社会のゴミ
「……ということがあったんだが」
潜伏先に到着してすぐ、シェールはライラを捕まえてティロの話を聞くことにした。
「全く……何でも私をアテにしてるんだから……自分の話くらい自分でしなさいよ、と思うけど、本人口に出すのも嫌がってるから仕方ないわね」
「そうなのか?」
「私だってあいつが弱りに弱ってるところを何とか聞き出せたようなもので、そうでもなかったら多分一生聞き出せなかったと思う」
ライラは遠い目をして答える。
「そもそも、そもそもなんだが、お前とあいつは一体どうやって出会ったんだ?」
「ええとね……道に落ちてたのよ。それを拾ったの」
「犬か猫かあいつは」
「そんなかわいいものじゃないわよ。言うなればゴミね、社会のゴミ」
「随分手酷いな」
シェールは苦笑した。
「とにかく……それであいつが何だか知らないけどリィア兵のくせしてリィアを憎んでることがわかって、何か出来ないかなと思ったの」
「それで各地の反リィア組織を回ったのか?」
「そうよ」
言っていることと釣り合わないライラの態度に、シェールは多大な違和感を覚えた。
「そうよって……そこまでしてあいつの願いを叶えたいのか?」
「どうだろう、私はリィアのことはどうでもいいの。なんか、リィアとかいろんなものに縛られたあいつを自由にしてあげたいなって思ってるだけ」
「それだけなのか?」
「それだけよ」
これ以上ライラの反リィアの動機については追及しても仕方がなさそうなので、シェールはティロの話を聞くことにした。
「……わかった。それで、なんであいつは娘をさらってきたんだ?」
「それはね……あいつが話していいって本当に言ったのよね?」
「言っていた。間違いないぞ」
シェールはティロが不穏なことを言っていたのが気になり、ライラから少しでも情報を引き出したかった。
「じゃあ話すけど……すごく嫌な話よ、それでも聞く? 正直、私もちょっと聞きたくなかったかも知れないくらいだけど」
「そんなに酷い話なのか?」
「そうね、『聞いたことを後悔する』って本人も言っているくらいだったし」
「それでも、俺には聞く権利も義務もあるだろう」
「……わかったわよ」
ライラは大きなため息をつくと、意を決して語り出した。
「話はとても単純よ。災禍の後、夜にあいつはお姉さんと一緒に逃げていたらしいの。そこを通りすがりのリィア兵に見つかって、酷い目に合わされたんだって。いくらあいつでも、子供だったから兵士三人には敵わなかったって。あいつは左腕を折られて、二人とも死ぬまで痛めつけられて、埋められたらしいの」
「待て、その話が本当ならあいつは何で生きてるんだ?」
「あいつは生きてたのよ……埋められた後必死で穴から這い出したって」
シェールは地下への階段すら怖がったティロを思い出した。
「……それであんなに地下が怖いのか」
「そうね、そしてこの話には続きがあるの。それからあいつがどんな思いで過ごして、予備隊に拾われたのかはわからないけど相当苦労したんじゃないかしら。そしてどんな都合が働いたのか、あいつは上級騎士になった。そして、その上級騎士隊筆頭こそ、あいつを埋めた本人らしいの」
「何だって!?」
「この話を聞いたとき、あいつは相当弱ってた。そりゃそうよね、自分とお姉さんを殺して埋めた相手の下で命令を聞いてるなんて、屈辱以外の何者でもないでしょう。しかも週末ごとにあいつを家に呼び出して息子の剣技の稽古をさせていたのよ……人間不信になってるあいつを構ってやってるつもりだったらしいの。そうさせたのは誰だって話よね」
聞いているだけで辛くなるような話に、シェールは何故ティロが自分から何も話そうとしないのかを察した。
「ひとつ気になることがあるんだが、何故あいつはそれを軍に申し出なかったんだ? 民間人をいたずらに殺した兵には何かしらの罰が下るだろう?」
「そうなんだけど……相手が悪いわよ。相手は上級騎士筆頭と、あいつの話だと顧問部の……なんか偉い人。こっちは上級騎士とは言え、何の後ろ盾もない孤児。それに、取り調べになったところであいつは何度も自分が生き埋めにされた話をしなくちゃいけない。しかも16年も前の出来事よ。そんな状態で相手を訴えられるかしら?」
