実はすごい奴
ティロはライラに剣技そのものについて説明をしようとしていた。
「君は覚えているかどうかわからないけど、エディアって結構軍隊が強くて剣技が盛んで、男なら剣持ってるのが当たり前みたいなところがあったからな。何となく剣の扱いくらいは知ってたんだ。その後予備隊に入れられて、本格的に剣技習って、俺才能あるんじゃない? って感じか」
「へぇ……何だか意外」
「何が?」
「君、意外と喋るの上手なんじゃない」
「それってどういう意味だよ」
「兵隊ってもっとバカなんだと思ってた」
ライラの偏見にティロは面くらいながらも、剣技そのものについての説明は続けた。
「んー……剣技ってさ、確かにある程度までは身体の動かし方とか技術とかそういうのが大事なんだけど、そこから上に行くにはめちゃくちゃ頭を使うようになるんだよ」
「どういうこと?」
「盤上で勝敗を決めるゲームなんかあるだろ、どのコマを動かせば相手を負かすことができるか考えるやつ。剣技も一緒でさ、どこに相手の身体と剣があって、どう自分の身体と剣を動かすかを瞬時に判断しなくちゃいけない。やたらに振り回せばいいってものでもない。ついでにどこに当てたら危険だとか自分もここは撃たれても大丈夫とか、こう攻めてきたらこう返すとか、剣を持てば考えることは無限にある」
「思ったより忙しいのね」
「ついでに、剣技や体術ってのは戦争の最小単位だ。相手をどう攻めればいいか、どう守ればいいか。その基本が出来ないと国同士の喧嘩なんかできるわけがない。だからいい剣士が多い国はそれだけ強いってことになる……だから剣技ってのはひたすら頭使うんだよ。真剣に試合すると身体より先に頭が痺れてくるときもある。だから剣技が上手な奴は大体頭がいい、つまり俺も出来は悪くないはずなんだ、多分」
ここまですらすらと疑問に答えてきたティロに、ライラは驚いていた。ぼんやりと上級騎士という職業を一般兵の延長だと思っていたが、誰でもなれる一般兵と違って上級騎士は才ある人材が選ばれているということを強く実感した。
「……ごめん、君のこと見直したよ」
「そう、実は俺すごい奴なんだよ、多分。生まれてくるところ間違えたんだろうな。こんなゴミに生まれてなきゃ、今頃何やってるんだか……」
「何でそう卑屈になるよの、せっかく褒めたのに」
「ごめん、気を悪くさせちゃったね、やっぱり大した奴じゃないな」
結局卑屈になるティロにライラはせっかく褒めた気分が台無しにされたようだった。
「もう……とにかく、今日はちょっと提案をしようと思って」
「何を?」
これ以上卑屈なティロに付き合うのはごめんだとライラは話題を変えた。
「お嬢様のことよ」
レリミアのことを思い出して、ティロは嫌そうな顔をした。
「あの子箱入り娘というか、世間知らずにも程があるっていうか。家庭環境が良くないのね、基本冷え切った両親に鬱屈している兄貴。彼女はなんていうか……無邪気ね」
「ああ……なんだろうな、アレは」
トライト家に潜り込んだライラは、主にレリミアの世話係をしていた。
「年頃なのに本人から浮いた話のひとつも出てこないし、友達も少なそうね。おしゃれの話や恋愛小説の話なんかはするんだけど……とにかく生きてる人間の話はゼロ。張りぼての家庭の上澄みだけ啜って生きてきた感じがすごいわ」
「だから、何なんだよ?」
「そこに毎週通ってくる若い男がいるのよ、しかもすごく剣が強くて微妙にかっこいいときている」
ライラはティロを見てにやりと笑った。
「俺? そんなにかっこいいか?」
「何言ってんの、自分の顔ちゃんと見たことある?」
ライラはこれを機にティロの見た目をどうにかしたいと思っていた。一般兵時代は伸び放題の髪にごみ捨て場から拾ってきたような姿をしていた。上級騎士になって多少は整った髪型をしていたがそれでも河原で寝起きしている平服は泥だらけで、せっかくの上級騎士の隊服も本人が砂まみれのためにどこか埃っぽさがあった。更に背もそれほど高くはなく始終俯いて自信がなさそうにしているために、本来の身長よりもかなり小さく見えた。
「そんなにまじまじ自分の顔なんか見てられるかよ、女じゃあるまいし」
「そうかなあ……それより彼女よ。君に興味津々よ」
「はあ? 何で?」
「わかんない? 全く……はっきり言おうか?」
「いや流石に言いたいことはわかるんだが……」
ライラはレリミアがティロを異性として気にしているようであると言いたいようだった。
「仮に彼女が俺のこと気にしているとして、それに応じる必要ってあるのか? 俺はガキなんか興味ないぞ」
「少なくとも、家族の中に協力者を作れるのは大きな利点よ。彼女の気持ちを利用して、いざというとき都合よく動いてもらうの。うまくいけば、彼女に家族を殺させることもできるわよ」
さらりと恐ろしいことを言うライラだったが、ティロはレリミアをどうにかすることを想像するだけでうんざりしていた。
「まあ、そうなんだけど……俺からカマかけたりしないからな」
「もちろん、乙女心をどうにかするのは任せて。焚き付けておくだけでも全然違うものよ?」
ライラはどこかわくわくしているようだった。
「あのさあ、ちょっと面白がってない?」
「面白いに決まってるじゃない。彼女を焦らすのか落とすのかは君に任せるけど、いざというときにいつでも行けるようにはしておいてあげる。まあ任せなさい」
ライラの提案に不利益を被るようなものはないかとティロは思い巡らした。仮にレリミアがティロに夢中になって結婚すると言い出しても、まずは未成年のレリミアとはすぐに結婚できないし、何よりザミテスがキアン姓との結婚を許すはずがないとティロは考えた。
「ああ、そこは任せたよ」
レリミアのことを考えるのが面倒くさくなったティロは投げやりに返事をした。
そういうわけで、ティロの過去が解禁されました。そして凄惨な復讐ストーリーから何故か一気にラブコメっぽくなってますが、気のせいです。
次話、トライト家への復讐計画およびティロの内面がまたひとつわかります。
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