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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
懐旧編 第4話 二人きりの反乱軍
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夜の河原

 オルド攻略の後、リィアでは連日祝勝ムードで溢れかえっていた。リィア兵には交代で全員に恩休が1週間与えられ、郷里に帰る者や連日祝杯をあげる者で街はお祭り騒ぎが続いていた。そんな中、ティロは恩休も取らずに連日働かされていた。勤務後になると一人で街外れの誰もいない河原に向かい、世間の喧噪から離れようとしているようだった。


「相変わらず景気悪い顔してるのね」


 星明かりのみの河原にランプを持った20歳前後の女性がやってきた。


「仕方ないだろう、今日はもう3日目だから」

「素直に眠剤入れればいいのに」

「まあでも結構疲れてるし、気絶でもいけるんじゃないかと思って」

「自分で気絶なんか出来るの?」


 彼女が訝しげに尋ねる。


「まあね、本格的に薬を使う前は大体気絶と睡眠がセットだったんだ」


 ティロは持っていた模擬刀を掲げて見せた。


「気絶するまで自分で自分をいじめ抜くと、鍛錬にもなるし睡眠もとれて言うことなし、だ」


 ティロは画期的な案であるかのように言うが、彼女の返答は冷ややかであった。


「何それ……ちょっと訳わかんないんだけど」

「逆にわかってもらっても困るな。俺特殊だからさ」

「特殊かどうかは置いておいて……だから今日は隊服なの?」

「平服だと模擬刀持ってるの目立つんだよ、今日は特別。いいだろう?」


 ティロは彼女にリィアの一般兵の隊服を見せたが、どことなく煤けて着崩されている隊服からはみすぼらしさが醸し出されていた。


「別に……いつもとあんまり変わらないかな」

「何だい、せっかくいつもと違う格好だっていうのに」


 彼女は普段のティロの格好を思い出した。どこかで拾ったようなボロボロの服装に伸び放題の髪の毛はどこから見ても不審な浮浪者としか思えない出で立ちだった。


「でも、そんなに眠れないなんて病気なら医者に診てもらったりするでしょ?」

「いや、俺医者嫌いだから行かない。どうせ眠剤しかくれないし」

「そう……大変なんだね」

「大変、と言えば大変だけど、もう10年くらいやってるからそうでもないよ」


 ティロの言葉に彼女は疑問を持った。


「10年? いま幾つなの?」

「えっと、確か18のはず」

「はずって……それじゃあ、子供の頃からじゃない」

「そうだよ」


 軽く言うティロに彼女は驚愕を隠さなかった。


「そうだよって……結構深刻な話じゃないの?」

「んー、深刻と言えば深刻なんだけど……俺もっと深刻なことあるから眠れないくらいは深刻さのうちには入らないかな。確かに眠れないのはキツイけど、別に人に話す分には不眠症くらいまだ普通じゃないか?」

「もっと深刻なこと……?」


 10年も満足に眠れないこともかなり深刻な部類に入ると彼女は思ったが、ティロはそれ以上深刻な話があることを示唆した。


「あぁ……ただ誰にも話したことないし、正直話す気はないというか、話して楽しいものじゃないからね」

「そう……みんな大変なのね」


 彼女はティロの様子を見て、それ以上尋ねることはなかった。


「それ、いつも持ってる剣?」

「いいや、これは模擬刀。いつも持たされているのは警備隊用の警棒。模擬刀っていうのは試合用の刃がついていない剣だから、ちゃんと刃がついてる真剣を想定するならこっちで鍛錬したほうがいいんだ……持ってみる?」


 彼女が模擬刀に興味を示したので、ティロは模擬刀を彼女に手渡した。


「思ったより重いね」

「それは模擬刀の中でも一番重いの選んで来たからな。模擬刀にもいろんな種類があって、練習用途に合わせて選ぶんだ。俺はこのくらい負荷かけないと寝れないからね」

「そんな理由で剣って選ぶものなの?」

「多分この世界で俺だけだと思う」


 それからティロは剣技について彼女に語り出した。他の模擬刀の種類や剣技の型について、時折持ってきた模擬刀を使って熱心に語る様子を彼女は星明かりとランプだけの暗い河原で見つめていた。


「わかった、君は剣技バカなんだね」

「バカとは酷いな、専門家と言って欲しいな……まぁ、実際これが無くなったら俺の存在意義が全くなくなるからな。バカって呼ばれても仕方ないかも」

「ごめん、本当に褒めたつもりだったんだけどな……だって、すごく嬉しそうだったから」

「そう?」

「うん。もっとビシっとした格好してバシっと剣を振れば、みんな振り返るくらいかっこいいと思うんだけど」

「いいよ俺は……万年十一等のゴミだからさ」


 ティロは模擬刀を抱えると、河原に寝転んだ。


「じゃあ何のために兵隊やってんの?」


 彼女が尋ねると、ティロは急にしどろもどろになった。


「え、あ、えーと………」


 それから起き上がると、辺りを警戒し出した。


「誰にも言うなよ」


 こんなところに他に誰もいないでしょう、と彼女は思ったがティロの念の入れ方に「もっと深刻なこと」を感じて特に何も言わなかった。


「実はさ、俺の夢は親衛隊に入ることなんだ」

「何それ。一般の兵隊にしては夢が大きすぎない?」


 親衛隊は王家直属の護衛集団であり、剣技の腕はもちろん素性や家柄も重要視される。軍隊でも上の方の世界は世襲や政略結婚が横行していることは、彼女でもわかりきったことであった。厳格さと華やかさが求められる世界で、どうして浮浪者のような格好のティロが成り上がれると思っているのだろうと彼女は不思議で仕方なかった。


「そして、後ろからダイア・ラコスを護りながらぶっ殺すんだ」


 リィア軍最高幹部のダイア・ラコスの名前は彼女でも知っていた。思いがけず強い悪意を感じ、彼女は面食らった。


「……正気?」

「結構本気」


 ティロは模擬刀を掲げてみせた。彼がどんな表情をしているかは、暗くて彼女からは見ることができなかった。




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