「そう言われると、確かに気の毒だな……しかし、何故娘を誘拐なんかしたんだ?」
ティロの気の毒な事情は理解できたが、やはりそれと娘の誘拐がシェールの中で一致しなかった。
「あいつの言い分だと、『父親の悪行を娘に話して聞かせる』んだって。その辺は、私の関われることじゃないから何とも言えないけどね」
ライラもそれ以上のことはティロから聞いていなかった。
「私の知ってることはこれで全部終わり。さて、どうだった?」
「……いろいろやる気がなくなる話だな」
「そうでしょう?」
ライラから話を聞いて、シェールはティロの遺言のような物言いの背景を少し掴むことが出来た。
「それよりも、それを聞いて君に言わなきゃいけないことがある」
「どうしたの急に」
「あいつ、帰ってくる時に変なこと言ってたんだ。自分が死んだら海に流せって。もしかしたら、全部を終えたら自決でもするつもりなのかもしれない」
その話を聞いて、ライラの顔色が変わった。
「待って、それ本当なの?」
「嘘をついてどうする……その復讐を思いとどまらせることはできないのか?」
「無理よ。多分あいつはもうトライト家の奥さんと息子を殺してきたはず。もう引き返せないところにいるの。娘を殺す気はないらしいんだけど、正直どうなるかはわからない」
「殺してきたって……今日か!?」
シェールは一気に全身の体温が下がったような気がした。思い返せば、宿に到着してからティロは姿を消していたし、代表者会議をしている間に何をしていたかまでは把握できていなかった。
「そう。そして明日の夜、予定だと上級騎士筆頭がこの街に来るの。そこであいつは娘を前にしていろいろやりたいみたいね」
シェールはティロの亡命の真意とその背後の事情を聞いて、ますます「海に捨てて欲しい」と言ったティロの心情が如何ばかりであったのかを察した。
「何だって……しかし、いや、相手はリィア軍の上級騎士筆頭だよな……」
「どうしたの?」
シェールはしばらく考え込み、考えながら言葉を走らせた。
「君の話を聞いて、最初は何とか思いとどまらせないかって思った。しかし、奴の計画がもう進んでいるなら誰の言葉も届かないだろう。それに、一応俺は反リィアとして数日後に首都を襲撃する予定だ。上級騎士隊筆頭がここで死ぬなら、それはそれでこちらには都合がいい。あいつの計画も潰さず、俺たちも襲撃が多少しやすくなる」
「つまり、どういうこと?」
きょとんとするライラを前に、シェールは今後の方針を決めた。
「俺はこの話をしばらく聞かなかったことにする。そして全部のことが済んだら、とりあえずあいつを一発ぶん殴る。要はあいつ、俺たちを復讐の道具にしたってことだよな?」
「俺たち、だけじゃないわよ。この反乱そのものがあいつの復讐の一環よ」
昼間の代表者会議をシェールは思い出した。皆がそれぞれ思惑は違っても、打倒リィアのために立ち上がった者が連携してひとつのことを進めていると強く実感したところだった。まさか、一人の男が家族全員を殺すのを助けるため発起人ライラによって反乱が企てられたとは誰も想像しないだろう。
「畜生……一発で済むかどうかわからんな」
ふと、発起人ライラによって進められてきたこと全てが虚しくなった。
「それより、あいつの様子見てくるわね。どうせ大人しく部屋で寝てたりなんかしているわけないんだから。きっと今頃、どこか外でろくでもないこと考えてるに決まってる」
「頼んだ。確かに聞くべきでは無かったな」
「だから言ったでしょう、嫌な話だって」
ライラは上着を羽織ると、外へティロを探しに出て行った。
「それもそうなんだが……そういうことにしておこう」
言いたいことは山ほど浮かんできたが、今は数日後に控えている反乱のことに集中しなければならない。しばらく聞かなかったことにしたかったが、聞いてしまった以上どうしてもシェールの頭には「海にでも捨てて欲しい」と言ったティロの声が焼き付いて離れなかった。