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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
積怨編 第6話 長期休暇
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誘拐当日

 ティロの無茶とも思える急な提案に、ライラはやれるだけのことはやってみるとクライオへ向かった。数日後に戻ってきたライラは、亡命の手筈を整えてきたとだけティロに告げた。ティロも何とかレリミアに旅行へ行ける旨を伝えて、それに向けての準備を着々と進めていた。


「よし! 後は出発の日を待つだけだな」


 旅行の出発は間近に迫っていた。ティロの換金作業もできる限りは済んでいたようだった。


「私の方はいいんだけど、上級騎士の方は大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫、俺のことなんてどうせ誰も気に掛けてないんだから」

「本当かなぁ……」


 ライラは誘拐旅行の先行きには不安を覚えながらも、ティロが生き生きとしていることには安心していた。


(よかった、何だかんだ言っても楽しそうにしている。これでしばらくは自分からどうこうってことはないよね……?)


「じゃあ本当に、私だけビスキに行ってもいいのね?」

「もちろん。向こうの替え玉とは連絡が取れているんだろう? あとはそっちで楽しくやってくれ。俺は俺で楽しくやってるから」


 実際には全く楽しくなさそうな事態にライラは苦笑いを浮かべる。


「あんまり聞きたくないんだけど……一体彼女に何をするの?」

「されたことをやりかえす、以上だ」


 それまで楽しそうな心持ちだったティロの声が一気に冷たいものになった。


「でも、本当に彼女も殺すの? 彼女は悪いことをしていないのに」

「今のところ、俺がどうこうするつもりはない。ただ親父の話を聞かせるだけだ」

「その後は?」


 ティロがザミテスを殺すことは間違いないことだった。その後、レリミアをどうするかがライラの最大の気がかりでもあった。


「そうだな……その時考えようと思う」


 ティロの返事は曖昧なままだった。


***


 幸い、旅行の出発日は晴天だった。大きな馬車をトライト家の前につけたライラは荷物を積み込んでいた。


「すごいねセドナ、こんな大きな馬車借りたの?」


 レリミアがはしゃぎながら屋敷から飛び出してきた。


「ちょっと奮発しすぎたかしら、でもこれなら荷物がたくさん詰めるでしょう?」

「うん、お洋服もう少し持って行ってもいい?」

「もちろんですよレリミア様、急ぐ旅ではありませんからね。それに……まだ彼が来ていませんよ」


 ライラは荷物を持って、ティロの到着を待っていた。


「そうね。私、もう一度荷物の見直しをしなくちゃ!」


 レリミアは屋敷へ駆け込んでいった。入れ替わりに、今まで見たことのないほど嬉しそうなティロがやってきた。これから亡命するにあたって、それなりの身だしなみをと考えてライラが事前に与えていた平服を着ているが、やはりどこか埃っぽさは拭いきれなかった。


「お、なかなかいい馬車じゃん」


 レリミアには馬車を借りたと伝えていたが、実際はティロの「副業」から出た利益でライラが購入してきたものだった。


「せっかくだからいいのを買ったんじゃないの。それより気をつけてよ、あの子すごくはしゃいでるから」


 ライラから見ると、ティロも十分はしゃいでいるように見えた。


「わかってるって……今朝くらい楽しませてやってくれ。多分二度とは戻らないんだから」

「それは恐ろしいわね」

「そうさ、俺は血も涙もない可哀想な奴だからな……こんなに洒落た旅行なんていうのも初めてだ」


 何を考えているのかティロはしみじみと馬車を見上げていた。


「ティロ、おはよう!」


 何も知らないレリミアが駆けてくると、ティロは恐ろしい復讐者の顔からすっと上級騎士三等の顔へと変化した。


「おはようございます、お嬢様。出発の日がいい天気で良かったですね」

「そうよ、毎日お祈りしていた甲斐があったでしょう!」

「お祈り、ですか?」

「とても楽しい旅行になりますように、って」

「そうですか。それは良い旅行になりそうですね」


 一刻も早く出発したいのか、準備が終わるとティロは早速御者席に乗り込もうとした。


「それじゃあ僕が手綱をとりますね」

「ええ、一緒に乗ろうよ。セドナも馬車走らせることできるでしょう?」

「そんな、ご婦人方に手綱をとらせるわけにはいきませんから」


 そう言いながらティロはさっさと御者席に乗り込んでしまった。閉所恐怖症のティロが客車に乗れないことはライラも折り込み済みであった。


(でも、このあとお嬢様が客車でごねたら面倒ね)


「私も手綱くらいとれますよ、せっかくですからゆっくりされたらどうですか?」


 ライラはレリミアにティロが手綱を取らなければならない訳を本人から語らせようと、敢えて手綱をとる提案をした。


「そうなんですけど……実は乗り物が苦手なんですよ。自分で操っている分にはいいんですけど」


 ティロはその提案の意図を汲んだのか、レリミアに丁寧に客車に乗れない理由を説明していた。


「へー、馬車がダメなら、自動車は?」


 瞬時にティロの顔が上級騎士三等から情けないものになった。


「自動車……あれは人間が乗るものじゃないですね」


(よっぽど嫌なのね……狭いところも地下もダメで、乗り物もダメなんてちょっと可哀想)


 何だかんだと馬車は何も知らないレリミアを乗せて走り出した。


***


 休憩と称して、街道の宿場に馬車は止まった。ライラは買い物に出かけるふりをして物陰から様子を伺っていた。何かとティロに話しかけるレリミアと、連れ出す機会を伺っているティロ。やがてティロは馬を一頭馬車から切り離すと、レリミアを抱えてクライオへの関所方面へ向けて走り去っていった。


「……後はのんびり行きましょうか」


 ひとまず肩の荷が降りたライラは、いなくなった馬の調達に向けて歩き出した。


ここまでお読みくださりありがとうございます。

ティロの復讐の背景、そして旅行からの亡命の顛末、さらにティロの怪しい「副業」と次々と出てきました。ここでひとつ「副業」の存在が気になるのですが、それがわかるのはもう少し後です。頑張ればこの時点で「副業」の正体も推理できると思います。ヒントは、ティロの様子とライラが「副業」に言及しない辺りです。

次回から新章「執行編」です。話が休暇編の後に戻り、いよいよ反乱と復讐が本格化します。休暇編の最後に姿を消したレリミア、反乱軍の全容、そして謀略の末に行われる復讐とは?

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