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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
執行編 第1話 反乱準備
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出所不明金

 シェール・アルフェッカについて公的な記録はほとんどないと言ってよいものであった。ある日突然アルフェッカ家からオルド国土管理局へ出仕することになったが、それ以前の彼の動向は謎に満ちていた。書類上は年老いたアルフェッカ夫妻の養子ということになっていたが、どこでどう過ごしていたのかをシェールが語ることはなかった。


 そのため周囲はかつて国王の婚約者であったセレス・アルフェッカとの関係を疑う者がいた。しかしセレスはシェールが生まれる前に亡くなっていたため、セレスの息子ではないということだけは確かであった。しかし無責任な噂は絶えることなく、シェールはオルド国内では肩身の狭い思いをしていたようだった。


 その後ルキシル国の外交官補佐として国外へ出されて、オルドが陥落した後行方不明という扱いになっていた。国内では彼の生死を特段気にするものはなかったが、何故か生き残ったオルドの上級騎士たちがクライオに亡命していたシェールの元に集結し、アルゲイオ兄妹を中心になし崩しで反リィア組織が形成されてしまった。


(俺自体がろくでもないものなのはわかっているはずなんだが……)


 シェールはライラが馬車から降ろす荷物を見つめていた。後見人であるセリオン・アイルーロスとクライオに逃げてきたシェールは、セリオンの従姉妹であるアルデア・アイルーロスの屋敷に滞在していた。アイルーロス家はクライオでも人口の少ないのんびりとした田舎の町に存在し、まさかここにリィアの反乱分子が巣くっているとは思えないような場所であった。


「何なんだ、そのろくでもない荷物は?」


 シェールはライラによって、そんな平和なアイルーロス家に持ち込まれているろくでもないものを指さした。


「荷物は荷物よ?」


 ライラは笑顔を崩さなかった。


「そうなんだが……流石に中身が中身じゃないか……?」

「詳しくは聞かないでよ、それよりちょっと手伝って」


 事もなげに言い放つライラに、シェールは大きな声を出した。


「いや気になるだろ! 何なんだこの大金は!?」


 いくつも積み上げられた鞄の中身は多くがリィア紙幣で、いくつかは宝石や金などの貴金属に換金されていた。その全てを合わせれば家どころか屋敷を数軒買うことのできるくらいの額が詰め込まれている。


「そのうち話すから。そうね、この件が片付いたら」


 ライラは重そうに鞄を抱えていた。


「でもあんなにどこに置いておけばいいんだ」

「だから、この件が片付いたら取りに来るから。アルデアさんにも許可は取ってあるし」

「何で許可だすんだよ、全くあの人も……」


 シェールはにこやかなアルデアの顔を思い出した。常に穏やかな彼女は「いいよいいよ、その辺に置いておいて頂戴」などと本当に言いそうだが、シェールはこれほどまでの出所不明の大金を抱えておきたくはなかった。


「それよりも、その金もあいつ絡みなのか?」

「……それは私の口からは何とも。本人から聞いてちょうだい」


 ライラはクライオに亡命してきたリィア軍の上級騎士であるティロ・キアンがこの金の出所に関わっていることを示唆した。


「とりあえずあいつ絡みなのは認めるんだな?」

「わかったわよ……私はただ預かってるだけなの。それでいい?」


 面倒くさそうにライラが答えたところで、シェールの追求は止まない。


「よくないだろ! 大体真面目に上級騎士をやっていたとしても何であれだけ金を持ってるんだ? しかもあいつは家も親もないんだろう? ますますどこからその金は沸いて出てきたんだ? どうせろくな出所じゃないんだろう?」


 しつこく大金について尋ねるシェールに、ライラは冷たく言い放った。


「ろくなものじゃないのはみんな一緒でしょう? 私もあなたも」


 そう言われると、シェールには返す言葉が無かった。


(何だよ、俺と金を一緒にしやがって……)


 気を取り直して、ライラに再度ティロについて尋ねることにした。


「……もう一度尋ねるんだが、一体何なんだあいつは!?」


 当初はたってのライラの頼みと言うことと、首都防衛にあたる上級騎士をひとりでもリィアから引き剥がしておくのは有効であると考えてティロの亡命を認めたが、娘を縛り倒して誘拐してきたり剣の腕はでたらめに強すぎたりで正直かなり扱いにくい人物であると判断していた。


「そうね……私も詳しいことはよくわからない。ただ災禍孤児で、予備隊ってところで訓練してたけどダメになって、オルドとの戦争で何かやらかして山奥の門番になってたってくらいかしら……?」


(山奥の門番……コール送りか)


 オルドでもコール村への赴任は左遷を意味していた。コール関所はたどり着くまでもたどり着いてからも険しい山道が続くような僻地にあり、陸の孤島と呼んでも差し支えのないような場所であった。


「オルドとの戦争でやらかしたって、一体何をやったんだ?」

「よく教えてくれないけど、確か一人で100人は斬ったってよく言ってるけどね」

「……死神か。そう言えばセラスも言っていたな」


 ライラは聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「なあに、その死神って呼び方」

「リィアとの戦争で激戦地になったトリアス山という場所に現れたという謎のリィア兵だ。一般兵に混じって冷酷無比に一方的な殺戮を繰り広げたと話には聞いている。そいつのせいでオルドの士気は下がり、トリアス山を失う結果になった」


 そこからリィア軍がオルド国の首都までやってくるのはあっという間だった。


「へぇ……じゃあもしあいつの言うことが本当なら、リィアの英雄じゃない」


 ライラはティロの言うことを話半分で聞いていたので、オルド側で本当に100人斬ったという話が出てきて驚いていた。


「でも奴は山奥の門番になったんだろう?」

「そうよ……でもそれっておかしいじゃない、どうして活躍した人を左遷なんかさせるのよ」


 ライラの疑問に、シェールも首を傾げる。


「可能性はふたつ。ひとつは単純にあいつが嘘をついているだけ。もうひとつは……何かリィアに都合の悪いことをあいつが知ってしまったかやらかしているか、そのどちらかで口封じ的に僻地に飛ばされた、とかその辺だろうな」

「そう、嘘はついてないと思うのよね……でもその辺の事情は教えてくれないの」

「実際、剣技のほうもセラスに勝つくらいだからな。一人で100人斬ったというのもあながち誇張でも何でもないんだろう。ただ、本当に何かまずい情報を持っていると考えるのが自然だろうな。だから亡命してきたのかもしれないだろう?」


 シェールはティロの亡命に何とか意味を見出そうとしていた。


「そうね、そういうことにしておきましょうか」


 ライラは重い鞄を抱えて屋敷へ入っていこうとした。そこでシェールはもうひとつ聞かなければならないことを思い出した。


「ところで、あの娘は一体何だったんだ?」

「ああ、あの子ね。それは本当に本人から聞いてちょうだい」


(それが出来ないから聞いているっていうのに……)


 シェールはライラから鞄をひったくった。


「わかった。それで、これはどこに運ぶんだ?」

「そうね。とりあえず地下室にでも置かせてもらいましょうかね」


 ライラはにやりと笑った。

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