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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
積怨編 第3話 トライト家
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新筆頭

 辞職したゼノスの代わりに上級騎士隊筆頭に任命されたのは、筆頭補佐を務めていたザミテス・トライトであった。筆頭補佐としての経験はあったので仕事上の支障もそれほどなかったが、引き続き筆頭補佐として残留しているラディオ・ストローマと新たな体制を構築していくことになった。


「筆頭職が急に2人になって大変だろう。よかったら、上に掛け合って上級騎士一等から筆頭補佐を1人出してもらおうと思うのだが」

「いや、今はこの体制を安定させることが先だ。前筆頭は意外と仕事を抱えるのが好きな人だったからな。まずは2人でも十分回せるようになってから新人の世話をしたい」


 ザミテスの提案を事務作業に追われるラディオは即却下した。


「でも人がたくさんのほうが楽しいと思うぞ」

「じゃあ前筆頭でも呼び戻すか?」

「そうだなあ、今度会ったら飲みにでも誘うか」


 ラディオの嫌味にもザミテスはどこ吹く風という表情であった。


「……しかし、行方がわからないというのは本当なのか?」

「ああ、状況証拠だけだが嫌疑は嫌疑だからな。念のため特務に入ってもらったのだが、煙のように姿を消したらしい。一体どこに行ったのやら」


 実際、リィア軍内でゼノスの行方を知っている者は誰一人としていなかった。ある日突然リィア領内から忽然と消え、特務は亡命の可能性もあると必死で行方を追っているところであった。


「そういうことされるとさ、やっぱり嫌疑は嫌疑なんかじゃないって思うだろう、普通は」


 ザミテスはゼノスが過激派と繋がっていたと仮定しているようだった。


「普通は、な」


 ラディオは黙々と事務作業に戻った。ザミテスは肩をすくめて、事務所を後にした。


***


(想定内とはいえ、ラディオはやはり冷たいな。前筆頭に相当懐いていたからな)


 ザミテスは今後の上級騎士隊をまとめる上で必要なことを考えていた。ラディオは拒否したが、もう1人筆頭補佐を付けて筆頭職を増やす必要がある。候補は既にザミテスの中で絞ってあって、後は顧問部の上級騎士隊の人事についてクラド・フレビスに打診するだけとなっていた。


(前筆頭に懐いていたと言えば、問題があったな)


 ザミテスはゼノスの抱えていた問題児ティロ・キアンに対してどのように対処をすればいいのか悩んでいた。


(大体、剣の腕だけで上級騎士が務まるものでもないということは前筆頭だってよく言っていたことじゃないか。何故自分が言ったことと正反対のことが出来るんだ?)


 正直、ザミテスはティロ・キアンとどう付き合えばいいのか全くわからなかった。ただゼノスからは「肩身の狭い思いをしなくてもいいように、くれぐれも頼む」としか言われていなかった。しかし、ザミテスは何故ティロがあれほどまで肩身の狭い思いをしているのかが理解できなかった。


(あれだけ剣の腕があるのだから、もっと自信があってもよさそうなものだ)


 上級騎士は確かに名のある家の子息が多い。しかし、ゼノスやラディオのようにそれほど裕福ではない出身の者も実力を認められている。リィア軍は全体的に血統主義の風潮もあったが、上級騎士は間違いなく実力主義の面が大きい。だから男子は成り上がるために剣を学んでいると言っても過言ではなかった。


 そのため、ティロがキアン姓だからと言って表立って差別をするような隊員はいなかった。それどころか彼の剣の実力は認めるしかないものであり、多少性格に問題はあっても「ゼノス隊長の秘蔵っ子」としての位置を確立させていた。


(秘蔵っ子の立場がなくなった以上、出来れば関わり合いになりたくない人物というのが正直なところだ)


 実際、ゼノスが在籍していた頃からザミテスは他の隊員からティロの剣技以外の話を聞いていた。食事に誘っても断られる、何かと気の毒だが調子が悪いのを見るのに堪えない、常に怯えているようで話しかけるのに気が引ける、仲間はずれにしているつもりはないが彼から遠ざかっていくのは気味が悪い。そう言った声はゼノスの耳にも入っていたはずだが、ゼノスはティロの心情を優先するばかりで隊員たちの不満には向き合っていないとザミテスは考えていた。


(やはり行動あるのみだ。せめて何とか謎の外出の頻度を減らさなければ)


 ザミテスはティロが非番時にどこへ行っているのかを突き止めることは諦めていた。どこへ行っているかわからないのであれば、出かけられなくすればいい。


「早速、今週末から初めてみるか……」


 ゼノスはよく「ティロには全力で頼れるものがない。それが人間不信の原因ではないか」と語っていた。それならば、全力で頼れる場所を、そして逃げようのない場所を増やすしかない。ザミテスはまだティロの人間不信を何とか出来るかもしれないと考えていた。


***


「ティロ、ちょっといいか」


 勤務後にザミテスに呼び止められて、ティロはびくりと身体を震わせた後おそるおそる返事をした。


「はい、何でしょうか……」


(これだ、こいつのこういうところが皆の気に入らないところなんだ)


 常に卑屈なティロを前にザミテスは多少の苛つきを感じながら続けた。


「君に頼みたいことがある。人助けだと思って、今週末家に来てくれないか」

「頼みたいこと、ですか?」


 相変わらず顔色を伺って小さくなっているティロにザミテスはますます苛ついた。


「実は、息子が士官学校を卒業したばかりでね。今は執行部で頑張っているんだが将来は上級騎士を目指しているという。そこで、今上級騎士内で一番剣技に長けている君に稽古をつけてもらいたいんだ」

「け、稽古ですか? 僕が?」

「そうだ。その時間は非番にしてやるし、もちろんそれなりの礼はさせてもらうよ」


 ザミテスは努めて優しくティロに提案した。


「わ、わかりました……それでは今週末、お邪魔させていただきます……」


 ティロは頭を下げると、そのままザミテスの元から立ち去ってしまった。


「思ったよりすんなりと引き受けたな。もっとごちゃごちゃと何か言うと思ったのだが」


 ティロが駄々をこねているときのゼノスの苛立ちをザミテスは横で見ていたため、こうもあっさりとティロが承諾したことに拍子抜けしていた。


「ま、いいだろう……流石に約束を違えるような奴ではないからな」


 ザミテスは気楽に考えていた。自宅へ用事を作って呼んで剣技以外のことに触れさせるのが最短の気晴らしだとばかり、このときは思っていた。


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