孤独
ライラは首都からシェールたちと共に帰ってきたはずのティロの姿を探していた。
「全く、また変に思い詰めてなきゃいいんだけど……そういうわけにも行かないのよね」
まだ明け方まで時間はあった。とにかく人目につかないところを好むティロだったが、狭い建物の隙間や地下に入った可能性は全くないためライラは主に建物の裏やごみ捨て場の陰を中心に見て回っていた。探している内に、ふと誰かの話し声が聞こえてきた気がした。
「誰かそこにいるの?」
返事はなかった。夜も更けているというのにごみ捨て場から声が聞こえたのは確かだったので、そこへ向かうと案の定ティロが人目を避けるように地面に座り込んでいた。
「……何?」
ティロはライラを睨み付けた。それはトライト家で一度見せた、身の危険を感じるほどの嫌な視線だった。一瞬ライラは怯んだが、シェールの話を聞いた後にティロを放っておけないと勇気を出して話しかけた。
「それはこっちの台詞。いつまでそんなところに隠れてるの?」
「君には関係ないだろ」
ライラの心配をよそにティロは顔を背けた。
「何よ、誰がここまでやってあげたと思ってるの?」
ティロは俯いたまま、何も答えなかった。
「何か言いなさいよ」
「別に話すことなんてないだろう?」
ティロの突き放すような態度にライラは苛立ったが、先ほどのシェールの話を思い出して冷静になるよう努めた。
「……場所変えよう、ちょっとじっくり話したいの」
促されて、ティロは渋々ライラに従って立ち上がった。
***
ライラはティロを自身に宛がわれた部屋に招き入れた。
「話すって、今更何を話すんだ」
「決まってるでしょ、今後のことよ」
ティロが自決を考えているのであれば、それより先の未来のことを少しでも考えさせたいとライラは思っていた。
「今後?」
「親衛隊になって、ダイア・ラコスのをどうにかするっていうのはどうなったの?」
「ああそれか……前は一族皆殺しにしても飽き足りなかったけど、今となってはわからなくなってきた」
「わからない!?」
思わずライラは素っ頓狂な声をあげてしまった。
「うん。ダイア・ラコスは今でも殺し足りないくらい殺したいけど、その息子たちには何の恨みもないなって気がついて……でもあいつらはダイア・ラコスの息子たちだからどうなるかなって……それでいろいろわからなくなってきた」
弱気なのか何なのかわからないティロの心境が、ライラには理解できなかった。
「そんな……じゃあ私が今までやってきたことって何なの?」
「それは、君が勝手にやったことだろう?」
ティロの言い草に、ライラの頭に血が上った。
「あんた……今なんて言ったの?」
「別に僕は『リィアなんか滅べばいい』とは言ったけど、本当に反リィア組織を集めて反乱なんか起こすつもりは全くなかった。元はと言えば君が勝手に始めた話じゃないか。僕がそれに個人的な復讐を果たすために乗った、というのが僕の見解なんだけど」
ライラの言葉は声にならなかった。
「私は、君が、君のために」
全てが突き崩されるような発言に衝撃を受けるライラに、ティロが尋ねた。
「僕がいつ君に頼んだんだ? 一緒に反乱を手伝ってくれって」
「そんな……」
呆然とするライラを前に、ティロは更に追い打ちをかける。
「大体何度も聞いてるんだけどさ、どうして君は僕の復讐を手伝ってるの? 君になんの利益もないのに、こんなゴミみたいな奴のことよく構うよね」
今までのことがライラの頭の中を巡っていた。ただ少しでも何とかしたいと行動してきたこと全てがひっくり返されて、何を言えばいいのかわからなくなっていた。
「だって、それは」
「とにかく」
ティロはきっぱりと言い放った。
「君が僕のことを大切に思ってくれていろいろやってくれるのは嬉しいし、とても有り難いと思ってる。だけど、これ以上僕の中に突っ込んでくるって言うなら、それはやめてほしい。前にも言ったけど、君が不幸になるだけだ」
あまりの言い草にライラは怒鳴っていた。
「何でそんな風に決めつけるの!? 私は不幸なんかじゃないよ!!」
「そういうものなんだ!」
ティロの剣幕にライラは怯んだ。
「頼むから、もうこれ以上僕のためとかやめてくれ。君はまだ幸せになる権利があるんだ」
「なんでそんな悲しいこと言うの、ここまで一緒にやってきたのに」
「そうなんだ、そうなんだけど……ここから先に、生きてる人間を連れて行きたくないんだ」
まるで自分が既に死んだものであるように言い切るティロに、ライラは違和感を抱いた。
「君だって生きてるじゃない」
「どうかな、わからないんだ。未だにまだ埋められているような気分になる。誰からも気にされないで、この世界から外れたところにいるんじゃないかって、本当の僕は今でもあの穴の中にいるんじゃないかって、いつも思ってる」
寄り添う者全てを拒絶するようなティロに、ライラは強い孤独を感じた。二人で話をしているはずなのに、互いが誰もいない空間に言葉を投げつけているようなひどい虚しさがあった。
「だから、もうそれはいいよ。生きてる、ティロ・キアンは生きてるじゃない」
虚しさを打ち消そうと、ライラはティロの肩に手を置いた。
「……そうか、ティロ・キアンは生きているんだな」
「それ以外に何があるっていうの!?」
「いや、そう言えば僕はティロ・キアンだったなって思い出しただけ」
妙なことを口走るティロに、ライラは思い当たることがあった。
「ねえ、聞きたいことがあるの」
「何だい?」
ティロはそう返事をしたが、これ以上話を続けてもティロは何も語らないとライラは感じた。
「でも、今聞くことじゃないと思うの。トライト家の整理がついたら、ね」
「そう……例えば?」
「そうね、どうしてそこまでする必要があったの、とか」
やはりライラも一家を皆殺しにする理由がよくわからなかった。ティロは最初からザミテスの一家を全員殺そうとしていた。それほどまでにザミテスが憎いのかと当初は考えていたが、ティロの復讐計画が進むにつれてライラは「これほどまでに残酷な仕打ちをする必要があるのか」と強く疑問に思うようになった。
「それは僕にとっては自明のことだけど、他の人にわかってもらうことじゃない」
「だからこそ、聞きたいんじゃないの」
ライラは食い下がった。詰問するつもりはなかったが、何か明確な理由があるのであれば是非知りたいと思った。その思いがティロに届いたのか、ティロは何度か何かを言おうとして、その度に言葉に詰まっていた。
「ごめん、今は無理だ」
やっとティロが絞り出した言葉に、ライラは落胆した。
「そんなに私が信用できないの?」
「違うんだ……言いたくないわけじゃないんだ……でも、こればかりは本当に、言えないんだ……」
ティロはライラの手を振り払うと、背を向けた。
「明日、全部が終わる。反乱も何もかも終わったら、話せることは話すよ」
ライラの制止も聞かず、ティロはそのまま部屋を出て行ってしまった。ライラは「話せることは話す」という言葉の裏に「どうしても話せないこと」が存在することに気がついた。
「生きてるよ……お願いだから、生きていてよ……」
ライラは先ほどの手の感触を思い出していた。確かにティロは存在していたが、ティロが死に急いでいるのではないかとライラは気が気でならなかった。