同行
レリミアを誘拐するための旅行先として、ライラはビスキ領のフォーチュン海岸を選んだ。最近整備された大人気の観光地で、宿泊先も夏場は予約で一杯なのだそうだ。何とか初夏の頃いい宿屋の予約に成功し、レリミアに旅行の計画を伝えた。レリミアは飛び上がって喜び、出発日を指折り数えていた。
「ねえねえ、セドナは好きな人いるの?」
急に際どい質問を投げかけてきたレリミアに、ライラは事もなげに答える。
「いますよ、たくさん」
「たくさん!?」
「例えば、レリミア様とか」
予想した返答ではなかったのか、レリミアがふくれっ面をする。
「もう、そんなんじゃなくて……男の人でってこと!」
「そうですね……今は特に、ですかね」
「じゃあ、どんな人がタイプなの?」
(何なのこの子、急に色気づいて)
「そういうことはあまり考えたことはないんですけど……強いて言うなら、危なっかしい人ですかね」
「それって、どんな感じの人?」
「一緒にいるとハラハラして見ていられないくらいどうしようもないんだけど、私がいなくなったらどこかに行っちゃいそうで放っておけない感じの人かな」
レリミアはライラの言う人物像が想像できなかった。
「……ちょっとイメージできないよ」
「レリミア様には少し難しいかも知れませんね」
ライラはレリミアに聞こえないようにため息をついた。
(この子も、もうじき世間の荒波に揉まれるのね)
ライラはトライト家でセドナとして働く一方、反乱の発起人ライラとしても活動していた。特にティロがザミテスを亡き者にすると決めた時点で、反乱の決行日は上級騎士隊筆頭の査察旅行の帰還日程と合わせることになった。ティロが言うには、反乱が起きて全てがうやむやになればトライト家が全員いなくなっていたとしても世間的に大して注目されることもなく、混乱に乗じてクラドも抹殺することができるということだった。
各地の反乱軍の長たちはライラの言う日付に疑いを持たず、その日を目がけてリィアの特務の目をかいくぐり、首都を包囲する準備をしていた。
***
旅行の出発まであと2週間ほどになった頃、トライト家の門に白い布が結ばれていた。それはティロからの「今夜河原に来い」という合図であった。夜の河原に呼び出されたライラが出向くと、急に長期休暇が取れたと上機嫌なティロがいた。
「俺も旅行に行く!」
急な予定の変更に、ライラは呆気にとられた。
「はあ!? それでレリミアにくっついていくっていうの!?」
「そう。それで俺が直々にあの世間知らずの小娘に世の中って言うのをじっくり教えてやるわけだ」
ティロの語る「世の中」はさぞ恐ろしいものに違いない、とライラは心の中でため息をついた。
「具体的に何するのよ」
「何をどうするかはこれから考えるとして……俺もビスキに行く。そんで夢のように楽しい楽しいところであいつをどこかに監禁していい感じに脅かす。後はゴミ野郎が帰還したところを見計らって小娘を連れてきてぶっ殺す。大体の流れはそんなところかな」
ティロの作戦は、前回ライラが聞いたものよりもレリミアに対する悪意が増していた。
「でもそのレリミアはどこに監禁するの? 旅先でそんなの無理でしょう」
「俺とリィアに帰ってきてどこかに預けておくとかもいろいろ考えてみたんだけど、やっぱりこいつの素性を知ってる奴がいる危険性を考えるとちょっと難しいんだよな」
「トライト家の地下室は?」
「無理だって」
ティロは間髪入れず却下した。ライラもティロの閉所恐怖症は目の当たりにしていたので、それ以上の提案はしなかった。
「その辺は、これから追々考えるよ。出発さえしてしまえば、こっちのものなんだから……それにさ……」
ティロは急に言葉を濁らせた。
「だってさ、せっかくだからさ、その……」
「何が言いたいの?」
それまで意気揚々とレリミアをどうするかについて語っていたティロだったが、ここにきて何故か言葉を詰まらせていた。
「いいなあって、別に思ってるわけじゃ、ないんだけどさ、その、海岸……」
ティロの声がどんどん小さくなるのを、ライラは「俺も海岸で遊びたい!」と言いたいのだと解釈した。
(まったく、素直じゃないんだから)
「……わかったわよ。宿は押さえてあるし、まだ時間もあるから人数が一人増えるくらいいいんじゃないかしら。明日すぐに宿には知らせるからね」
「やった!」
素直に両手を挙げて喜ぶティロに、ライラは釘を刺した。
「あと、ビスキ領への通行許可証忘れちゃだめよ。国内って言っても関所は生きてるんだから」
「わかってるよ。それは何とかする」
「あと、君がやらなきゃいけないことは……レリミアに言うことね」
旅行に行けると喜んでいたティロだったが、一転して嫌そうな声を出した。
「えぇ……俺が言わないとダメ?」
「ダメでしょ。君と私に面識がそれほどない設定なんだから」
「嫌だなあ……あのガキ調子狂うんだよ」
ティロはレリミアがかなり苦手なようだった。それでも計画のためと何とかレリミアに付き合ってはいたが、その内心は計り知れないほど苛立っているようだった。
「その調子狂うガキと四六時中一緒にいるんですけど」
「……それは本当に世話になってるよ」
ティロは肩をすくめて見せた。