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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
積怨編 第5話 謀略
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姉の形見

 ティロの髪がライラによってさっぱりと整えられた夜、河原ではティロが散々怒っていた。


「いや確かに任せるとか言ったけどな、勝手に人の髪の毛を切るのはどうかと思う!」


 そこまで怒るとは思っていなかったライラはひたすら謝るしかなかった。


「それは謝るよ……でも、どうしてそんなに怒ってるの?」

「まあ、普通はそうなるよな……今までも散々言われてきたことだったし、これは事前に話さなかった俺が悪かった」


 ティロは大きなため息をついた。


「自分の顔が嫌いなんだよ、わざと隠してたんだ」

「そうだったの、本当にごめん……そんな風に思っていたなんて思わなかったから」

「いや、言わなきゃわからないからな……別に君だけが悪いわけじゃない」


 しゅんとしているライラに、ティロは気を遣っているようだった。


「私の知ってる人も自分の顔が嫌いって言ってたけど、本当にそんなに思い詰めるほど嫌いなのね」

「へぇ、そいつとは気が合いそうだな……そいつはどうだかわからないけど、俺はなんて言うか……自分の顔が嫌なんじゃなくて顔を見るのが嫌っていうのかな、ちょっと特殊かもしれない」

「特殊?」

「うん……死んだ姉さんに似てるんだ。血が繋がってるんだから似てるのは当たり前なんだけど、姉さんを思い出すと苦しくなることもあるからあんまり見たくないんだ」


 思った以上に深刻な理由に、ライラは身を切られるような思いだった。


「……本当にごめんなさい」

「でも、こうなっては仕方ないし、いつまでもそんなこと言ってられないからな。これはこれでちょっと吹っ切れた。こっちも礼を言わせてもらうよ」

「そう言ってもらえると……」


 ライラは昼間の顕わになったティロの顔を思い出した。そして、顔を隠すほど思い入れのあるらしいティロの姉について気になった。


「ねえ、よかったらお姉さんのこと教えてくれない? だってお姉さんの仇討ちなんでしょう?」

「そうか、そうかもな」


 姉の話になり、急にティロの声が明るくなった。


「姉さんか……すごく綺麗な人だよ」

「どのくらい?」

「弟に生まれたことを後悔するくらいには」

「何それ」

「そのくらい自慢の姉さんだったってこと」


 ライラはしみじみとティロを見た。ティロは姉のことを思い出しているのか、今までになく声が弾んでいた。


「その自慢の姉さんに似てるの?」

「そうなんだよなあ。姉さんも俺も母親似だとはよく言われていたけど、よくわかんないんだ」

「母親似かどうかなんてわかるもんじゃないの?」

「小さい頃死んじゃってさ。俺自身の母親の記憶はほとんどないんだけど、年の離れた姉さんが母親代わりみたいなところはあったかな」

「そうなんだ」


(こいつには大切にしてくれる誰かが昔いたんだ……いいなあ)


 ふとライラは物心つく前に遠くから売られてきた自分の境遇と重ねてしまい、そして前にティロが「エディアは自分にとっては大切な故郷だ」と言っていたことを思い出した。


(きっと、大切なお姉さんとの思い出がたくさんあるのね……そんな街が燃えて、大切な人を目の前で殺されて……最初からないのと、持っていたのを途中から無くすのって、どっちが辛いのかな)


「そして……今はこれが姉さん」


 ライラが感慨に耽っていると、ティロは胸の辺りを探って首から下げている何かを服の下から取り出した。


「それは、指輪?」


 それは銀製の女物の指輪だった。しっかりと革紐で結ばれていて、常に首から下げているようだった。


「そう、形見って奴。これだけが姉さんが生きていた証。何があっても、これだけはなくせない大事なもの。誰かにこうやって姉さんの話をするのもこれを見せるのも初めてだと思う」


 ティロは指輪を再び懐にしまった。


「とても大事なものなのね……」

「うん、みんな死んじゃったからさ……俺だって本当に今も生きているのかよくわからない」

「なんで、君は生きてるじゃない」

「でも本当は俺も死んでて、何かの間違いで俺だけ生きてるように感じてるだけなんじゃないかっていつも思っている。気がつけば、やっぱり俺は死体になってて、姉さんの隣にいるんじゃないかってね」


 それまで明るかったティロの声がどんどん暗いものに変わっていく。


「死ぬのも嫌だけど、姉さんと離れてこうやって生きているのもすごく嫌なんだ。だから何度も姉さんのところへ行こうとした。だけど、その度にいろいろ心配して連れ戻しに来られてさ、俺としてはこんな奴放っておいていいだろうって思うんだけど、なかなかそういうわけにもいかないのかな」


 ティロの抱えていたものを目の当たりにしたようで、ライラは何と声をかけてよいのか迷った。ライラの様子に気がつき、ますますティロの声が暗くなる。


「……ごめん。こんな話聞きたくないだろう? やっぱり僕なんかに関わるとろくなことにならないよ。君は君の生きたいように生きた方がいいって」

「今更何言ってるの、だから余計放っておけないんでしょう?」


 ライラはティロの背中を叩くと、その場から立ち上がった。


「……だけど、無茶はしないでね。身体にだいぶ負担かかってるでしょう?」

「わかってるって」


 弱々しく手をあげるティロに、ライラはやはり不安しか感じられなかった。


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