……セドナ、じゃないんでしょう?」


 レリミアはおずおずとライラに話しかけた。


「そうよ、私はセドナではないし、他の誰でもないわ。気安く話しかけないで頂戴」


 ライラは誰にも見せたことのない冷たい表情でレリミアに返事をした。


「でも、一体、どうして……」

「それはあなたが考えるだけ無駄」

「ねえ、どうして、こんな目に合わせるの? 私があなたに何をしたの?」


 狼狽えるレリミアに、ライラは更に追い打ちをかける。


「そんなことより、クライオでは楽しくやっていたかしら?」

「楽しい!? 何を馬鹿なことを言ってるの!? 私、私がどんな目にあっていたか知って、そういうことを言うの?!」


 ライラが迎えに来たとき、レリミアはすっかり怯えきっていた。逆らうと何をされるかわからないという恐怖がレリミアを萎縮させ、大人しくライラに引き立てられてここまで来ていた。木に縛り付けられて放置され、やっとレリミアは自身が置かれた理不尽に抗う気が湧いてきていた。


「あらあら、随分お利口になったのね。ティロに感謝しなさい」

「馬鹿にしないで! あなたに私の気持ちなんかわかるわけないわ!」

「わかるわよ。何なら、あんた以上のことを随分されたわ。そのくらいで根をあげていたら、私は今頃死んでいるわ」


 ライラはティロの復讐とは別に、このレリミアに対して普段から良くない感情を抱いていた。


「抱かれて必ずお金を貰えるような場所で犯されていたからって偉そうな顔をしないで欲しいわね。あんたは一度でも自分から抱いてくれって頼んだの?」

「そんなこと、言うわけないでしょう!」

「それは随分幸せなことね。受け身でいれば生きていけるんですもの」


 レリミアはライラの言葉の裏にある憎悪に、今更気がついたようだった。


「俺だってその辺は店を選んで預けたからな。この日を迎える前にぶっ壊されたらたまったもんじゃない……今はそんな話をしに来たわけじゃない。一人だと寂しいと思ってね、仲間を連れてきたんだよ」


 ティロは引きずってきた袋の中身をレリミアの前に出した。


「兄様? 兄様っ!? いやあああああ!!」


 袋の中から出てきたのは、胸元を赤く染めて事切れたノチアだった。ティロはノチアをレリミアの前に横たえると、地面に掘った大きな穴に蹴り落とした。


「さて、今からもう一人連れてくる。そうしたら話を始めようか」

「もう一人……!?」


 恐怖に震えるレリミアを前に、ティロは満足げに頷いた。


「それじゃあ、もう少し一人でいろいろ考えるといい」

「本当に、あなたを殺していいのね?」

「いいと言ってるんだ、本当に殺したいならね」


 ティロとライラはレリミアを残して山を下りていった。レリミアは兄が落とされた穴を見つめるしかなかった。レリミアが縛り付けられる前からそこには大きな穴があった。これからそこに自分も落とされるのだろうとレリミアは再び恐怖に震え、そして何故こんなことになってるのかの答えがもうじきわかるのだろうと生きた心地がしなかった。


***


「ねえ、本当に私は待っていればいいの?」

「ああ。最初は少し君にも手伝ってもらおうと思ったけど、もう大丈夫。手は打ってあるんだ」

「でも、それじゃあどうやってあいつを一人にするの?」

「ちょっとツテを使ってね。君はザミテスに顔が割れているから、最悪鉢合わせしたときにかなり危険な状況になる。後は任せてくれれば、大丈夫」


 査察旅行には筆頭補佐候補の上級騎士が同行していた。当初ティロはこの上級騎士の足止めにライラを使う予定でいたが、もしザミテスがライラを見つけてしまった場合によくないことになる恐れがあった。


「わかったけど……本当に大丈夫?」

「多分、ね。それよりも、さっきのはちょっと怖かったよ」


 ティロはレリミアに詰め寄ったライラを思い出していた。


「そう? ちょっと放っておけなくてね」

「別にあのくらい吠えさせておけばいいのに」

「何言ってるの、放っておけないのはあの子じゃなくて君だよ」


 ライラは存在を否定されたような顔をしたティロを見た瞬間、居ても立ってもいられなくなっていた。


「ねえ、本当に大丈夫? なんか昨日からすごくおかしいよ?」

「おかしい、か……もうとっくにおかしくなってる自覚はあるけどね。あの日から真っ当に生きてきてないんだ」

「そうじゃなくて、自分は生きてないとか死んだら海に捨てて欲しいとかさ」


 ティロはライラの言わんとしているところを読み取ったようだった。


「ああ……そりゃあね、真っ当に生きてないから真っ当にも死ねないだろう? それはそれだけの話だよ。別に君が気に病むことじゃないよ」

「でも」

「とにかく、今夜全部が終わるんだ。それまで待っていてくれ」


 朝になってもティロが帰ってこなかった場合、ライラは先ほどの地点に様子を見に行くことになっていた。どんな結末であろうと、ライラはティロの行く末を見守ることに決めた。


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