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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
積怨編 第2話 失脚
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提案

 辞職を決めたゼノスは、上級騎士隊筆頭として最後にティロと向き合うことになった。暗くなった修練場に人影はなく、ゼノスが窓を開けると月明かりだけが射し込んできた。


「隊長、本当に辞めちゃうんですか?」

「残念だが、おそらくこれが一番のいい収まりだ。それ以外に方法がない」

「方法って、じゃあ辞めなくてもいい方法もあったんですか!?」

「お前が知る必要はない」


 幸い辞職の経緯については、ゼノスを脅してきたクラド・フレビスも辞職と引き換えに背任の嫌疑をなかったことにしたため「一身上の都合」ということになっていた。この詳細な経緯を知っているのはクラドの他に上級騎士隊筆頭補佐のラディオとザミトスの2人だけである。


「でも辞めて、これからどうするんですか?」

「俺は養う家族もいないし、男一人ならまあどこでも何とかなるだろう」


 自身の境遇については不思議と不安はなかった。ただ、背任の嫌疑を掛けられた以上、二度とこの街に帰って来れないだろうということだけが寂しくもあった。


「始めるぞ」


 ゼノスは模擬刀をティロに渡した。ティロは震える手で模擬刀を握ると、しっかりとした構えをとった。


「お願いします」


(これが最後になる。どうか、心を開いてくれ)


 祈るような心持ちでゼノスはティロと剣を交えた。かつてゼノスは「剣を合わせればそいつがどういう奴なのかは、剣が教えてくれる」と言ったことがあった。


(今夜のこいつの剣は、泣いている。当たり前だ、俺だってつらい)


 相変わらずティロの表情はよくわからなかったが、声や剣から漏れ出てくるのは悲しみだけだった。


「なんだそんな攻撃で! 俺がいなくなってやっていけるのか!?」

「別に、一人でもやっていけますよ!」


 予想外の強がりを見せてきたことで、ゼノスは焦った。ティロから全く本気を出す気配が見られなかった。


「じゃあ、なんだ。俺を安心させてみろ」

「安心、ですか?」

「本気を出せと言ってるんだ、わかるか?」


 本当の本当に、これが最後だと思った。ここで彼の本気を引き出せなければ、永久にその機会が失われる気がしていた。


「僕は十分本気ですよ」


 ティロは確かに普段よりも気合いの入った太刀筋で攻めてきた。しかし、その気迫はコール村でゼノスが感じたものにはほど遠いものであった。


***


 結局、ゼノスはティロの本気を最後まで引き出すことができなかった。しかし、ゼノスには考えがあった。模擬刀を納めた後、ゼノスはティロに切り出した。


「ティロ、お前、俺と一緒に来ないか?」

「え?」


 明らかにティロは動揺していた。


「つまりだな、お前には悪いんだが、到底このまま一人で上級騎士を続けられるとはとても思えない。ここに連れてきたのは俺の責任だ。きっとお前の居場所を見つけてやるから……」


 ゼノスは何とでもなりそうな自分の身の振り方よりも心配しているのが、上級騎士隊に一人残されるティロのことだった。やっとティロが他人と馴染まないということが上級騎士内で共有され、それを踏まえたティロの居場所を作らなければならないとゼノスが考えていた矢先の突然の事態に、ゼノスは慌てていた。更に人目を徹底的に避けて宿舎の裏に座り込んでいたティロを見てしまった以上、彼をこのまま一人にしておくことは危険であると判断した。


 ゼノスは一瞬でもティロが迷うことを期待した。少しでも迷うようなことがあれば、ゼノスにはティロを上級騎士隊から引き剥がす算段があった。


「それは、できません」


 予想に反してすぐにはっきりと否定したティロに、ゼノスはますます慌てた。


「どうしてだ?」

「僕は、リィアに拾われた身ですから、恩を返さないといけないんです」

「そんなことはないぞ、まずは自分を大事にしろ」

「でも、どうしても僕はここにいないといけないんです」

「それは、どうしてだ? よほどの理由があるのか?」


 ゼノスにはティロが意地でもリィア軍に在籍し続ける理由がわからなかった。特務に捨てられ、山奥に追われたティロがリィアに対して義理堅い感情を持っているらしいことも想定外であった。


「どんな理由でもいい、話してみるか?」


 ティロは俯くばかりで、その理由について口を開こうとしなかった。


「どうしても、話せないか?」


 聞きたいことはたくさんあった。剣技のことはもちろん、予備隊に入るまでどこでどうやって生きてきたのか、極度の不眠症や閉所恐怖症を煩っている理由や頑なに心を開かない理由。言葉にはなっていなかったが、常に剣からは悲鳴が聞こえていた。悲しみ、怒り、諦め、憎悪、そして殺意。ありとあらゆる負の感情を押しとどめている結果がティロの自虐なのではないかと思うと、ゼノスの胸まで張り裂けそうであった。


 ゼノスが次の言葉を待っていると、ようやくティロが口を開いた。


「ごめんなさい、今は、無理です」


 はっきりとした拒絶にゼノスは落胆したが、それでもここまでの拒絶は初めてだった。それまで何でも自虐をしたりうやむやにしたりとはっきりしない態度をとり続けてきたティロのはっきりとした意志を、ゼノスは感じた。


「でも、いつか、絶対……」


 言葉を詰まらせながら、ティロは何とか続けた。


「絶対、お話しますから、今は、何も言わないでください……」


 ゼノスはそれ以上の追求はできなかった。それは今まで対話を避けてきたティロが、初めて本音をゼノスに打ち明けたに等しい発言でもあった。ティロのリィア軍に留まる決意が固いことをゼノスは受け止めることにした。


(言えない、ということすらこいつは今まで言えなかったのだろう)


 ティロは泣き崩れていた。ゼノスとの別れが辛いのか、言いたいことを言えないことが苦しいのか、それとも他の何か理由があるのか。その胸中は推測することも出来なかったが、ティロが本音に近い部分を話してくれたことだけでもゼノスは安心していた。


「わかった、楽しみにしている」


 おそらくその「いつか」が来ることはないだろうということ、そしてこのままティロが1人で上級騎士としてやっていけないだろうということをゼノスは確信していた。そして1人の若者の人生を潰してしまったのではないかとますます自責の念を募らせることになった。


***


 失意の中、ゼノスは引き継ぎを終えたその翌週正式にリィア軍を去ることになった。その後彼を首都で見かける者はなかった。

せっかくティロの保護者になったと思った矢先にゼノス隊長が……。

でも彼にはまだ出番があるので安心してください。

次話、ゼノスのいなくなった上級騎士隊で更に孤立するティロと、ようやく登場するトライト家の話です。

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