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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
積怨編 第3話 トライト家
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家族

「父さん、もうくたくただよ」


 ザミテスの息子ノチアの剣技の師としてトライト家に招かれたティロは、約束通り昼までノチアに剣技を教え込んでいた。


「でも、これで大分楽に剣を扱えるようになったでしょう?」


 剣の持ち方からティロに矯正され、ノチアは不服そうであった。


「ティロ、ご苦労だった。それでは食事の準備も出来ているから、ゆっくりしていってくれ」

「いえ、僕なんかが一緒だと皆さん……その……」


 ティロはまた自虐に走ってどこかへ逃げようとしていた。


「何で帰るんだ?」


 ノチアが不思議そうに尋ねた。


「……わかりました、そうですね、せっかくですから」


 断る口実を思いつかず観念したのか、ティロはトライト家で昼食を共にすることになった。これにはザミテスも心の中で息子を褒め称えた。


(少しでもいいから、他人と関わる機会を作らなければダメだ。まずはうちの家族から始めてもらうぞ)


「そうだな、せっかくだ。剣技の話ももっとしたい」


 もっともらしく言うと、ザミテスはティロを食堂へ連れて行った。


「父様、その方が兄様の新しい先生?」


 食堂ではザミテスの娘のレリミアが待っていた。ザミテスに促され、ティロは頭を下げた。


「ティロ・キアンです……どうぞよろしくお願いします」


(やはり剣を持っていないとどうもこいつは及び腰になるな。全く、剣が本体なのか?)


 ザミテスが呆れているうちに、トライト家の使用人たちによって食事の用意が調えられていった。キアン姓である彼が果たしてまともな会食が出来るのか不安はあったが、客席に着いたティロはどこかみすぼらしい印象とは裏腹に食事の作法に困っている様子はなかった。


(上流階級の付き合いも予備隊で叩き込まれている、と言っていたが案外かなり徹底しているのかもしれないな)


 特務では潜入任務も頻繁に行われているため、予備隊ではどこの団体にいても違和感のないように様々なことが教育されていた。当初ザミテスはキアン姓が上級騎士になることに反対の立場であったが、予想外に上級騎士としての振る舞いがティロには身についていた。特に執行部からの叩き上げは上級階級の作法に最初は苦労すると言うが、ティロにはその辺りに心配が全くなかった。


(ゼノスではないが……一体何者なのだ、この男は)


 一通りの食事が終わると、客人に興味津々のレリミアが身を乗り出した。


「ねえティロ、兄様の剣技はどうでしたか?」

「さすが隊長の息子さんですね、飲み込みが早いです」

「そうでしょう、父様も兄様も剣技が上手なんだよ!」


 無邪気なレリミアの言葉を聞いて、ノチアが気まずそうな顔をした。


(こいつの実力を見てしまったノチアに、それは皮肉にしか聞こえないぞ……)


「そうですよね、隊長の剣技も僕は大好きです」


 レリミアの少し無神経ともとれる発言に、ティロはにこやかに返事をした。


(ゼノスの剣筋を真似たくせに……)


 ザミテスは全く胸中の読めないティロに不信感を通り越して不気味さを感じていた。何かに怯えていたかと思えば、剣を持たせると印象が変わる。卑屈で他人を避ける一方、避けられない付き合いには完璧に応じる。ゼノスはティロを何とかしようと奮闘し、結局何一つ変えることができなかった。


(やはり持つべきは信頼関係と家族だな)


 ザミテスは表面だけでもゼノスが達成できなかったティロの笑みを見たことで満足していた。


***


「それでは、そろそろお暇します」

「ええ、ティロもっとお話しようよ」


 レリミアに引き留められ、ティロは困惑しているようだった。


「しかし……こう長居しては皆さんの迷惑になりますから」

「迷惑なんかじゃないよ、私は楽しいんだから」


(一体この男と話して何が楽しいんだろうか……)


 ザミテスは我が娘ながら、レリミアが何故このよくわからない客人相手にはしゃいでいるのか理解が出来なかった。決してティロとの会話は面白いと言えるものではなく、当たり障りのないことを機械的に返しているだけであった。成人である16歳が近づいてきているためにさっさと縁談をまとめておきたいと思っているところで、娘に対してもっと様々な教育を施さなければならないと考えを改めた。


(リニアが帰ってきたらきつく言っておこう)


 そんなことを考えていると、レリミアに纏わり付かれているティロが困惑気味に席を立ったところであった。


「わかった、じゃあまた来週来てね!」

「はい、お嬢様。それでは、また」


 ティロはいそいそと別れの挨拶を述べて退出していった。


***


 後ほど外出から戻った妻のリニアに、ザミテスはレリミアの相談をした。婦人会で役職を得て何かと忙しいリニアとは、なかなか話をする機会を見つけるのが難しかった。


「今日はノチアの新しい剣の師を連れてくるからと言ってはいたのだが、何故ああも子供っぽいんだ?」

「そんなの、私が知ったことではないです。どうしてもそう思うなら、ご自分で仰ったらどうですか?」


 リニアはザミテスに振り向きもしなかった。


「そうは言っても、君から言ってもらわないと。母親なんだから」


 その言葉にリニアは激昂した。


「母親だから何だって言うんですか! あなただって父親ですよ!」

「まあ落ち着け。そう怒鳴っていたら話にならないじゃないか」

「誰が私を怒らせたと思っているんですか! 大体いつもノチアとレリミアの教育は私任せで、この前など長期出張と言って何ヶ月も家を空けていたではないですか!」

「君は一体何年前の話をしているんだ……その件については事前に言っていただろう?」

「事前に言えばいいというものではないです!」


 こうなっては、取り付く島がない。長年の夫婦生活でザミテスは諦めていたが、とりあえず無理矢理本題へ話を戻した。


「しかし、レリミアにもそろそろいい家の男を見つけてやらないと」

「結婚? あの子が? まだ15にもなっていないんですよ?」

「しかしだな、いい家の男を早く見繕っておかないと、」

「そうやって、レリミアの気持ちも考えないで……」


 リニアは必ず「女の気持ちを考えろ」と言う。しかし、ザミテスには女の気持ちなど微塵もわからなかった。反対に、男の気持ちを考えたことがあるのかとザミテスは妻に対して思うことも多かったが、それを言うとまた妻が怒るだけなので思うだけに留まっていた。


(結局、女は顔がよければいいんだ)


 器量だけで妻との結婚を決めたザミテスに、特に後悔はなかった。



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