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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
積怨編 第2話 失脚
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辞職

 ゼノスが直属の上司である顧問部の首都防衛担当のクラド・フレビスに呼び出された直後に、ゼノスの除隊が正式に発表された。この知らせは上級騎士隊内はもちろん、ゼノスのことを慕っていた執行部の幹部たちにも衝撃をもたらした。


「おかしいではないか! 何故簡単に食い下がった!?」


 この知らせを受けて最初にゼノスに詰め寄ったのは、上級騎士隊筆頭補佐のラディオ・ストローマだった。ラディオもゼノス同様執行部からの叩き上げ組であり、ゼノスに対する信頼は他の誰よりも厚い自信があった。


「仕方ないだろう。軍法会議とフロイア行きを天秤にかけられたらそんな天秤は降りるしかない」


 ゼノスは事務所の整理をしながらため息をついた。


「だからそんな天秤を用意しているほうがおかしいと言っているんだ。そんな嫌疑いくらでも払拭しようと思えばできるはずだ!」

「確かに払拭しようと思えばできないことはない……しかし、相手が悪い。俺はそこまで上級騎士隊筆頭という立場にこだわっているわけではない。だったら俺が引けば全て解決、そうだろう?」


 珍しく弱気になっているゼノスに、ラディオは言葉に詰まった。


「しかし……」

「俺はフレビス家と喧嘩をするつもりはない。ここで俺が抵抗すれば、次にあいつらが何を仕掛けてくるかと思うだけで胸糞が悪い」

「やっぱりあいつらの仕業だとわかってるんじゃないか!」

「あの空白の日報を見た瞬間にわかった。これは俺の甘さが招いた結果だ。そんな奴が筆頭職などおこがましいだろう?」


 ゼノスの心中をラディオは察した。いくら叩き上げで実力も信頼もある人物でも、クラド・フレビスのように家ぐるみで中央に権力を持つ者には敵わない。ここで過激派との関与の否定に成功したとしても、再び何かしらの疑惑を吹っかけてくる可能性の方が高いとゼノスは考えているようだった。


「俺のことはいいんだ。問題は、あいつだ」


 ゼノスの示唆に、ラディオの頭にもティロのことが過った。上級騎士隊筆頭の任務そのものはラディオも把握しているため仕事上の引き継ぎの問題はないように思えた。ゼノスが個人的に抱えているティロの問題についてのみ、ゼノスが上級騎士隊を去った後の懸念事項であると言えた。


「この事態を知ったら、取り乱すんじゃないかと心配で仕方ない。最近は何かと落ち着いてきていたようだったが……」


 多少の気分の浮き沈みはあるようだったが、上級騎士の立場に慣れてきたのかゼノスからすれば以前ほどの自虐はなくなったと思っていた。先日は「親衛隊に入るにはどうすればいいか」と今までのティロからすれば信じられないような前向きな発言をしていたことで、ゼノスは希望を掴んだような気がしていたところであった。


「あいつには俺から直接話す。その上であいつがどうしたいのか聞き出す」


 ゼノスにはひとつティロの問題を解決する手段があった。ティロの処遇については日々悩んでいたことであり、それに対する結論を今になって早急に求められているのではないかとゼノスは考えていた。


「それに、確かに心は開かないが悪い奴ではない。予備隊に入っていたのもあいつの病気も何か事情があったに違いない。その事情を汲んでやりたいのだが、どうしてあいつは話そうとしないのか……」


 結局ゼノスは、ティロの根幹に関わる話を聞けないままでいた。この機会を逃せば、ティロに関わること全てがなかったことになる。上級騎士に取り立てたことでかえってティロを傷つける結果になってはいないか、それがゼノスを不安にさせていた。


***


 夕刻、ゼノスが上級騎士たちの詰所へ顔を出すと、話を聞いた隊員たちから次々と言葉を投げかけられた。辞職を責める者や今まで世話になったことを泣きながら話す者など、そこにはゼノスの上級騎士隊筆頭としての日々が克明に現れていた。


(こいつらを見捨てて、俺は逃げるわけだな……)


 隊員たちに別れを告げながらゼノスはティロの姿を探したが、もちろんいるはずもなかった。


(話だけは聞いているはずだ。だとすると、あいつがいそうな場所は……)


 この時間、勤務の割り当てにティロの名前はなかった。ゼノスは上級騎士隊の詰所や修練場周辺をくまなく探したが、ティロはどこにもいなかった。


「本当にあいつはどこに行ったんだ? まさかまた一人で出かけたわけでもないだろう?」


 ゼノスは上級騎士の宿舎へ向かった。宿舎と言っても上級騎士全員がそこで寝泊まりをしているわけではなく、自宅が遠い者が利用したり夜間の勤務がある者が仮眠をするための部屋があったりするような建物であった。ティロのように帰るところのない者は他にはなく、多くの者が帰郷する新年の時期は特に寂しげであったことをゼノスは覚えていた。


 宿舎の自室にもティロの姿はなかった。がっかりしたゼノスはすっかり日が沈んだ道を事務所の整理に戻ろうと歩き出した。すると、宿舎の裏側から誰かの声が聞こえたような気がした。


(あんなところに誰かいるのか……まさか)


 不安に駆られたゼノスが月明かりも届かない建物の裏を覗き込むと、真っ暗な中でティロが地面に呆然と座り込んでいた。日も当たらず、苔や背の低い雑草に覆われた土の上に隠れるように座っていたティロはゼノスに気付くとのろのろと立ち上がった。


「何でこんなところに来るんですか……?」

「それはこっちの台詞だ、こんなところで何をしているんだ」

「別に、どこにいようと僕の勝手です」


 強がっているようだったが、明らかにティロの声は弱っていた。


「そうか、深入りして悪かったな」


(もしかして、非番の時にもこいつはずっとここにいたのではないだろうな……?)


 非番の時は外出していることが多いティロだったが、そう常に出歩いているわけでもなさそうだった。自室にも滅多に帰らないという話も聞いていたが、あまり構い過ぎて刺激をしても。ゼノスは誰も来ない建物の裏に一人で隠れるように座り込んでいたティロに一体何が出来たのだろうかと自分を責め始めていた。


「隊長、あの、辞職って話は……」


 ティロの言葉は最後まで続かなかった。


「よし。最後の稽古をつけてやる。着いてこい」


 暗闇が立ちこめる中、ゼノスはティロを連れて修練場へ向かった。


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