地下への階段
代表者会議の当日、ティロはライラからもらっていた地図を頼りに会場までシェールとセラスを案内した。
「本当にここか?」
会場となる場所の前でティロが固まっていた。
「ここで間違いないはずだが」
シェールが不審な顔でティロを見上げる。
「どうしたんですか、行きますよ」
セラスもティロを見上げて訝しげな表情をする。
「嫌だ、俺は行かないぞ! そんなところに入れって言うなら死んだ方がマシだ!」
地図で示された会場はとある建物であり、到着するとその建物は廃屋であった。中へ入ると地下へ降りる階段があり、その先には人の気配があった。シェールとセラスが階段を降りようとすると、ティロは階段の上でごね始めた。
「行かないって……案内は任せろとか言っていたくせに」
「それとこれとは話が別だ! 俺は絶対にその先には行かないからな!」
完全に腰が退けているティロにセラスが尋ねる。
「あの、閉所恐怖症って奴ですか? 部屋の中は広そうですよ」
「そういう問題じゃないんだ! 広かろうが狭かろうが地下なんて無理!」
喚くティロにセラスが手を差し伸べた。
「まあまあそう言わず、とりあえず降りてみたらどうですか?」
「無理なんだって、無理!」
「思い込みが強いだけで、案外大丈夫かもしれませんよ」
「大丈夫、大丈夫かな……」
何とかしようとしているセラスの様子を見て、ティロはおそるおそる手をとった。
「ほら、とりあえず一歩」
「仕方ないな……」
セラスに促されてティロは階段を数段降りた。しかしそれ以上足を進めることができず、みるみる顔から血の気が引いていくのがセラスにも見て取れた。
「無理無理無理! だからダメなんだって!」
慌てて階段を駆け上ると、ティロは青い顔をして肩で息をし始めた。
「すみません、そんなに無理なんて……」
「もういいから、そこまで無理ならどこかで待ってろ」
申し訳なさそうなセラスと呆れ顔のシェールを前に、ティロは肩を落としていた。
「じゃあ、先に馬車のところにいるよ……場所はわかるよな?」
そう言うとティロはとぼとぼと二人の前から姿を消した。その後ろ姿を見送って、セラスは呟いた。
「何だか可哀想ですね」
「しかしあそこまで苦手というのも大変だな、普通の生活にも支障があるだろう」
「義兄様もいろいろ支障がありますけどね」
「何だと」
「ほら、代表らしくしないと」
セラスは話の矛先を逸らした。二人はそのまま階段を降りて、奥の部屋へと入ると他の代表が何組か集まっていた。用意されていた椅子に腰を下ろすと、セラスがしみじみと先ほどのティロを思い出していた。
「しかし、私閉所恐怖症って狭いところが苦手なんだとばかり思っていました」
セラスの閉所恐怖症のイメージは狭い物置などが苦手だというもので、階段すら降りられないというものは想定していなかった。
「それには少し語弊があるな。正確には閉じ込められることが苦手、だ」
「それと地下とどう関係があるんですか?」
「例えば、ここは地下だからあの入り口が塞がれたらどうなる?」
シェールは部屋の扉を指さした。
「……逃げられませんね」
地下室に閉じ込められる、と想像しただけでセラスもいい気分はしなかった。
「そういうことだ。人によっては乗り物にも拒否反応が出るらしい。馬車の客車も完全に周囲を覆われるし、船なんて水上ではどこにも逃げ場がないだろう? もし沈んだらと考えただけで足が竦むなんて言うそうだ」
「そうですね……ってどうしてそこまで義兄様が知ってるんですか」
「ライラから事前にそれだけはしつこく聞いていたからな。くれぐれも地下室には入れてくれるなと念を押されていた。それにしても階段を降りることもできないとは、相当重傷だ」
地下へ続く階段に足をかけただけで顔色が変わるほどの恐怖症はシェールも想像していなかった。
「地下には入れない、乗り物も苦手、そして眠れないなんて本当に大変ですよね」
「全くだ、本当に剣技の腕だけで生きてきたのかもしれないな……」
やがて、会場となる部屋に続々と代表とその護衛が集まってきた。反乱に参加するのは全部で5つとシェールは聞いていた。
「セラス、大変なことに気がついた」
小声でセラスに話しかける。
「今更、何ですか?」
「おそらく自己紹介とかするだろう? その……俺たちは、一体何なんだ?」
「何なんだって、何がですか?」
「組織名だ。組織間の連絡はいつもクライオの反リィアだのオルドの残党軍で通してきたからな……正式名称を伝えていない」
その瞬間、セラスの背中にも衝撃が走った。
「え!? 考えてなかったんですか!?」
「それはお前らが考えてくれているものだとばかり……何かあるんだろう?」
「考えてるわけないじゃないですか! ご自分で何とかしてください!」
「そもそも俺はこんなこと引き受けるつもりはなかったんだからな」
「でも、責任くらい果たしてくださいよ!」
「責任ったって、なあ……」
小声で騒いでいるうちに、中年の女性が地下室に入ってきた。
「みんな揃っているようね、始めましょうか」
中年の女性――クルサ家の現当主、フォンティーア・クルサの凜とした声が地下室に響いた。