王家の血
代表者会議が解散となった後、オルド解放連合のロドン・エオゾストはシェールと向かい合い、頭からじろじろと眺めてため息をついた。
「発起人ライラに捜索を依頼してみたのだが、案外呆気なく見つかったものだ。女をエサにすれば釣れる、とは本当だったのだな」
「しかし何故、クライオに潜伏しているとわかった?」
シェールはロドンに対しての敵意を崩さなかった。
「何故かオルドの優秀な剣士たちがこぞってクライオに亡命しているという話を聞いた。彼らが集まるには何か理由があるのだろうと探りを入れさせたのだが、彼らは皆ビュート・アルゲイオの息のかかったものだった」
セラスの顔が一瞬強ばった。ビュート・アルゲイオはセラスの一番上の兄で、オルドでは並ぶ者のない剣士であった。
「彼らが『国を出るのは王家を守るため』と言っていたのを聞いていた者がいた。そう言えば国王陛下にはもう一人息子がいるのではないかという噂があったのを思い出してね……彼について少し調べれば、国外追放にも等しい経歴の人物じゃないか。これはもしかすると、と思った次第だ」
ロドンはシェールからの敵意を意に介さず続けた。
「そうだ、こんな話をしている場合ではない。反乱後のことは勿論考えているんだろう?」
「勿論、俺は二度とオルドには帰らない」
シェールはロドンに即答した。
「それで君は本当にいいのか?」
「いいも悪いも、俺はそのためにリィアを滅ぼすんだ。それで本当に自由になる」
ロドンは呆れた顔でシェールを見た。
「全く、欲のない奴だ。リィアの進駐軍さえどかせば、王位が手に入るんだぞ」
「そんなもの猫の餌にでもしてください。俺はとにかく、オルドには戻りません」
「それでは何故オルドを名乗っている? 王位に興味が無いわけではないだろう?」
「それは反リィアとしてけじめをつけているだけです。これが終わったらもう二度とオルドの名前を名乗るつもりはありません」
あくまでも話をするつもりのないシェールに、ロドンは何とか会話を続けようとした。
「それにしても信じられない。あの王妃と仲睦まじかった陛下が……」
「ああ見えてやることはやってるんだ、あのクズは」
「義兄様!」
セラスはシェールの機嫌がかなり悪くなっているのを察した。
「……まあいい。そこで、ひとつ教えて欲しいのだが」
「何だ?」
「やはり君の母親はセレス・アルフェッカなのか?」
その質問に、シェールの表情が変わるのをセラスは見逃さなかった。最悪手が出る可能性まで考えてロドンとの間に割って入ろうと構えた。
「……残念ながら、俺に母親はいません。失礼します、それじゃ作戦の日にまた会いましょう」
淡々と言い放ったシェールはすぐさま後ろを向いて歩き出した。最悪の事態は免れたことにセラスはほっとしたが、顔を真っ赤にしているロドンに一礼をすると機嫌を損ねたシェールの後を追った。
「ダメですよ義兄様、喧嘩はダメってあれほど言ったじゃないですか」
「エオゾスト家は、先々代の辺りまで政権にかなり絡みついていたところだ。要は今で言うサダルバリ家みたいなものだったな」
シェールの声は淡々として抑揚が一切感じられなかった。
「だから何なんですか?」
「あいつは、俺を使って返り咲きたいんだよ。噂だけでライラを使って、俺のことを探し出したのはあいつだ。リィアだのオルドだの本当のことは知ったことじゃない、ただ偉い人の椅子が欲しいんだ」
「そ、そういうものですか……?」
「そういうものだ。どこの国でも王位の後ろにはそういう権力争いがあって、それぞれが躍起になって有利になる材料を探しているんだ。俺は小さい頃からそういうのはうんざりするほど見てきた。もう奴らの言いなりにはなりたくない」
セラスはシェールの全てを知っているわけでは無く、義姉であるシェールの妹やセリオンから断片的にしか事情を得ていなかった。それでも、シェールたち兄妹がどれだけ辛い思いをしたかは理解しているつもりであった。
「義兄様……」
「胸糞悪い、酒でも飲んで帰るか」
「ダメですよ、お酒は」
地下室を出て通りへ抜ける直前、シェールとセラスはシャイアに呼び止められた。
「すまないが、あの、階段の上で騒いでいた者は君のところの者か?」
まさかティロのことを話題に出されるとは思わず、二人は顔を見合わせた。
「それが、どうかしましたか?」
「いや、どこかで見たことがあるんだが……それが思い出せない。彼は何者なんだ?」
シャイアはティロに見覚えがあるようだった。
「それなら……アレは一応現役のリィアの上級騎士です」
「何でそんな奴が?」
「どういうわけかクライオまで亡命してきて反乱に参加するようです。おそらく、街中を警邏している時か何かに見かけたのではないでしょうか」
「そうか、上級騎士か……そんなにリィアは内部からも愛想を尽かされているのか」
シャイアはシェールに礼を言うと、深刻な顔をしてその場を立ち去った。
「案外、ライラさん繋がりで他の組織の人とも繋がってると思ったんですけどね。亡命までしてきたんですから、結構本気で反リィアなんだと思っていたんですけど」
セラスがティロについての疑問を口にする。
「それを言えば、反リィアなんて首都にいても十分活動できる。一体何を考えてクライオにまであいつは来たんだ?」
疑問点は挙げればきりがなかった。突然の亡命に謎の娘と大金、孤児の身分からの上級騎士への昇進と反リィア思想。しかしその全てにティロもライラも答える気がないようだった。
「馬車で待ってるんだよな……一人で寂しいだろうから帰ってやるか」
「珍しいですね、義兄様が他人の心配なんて」
「お前、俺を何だと思ってるんだ?」
「それはご自身がよく知ってらっしゃるでしょう?」
ティロのことを考えることで気分が変わったシェールを見て、セラスはこっそり胸を撫で下ろした。