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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
懐旧編 第2話 特務予備隊
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欠陥品


 特務からティロに対して特別訓練が言い渡されたのは、16歳を前にして全ての予備隊の訓練を終えた後であった。剣技に始まり、その他の戦闘訓練や座学おいても非常に優秀であったティロであったが、最大の欠点である閉所恐怖症をなんとかしなければ特務として使い物にならないと判断されたためだった。閉所恐怖症だけならともかく、地下へも入れないというところを非常に問題視した特務の本部に呼び出されて、予備隊の宿舎からティロはいやいや一人で出かけていった。訓練は最長で7日間に及ぶ予定で、彼の閉所恐怖症の酷さを知るものは一抹の希望と大いなる不安を抱いていた。


 ティロが特務の本部に呼び出されて8日目の朝になっても、彼は帰らなかった。不安に思った教官が本部に問い合わせると、昨日の昼過ぎに予備隊に帰したという。それから訓練の結果として、とても特務隊員として使える状態にないということも言い渡された。今後のことについては予備隊に戻ってから考えるということになっていたが、そのティロが戻っていないということで皆が慌てた。彼について知っている者からすれば「閉所恐怖症の訓練の結果、特務隊員になることができない」ということがどういう結果になるかを考えると居ても立ってもいられなかった。


「どこに行ったんだあのバカは!」


 シャスタを始め、数人の予備隊員と教官たちで捜索が始まった。各人の頭の中で最悪の事態が想定されていた。首都の表通りから裏通りに至るまでティロを追ったが、その行方は要として知れなかった。


「多分、人がいないところ……そして、多分、考えたくないけど……帰ってこないってことは、きっとそういうことなんだろ? ふざけんなよ」


 シャスタはティロが人に紛れている可能性を排除して、人気のない場所を探すことにした。首都の外れには川が流れていて、道も整備されていないことから誰も訪れることのない場所になっていた。


「お願いだ、早まってるなよ……」


 側を流れる川が嫌な予感を煽る。浅瀬を超えれば大人でも簡単に流されてしまうくらいの水量はあった。腰まで伸びる雑草をかき分けて下流へ進んでいくと、浅瀬に座り込んでいる人影があった。急いで駆け寄るとそれは本部で訓練を受けていたティロで、シャスタが近づいても反応がなかった。


「この馬鹿野郎!」


 思わずティロを殴り倒したが、一切の反応がなかった。一瞬死んでいるのではとシャスタの背筋が冷たくなったが、わずかに身体が動いたことで一気に体中に安堵が巡った。


「お前、何考えてんだよ!」


 ティロの服は太ももまでびっしょりと濡れていた。川に入ろうとしていたことが窺えたことで、再度シャスタの背筋に悪寒が走った。力なく倒れたティロの胸ぐらを掴んで起き上がらせ、河原まで連れて行った。


「……やっぱりダメだな、自分で死ぬことも出来ない。生きてたって仕方ないんだ」


 ティロがシャスタを見ることはなかった。


「何言ってんだよ、別に……その、生きてれば何とでもなるだろ!」

「ダメだよ、俺みたいな欠陥品、さっさといなくなればいいんだ」


 要領を得ないティロの言葉に、シャスタは思い当たることがあった。


「お前、何日寝てない?」

「さあ……わかんない」


 シャスタは幾度となく閉所恐怖症に悩むティロを見てきた。一度閉所恐怖症の発作が出ると、しばらくまともに生活が出来なくなるほど精神が乱されるようで不眠も悪化していた。閉所恐怖症を克服するという訓練を受けると聞いて、もう二度と以前のティロには会えないのではないかと不安に思っていた気持ちが的中して、シャスタは後悔した。


(やっぱり、訓練なんか止めて違う道がないのか提案するべきだった)


「帰るぞ」


 何とかティロを立たせようとしたが、思いの外強い力で抵抗された。


「いやだ、放っておいてくれよ。ここで死ぬんだから」

「ダメだ、お前はとにかく寝ろ。どうせ飯だってろくに食ってないんだろ?」


 ティロは項垂れたまま、顔を上げなかった。


「予備隊帰って皆に怒られて、飯食って暖かくして眠剤でも何でも入れて寝ろ。寝て訓練のことなんか忘れろ」

「嫌だよ、もう皆に合わせる顔だってないんだから」

「うるせえ、力尽くでも連れて帰るぞ……こんなに冷たくなって」


 シャスタは駄々をこねるティロを担ぐと何とか河原から脱出した。担がれながらティロはずっと「死にたい」と呟き続けていた。予備隊に戻ったティロはしばらく監視下に置かれ、どうにか日常生活が送れるまでには回復したが以前のように積極的に鍛錬をすることはなく、塞ぎ込むようになっていった。


***


 その後、ティロは特務ではなく一般兵として軍に残留することが決まった。シャスタは一人だけ特務に上がれることに少なからず罪悪感を抱いていた。しかしそれでティロの閉所恐怖症が治るとも思えず、ただひとつの生きる理由であった特務への道が閉ざされたことで魂が抜けたように大人しくなっているティロにかける言葉も無かった。


 一般兵として首都の警備隊に配属されたティロだったが、相変わらず夜は眠ることができないようで一般兵の宿舎を頻繁に抜け出していた。どこで何をやっているかは誰も知らず、そもそも周囲と一切交流を断っていたために彼を気にする者もなかった。そういうわけで昇進も望めず、数年経ってもティロは十二等から始まる一般兵の階級でも十一等でしかなかった。


 そんな中、現リィア軍最高幹部のダイア・ラコスの健康状態が良くないという噂が立った。リィア軍顧問部では彼の目に色があるうちにとオルド攻略の準備を進めていた。



今回はシャスタ視点でティロの様子を語るといったところですが、予備隊に関しては後々もっと深く掘り下げていく予定です。

次話、オルド攻略とその顛末です。トリアス山の死神と、何故残党軍がクライオにいるのかが少し語られます。

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