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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
積怨編 第4話 決意
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明確な殺意

 災禍直後に姉を目の前で殺されたことをティロは語った。ライラは、このまま遺言のような昔話をしたティロを放っておくことはできないと思った。


「……君の望みは何?」

「何言ってんだよ、こんな、どうしようもないこと……」

「いいから、君は今結局どうしたいの?」


 既にティロの中には行き場のない悲しみと憎悪で溢れかえっていて、今にも自分で自分をどうにかしてしまいそうな雰囲気があった。出来ることなら、最悪の結末は避けたいとライラは考えた。


「……奴らを殺す」

「奴ら?」

「まずは上級騎士隊筆頭ザミテス・トライト。それと奴の家族。そして俺たちを襲った主犯格のクラド・フレビス」


 ティロが仇であるザミテスと主犯格について殺意を抱くのはわかったが、ライラはこの時点で何故彼がザミテスの家族を殺したいと考えているのかについては理解しがたかった。


(それだけ憎しみが深いってことなのね……)


 ライラはため息をついて、ティロの望みが叶うかどうかに思いを巡らせた。


「……難しそうね」

「そうなんだ。俺が死ぬか、あいつらを殺すか。でも俺は一人しかいないから、誰かを殺したのがバレた時点で俺はおしまいだし、出来れば奴らを後悔させたい。簡単に殺したくはない」


 暗に嬲り殺しにしたいというティロの憎悪がライラにも伝わってきた。


「そう、簡単に死なれてたまるものか。苦しんで苦しんで泣いて喚いて命乞いをして、それで絶望させて死んでいく様を見ないと気が済まないんだ」


 それはライラの初めて聞く、ティロの底の方にある感情のようだった。


(あの日から、ずっと隠してきたのかしら……)


 ライラは災禍のあった日を思い出していた。10歳に満たない少女であったライラは運良く地下の倉庫に避難する人に抱えられ、火災が収まるまで地下に逃れていた。ようやく外へ出られるようになって全てが瓦礫になった港町を見たとき、ライラは「やっと自由になれる」と希望に溢れる思いだった。それでも、ひとりで生きていくのは苦しくて辛いものであった。まして、全てを失った少年がどんな思いで生きてきたのかは想像することすら憚られるようだった。


「……それなら、何か私に出来ることはある?」


 少しでもティロに生きる目的を持ってもらいたいライラの申し出に、ティロは初めて顔を上げた。


「いいのか? こんな、出来そうもないことを……」

「出来るか出来ないかは、考えてみなくちゃわからないでしょ。とにかく、私は今やってることを済ませたら君の言うトライト家に行ってみるよ。女中くらいは潜り込めるでしょう?」


 ライラは特に何か考えがあるわけではなかった。ただ、このままティロを放っておくことだけは出来ないという思いだけだった。


「何言ってるんだ、君は反リィアの……」

「別に、一度関係が築かれたら後は彼ら同士でも上手く出来るわよ。私は最初だけ、そして関係維持のため。たまに顔見に行きゃいいのよ」

「でも……」


 ティロはライラの申し出に対して首を縦に振らなかった。


「今までずっとひとりで頑張ってきたんでしょ? たまには、誰かを頼ってもいいと思うよ。それと……こんなこと言っていいのかわからないけど、少し嬉しいよ。だって、やっと君の話が聞けた気がする。多分私も君の気持ちがわかる気もするし……だから、今は君の力になりたい」


 何よりもライラはティロが自分のことを話したことが嬉しかった。言葉だけは強がっていたが、河原にひとりでいるティロはどこから見ても寂しげで誰かに話しかけてもらいたいという雰囲気を持っていた。しかしいざ話しかけると、自虐に及んで他人を徹底的に遠ざけていた。その理由の一端を垣間見たライラは、ますますティロをひとりにしておけないと強く思った。


「でも……本当にいいのか? こんな、こんなことに巻き込んで……」


 急いでティロが顔を伏せる。


「いいに決まってるじゃない。もう反乱軍は組織され始めているのよ。今更何を言ってるの?」


 それまでため込んだ何かが溢れてきているのか、ティロは肩を震わせ始めた。ライラが背中をさすると、嗚咽はさらに激しくなった。


(誰にも相談できないで、ずっとひとりでここまで抱え込んで……放っておけるわけがないじゃない)


「ごめん、本当に格好悪くて……こんな情けないところ、見たくないよな」

「そんなことない。とっても勇気がいることよ」

「そうかな……いろんなことを見ない振り聞こえない振りして、目の前のことからいつも逃げてばかりで、そんな弱い奴なんだよ、俺は」


(どうしても自分を責めたくなるのよね……だけど、そうすると余計苦しくなるだけ)


「そうかな、私にはとてもそうとは思えない」


 ライラは、ティロの自尊心がないどころか過度に自分を傷つけるような言動をとる理由がわかったような気がした。行き場のない悲しみや憎悪が他人に向かわないとき、その気持ちは全部自分に返ってくる。ライラも今まで生きてきた中で何度となく経験し、またそんな人々を何人も見てきた。


「そんな状況でも、頑張って生きてきたじゃない。君は十分強いよ」


 ライラは本心からそう思った。


「……ありがとう」


 顔を上げたティロからは先ほどまでの消え入りそうな雰囲気は消えていた。



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