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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
積怨編 第1話 上級騎士隊
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新兵とキアン姓

 ティロが上級騎士になって1年ほどが経っていた。その日ティロが赴いた駐在所には成人したばかりと思われる年若い新兵が二人詰めていた。いつものように時間が過ぎるのをぼんやり待っていると、新兵のうちの一人が話しかけてきた。


「あの、ティロさんって一般からいきなり上級騎士に上がったって本当ですか!?」

「え?ああ、そうだけど……何で知ってるの?」


 目をキラキラさせた新兵はティロに畳みかける。


「僕上級騎士に上がるのが目標なんですけど、まだまだひよっこで! そんなことを話したら『一般からでもいきなり上級騎士になる奴がいる、そう言えば次の割り当てで来る』って言われたもんで! 詳しくお話聞かせて貰いたいなと思いまして!」

「そうだね……でも僕は特殊だから、君らが参考になる話はないよ」


 ティロは苦笑いを浮かべながら話を打ち切ろうとした。


「でも、鍛錬のこととかは聞いてもよろしいでしょうか! やっぱり上級騎士になるには実技試験が厳しいって言うじゃないですか!」


 本来上級騎士になるには、筆記試験と実技試験が課されていた。筆記試験は主に軍内部の知識が中心でリィア軍に在籍していれば特に難しいものではなかったが、問題は実技試験にあった。最初に受験者同士で試合が行われ、そこで勝ち残った数名がその後上級騎士内部でも選りすぐりの精鋭たちと試合をして、その内容で合否が決定される。上級騎士を目指す者は、実技試験についての情報交換を密に行って合格の基準や同じ受験者の情報を頻繁に仕入れていた。


「実技試験か……僕は免除されたんだよ。だから特殊なんだって」


 ティロの場合、ゼノスの熱烈な推挙ということで実技試験は免除されて筆記試験はほぼ形だけのものとなっていた。


「実技を免除! 一体どうやったらそんな特別待遇になるんですか!」

「さあ、一体何をしていたんだろうねえ……気がついたら上級騎士になってたんだ」


 遠い目をしているティロに新兵はますます食いついてくる。


「気がついたらなれるものでもないでしょう!」

「そうだね……剣技の相談になら乗れるけど、ちょっとそこで見てやろうか?」

「いいんですか!? やったあ! 本物の上級騎士に剣技の手解きを受けるなんて夢みたいだ!」


 ティロは会話を打ち切るように興奮する新兵を剣技の指導へ誘導した。詰所の脇で模擬刀を新兵に持たせて剣の持ち方から基本の型などを確認し、更に彼が上達するような鍛錬法も一緒に考えた。


「すごいすごい! やっぱり上級騎士は違いますね!

 最高です!」

「そうかい……君は立派な上級騎士になれるよ、間違いない」


 新兵はティロに教わった鍛錬法で着実に剣技の腕を伸ばすことができた。熱心な勤務態度からもすぐに十等に昇進し、彼の未来は輝かしいものに思えた。


***


 それからしばらくして、ティロが再びその駐在所を訪れると例の新兵が二人詰めていた。二人はティロの姿を見るなり視線を反らし、挨拶をした後も話しかけてくることは無かった。長い沈黙の後、ティロに剣技の手解きを受けた新兵が意を決して話しかけてきた。


「あの、ティロさんって……予備隊出身なんですか?」

「そうだよ」


 ティロは二人の様子を見てそんなことだろうと思っていたため、特に動揺もせず事もなげに答えた。


「あの……この前はすみませんでした」

「すみませんでしたって、何のことだい?」

「いや、いろいろ聞いてしまって……」

「別に構わないよ、僕だって黙っていたし。実技免除はね、予備隊役の考慮なんだってさ」


 ティロはゼノスの推挙の件には触れずに答えた。その返答にますます新兵は小さくなる。


「そうですよね、一般兵がそんなにすぐ上級騎士になれるわけないですよね……」

「まあね、死ぬ気で予備隊役やるくらいじゃないと、無理だろうね」


 その後、しばらく沈黙が続いた。気まずそうな熱心な新兵に、ティロが話しかけた。


「僕が怖くなった?」

「……はい」


 一般的にリィア軍内で特務及び予備隊というものへの偏見は大きく、軍内部に正々堂々と所属できずに汚いことをやって恩恵を得ているというものや行き場のない子供を殺人鬼へ洗脳しているという印象は多くの者が持っていた。


「それが正常だと思うよ。だけど剣技の世界って結構狂気と紙一重だからね。一歩間違うととんでもないことを平気で出来てしまう、だから僕らが街を守っているわけなんだけど」


 ティロは熱心な新兵をもう見ていなかった。


「僕が怖くても剣のことは嫌いにならないでくれ。君は立派な上級騎士になれるよ」


 熱心だった新兵が居たたまれずに席を外した隙に、もう一人の新兵がティロに話しかけてきた。


「……あなたもキアン姓なんですよね」

「君も、かい?」


 キアン姓とは、リィア軍に所属するときに姓のわからない孤児に対して便宜的に送られる送られる姓である。そのため、キアン姓であるというだけで差別的な目で見られることも多々あることではあった。


「そうすると、生まれはエディアですか?」


 エディアの災禍から14年が経っていた。膨大な死傷者を出した災禍では身寄りを亡くした子供がたくさんいたため、キアン姓の新兵はティロもエディア出身だと思ったようだった。


「いや、僕はどこで生まれたかよくわからない。君らくらいの年頃のキアン姓は大抵エディア出身なんだろう?」

「そうですね。僕は自分の名前も言えないくらいの歳でしたから、ただ災禍孤児ってだけで兵隊になるしかなかったんです」


 リィアにより保護された災禍孤児たちは手厚く育てられたが、その進路はほぼ兵隊か国選企業の労働者しか選択肢はなかった。


「話には聞いているよ、災禍は大変だったそうじゃないか」


 ティロがまるで他人事のように新兵に尋ねる。


「僕自身は覚えてないんですけどね……羨ましいですよ、無邪気に剣が持てるあいつが」


 キアン姓の新兵は皮肉交じりに同僚を評した。


「そうだね……僕は剣が好きだから、彼の気持ちもわかるけど、君の気持ちもよくわかるよ」


 記憶にないとはいえ、祖国を滅ぼした国に育てられてそこで剣を持つほかなかった新兵の心境をティロは容易に想像することが出来た。


「しかし、大変じゃないんですか? キアン姓で、予備隊出身で、上級騎士なんて」

「君は予備隊のことを知っているのかい?」

「昔はよく脅されたんです、良い子にしないと予備隊に入れられるぞって……実際予備隊に入れられた子も見てきているんです」


 新兵は「予備隊に入れられた子」とティロを重ねているようだった。


「へぇ……それで?」

「だから……僕は正直あなたを信用できないんです。すみません」


 キアン姓の新兵もまた気まずそうに下を向いた。


「それが普通だと思うよ、予備隊なんてろくなもんじゃない。特務に行くってことも、そういうことだから。僕は気にしないから大丈夫。逆に嫌な思いをさせて悪かったね」


 しばらくして、熱心な新兵が戻ってきた。それから勤務が終了するまで、三人は無言で過ごしていた。それ以降、ティロはその二人に会うことはなかった。


めでたく昇進したはずなのですが、不穏な話ばかりですね。ティロのキャラがブレている気がしますが、これは仕様です。

次話、隊長が大変なことになって情緒不安定が加速します。

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