前日入り
作戦決行まで残り6日となった。翌日に各反乱軍の代表者の顔合わせがあるということでシェールはセラスを護衛に、ティロを案内人としてリィアの首都を訪れていた。結局セラスの仕込み武器は完成しなかったため、男装まではいかなくても動きやすい工場での女性用作業着に警棒を隠すという格好で妥協することになった。
ティロはライラが購入した大きな馬車でシェールとセラスを首都まで運び、旅行者として宿を取り明日の顔合わせに備えることになった。
「しかし、明日の朝早く出ても間に合うと思うんだけどな……」
「せっかくライラが宿まで手配しているんだ、観光がてら早めに行こうぜ」
ティロは首都に戻るに当たって張り切っているようだった。
「これから戦う場所を観光する気になんかなれませんけど……」
「まあそう言うなって」
「そりゃ、お前は慣れた地かもしれないけどな。こっちは敵地なんだぞ」
「……そうだな、いい気はしないよな。それじゃ、ゆっくり行きますか」
昼前に潜伏先を出た馬車は夕刻前に首都に着き、宿場に馬車を預けて一行は首都に入った。最初は緊張していたセラスも、歩いているうちに異国の街並みを楽しみ始めていた。
「見てください、川ですよ!」
「そりゃあ、川くらいあるさ。ここは工業の街から独立したのが最初なんだ。工場のそばにあるのは川って相場が決まってるんだ」
「そんな相場初めて聞きました……すごい! こんな大きな橋初めて渡りました!」
「そうか、オルドには大きな川はなかったか……クライオのあそこも、用水池くらいしかなかったものな」
アイルーロス家の付近を思い出していたティロに、シェールが口を挟んだ。
「確かにオルドの首都に川はないが、大小合わせると国土の中に20の河川はあるぞ」
「なんでそこまで詳しいんだよ」
「昔国土に関する仕事をしていたからな……オルド国内の地名と特徴ならすぐに言えるぞ」
「へぇ、じゃあコール村なんかも詳しいんだろうな」
「コール村か。一体お前は何をしてあんなところに追いやられたんだ?」
「俺は何もしてないはずなんだけどな……雪しかないけど人の心は温かかったぞ、雪しかなかったけどな」
「そんなに雪を強調するな、オルドは雪が降るものなんだから」
「だけどあんなに雪が降るなんておかしいだろ! なんであんなところに村があるんだ!」
「村があるんだから仕方ないだろ、村に文句を言うな」
橋を渡り終え、雑貨店が並ぶ通りに入るとセラスは満面の笑顔になった。
「あの、何かお土産買っていいですか?」
「好きにしろ。どうせしばらくこんな機会はないんだから」
先のことを考え、シェールはセラスを通りに放った。
「あいつもずっとクライオの田舎に隠れていたわけだからな……13歳からずっと色気もなく剣技に明け暮れて、こんなに遠出したものオルドを出て以来だろう」
「なるほど……護衛なんかしてる場合じゃないな、それは」
これが最後になるかも知れない、と言う言葉は二人の間からは出てこなかった。
***
慎ましく小物の包みをひとつ携えて帰ってきたセラスを連れて、一行はライラが予約していた宿にたどり着いた。
「意外とあっけないものなんですね」
「そりゃあ、ただ潜り込むだけなら旅行と変わらないからな……で、何でお前が一緒にいるんだ?」
シェールは宿の部屋についてきたセラスに尋ねた。一応セラスのために部屋はもう一部屋用意されていたが、セラスはシェールから離れる気配が無かった。
「いくら男と女とは言え、こんな街中なんて目が離せないからです! 朝までそばを離れませんからね!」
「目くらい離したっていいだろ、もう子供じゃないんだから」
シェールがうんざりした様子で呟くと、セラスの声に力が入った。
「大体義兄様はいっつもいつもそうやって勝手にどこかに消えるに決まってるんですから! どうせ朝まで戻ってくればいいとか考えてるんでしょう!? どうなんですか!?」
思っていたことをセラスに先回りされて、シェールは少し考えた。
「……いいじゃないか、戻ってくれば」
「ダメです! 何かの間違いでリィアの特務に見つかったらどうするんですか!?」
「その時は、その時でいいんじゃないか?」
「よくないです! 私まで危険になるんですよ!」
「……わかったよ、今日は大人しくしている」
「大人しく見張られていてくださいよ」
セラスに散々釘を刺されて、シェールは苦々しく座り込んだ。
「そう言えばあいつはどこに行ったんだ?」
「さあ……?」
宿に着いた時点では確かに一緒にいたはずだったが、いつの間にかティロの姿が見当たらなくなっていた。
「あいつもいなくなったんだから少しは心配してやれよ」
「別にあの人は迷子になったわけでもないでしょうし、リィアの特務に捕まっても自分で何とかできそうだから心配するだけ無駄です。それに、お友達もきっといるでしょうから何とかなりますよ」
「じゃあ俺も何とかできるならどっか行ってもいいのか?」
「私を倒せたら、考えなくもないですよ」
警棒をちらつかせてセラスが言うと、シェールは完全に拗ねたようだった。
「わかった、わかった! もういい! 寝る!」
そう宣言してそのまま床に転がってしまった。
「ちゃんとベッドで寝てくださいっていつも言ってるじゃないですか」
「ひとつはお前! もうひとつはあいつ! だから俺はここでいいの!」
そのままベッドの下に頭を突っ込んだ。こうなっては何を言っても無駄だ、とセラスはため息をついた。
「はいはい……もう好きにしてください」
これだから護衛は嫌だったのに、とセラスは少し兄を恨んだ。部屋の窓を開けると夏の夜の風が部屋に吹き込んできた。
(もうじき、この街も戦場になるのかな……)
オルドの首都までリィア軍がやってきた時点で降参が宣言されたため、大々的に首都が戦場になる自体は防げていた。しかし、最初から不意打ちのように首都が戦場になるとすれば、民間人にも被害が出るかも知れないと考えるとセラスは胸が痛んだ。
「それにしても……ティロさんはどこに行ったんですかね」
ベッドの下からも返事は無かった。