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【贖罪ノワール1】救世主症候群・事件編  作者: 秋犬
休暇編 第1話 旅行
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出発

 

 抜けるような青空の下、一軒の屋敷の前に大きな馬車が止まっていた。


「すごいねセドナ、こんな大きな馬車借りたの?」


 屋敷から出てきたのは金髪の巻き毛を揺らした少女だった。


「ちょっと奮発しすぎたかしら、でもこれなら荷物がたくさん詰めるでしょう?」

「うん、お洋服もう少し持って行ってもいい?」

「もちろんですよレリミア様、急ぐ旅ではありませんからね。それに……」


 セドナと呼ばれた赤い髪の侍女は、レリミアと呼んだ少女に声をかけた。


「まだ彼が来ていませんよ」

「そうね。私、もう一度荷物の見直しをしなくちゃ!」


 レリミアは鞄をひとつ抱えると屋敷の中へ入っていった。しばらくして再びレリミアが馬車へ戻ってくると、馬車の隣には灰色の髪の青年が立っていた。


「ティロ、おはよう!」


 ティロと呼ばれた青年は振り返り、レリミアを見て笑顔で答えた。


「おはようございます、お嬢様。出発の日がいい天気で良かったですね」

「そうよ、毎日お祈りしていた甲斐があったでしょう!」

「お祈り、ですか?」

「とても楽しい旅行になりますように、って」

「そうですか。それは良い旅行になりそうですね」


 荷物の積み込みが終わり、馬車に乗り込むことになった。最近は家族用として御者席も座席と一体化している馬車が流行っていたが、この大型の馬車は御者席だけが外に出るものになっていた。


「それじゃあ僕が手綱をとりますね」

「ええ、一緒に乗ろうよ。セドナも馬車走らせることできるでしょう?」

「そんな、ご婦人方に手綱をとらせるわけにはいきませんから」


 そう言いながらティロはさっさと御者席に乗り込んでしまった。


「私も手綱くらいとれますよ、せっかくですからゆっくりされたらどうですか?」


 セドナが申し出たが、ティロは申し訳なさそうに切り出す。


「そうなんですけど……実は乗り物が苦手なんですよ。自分で操っている分にはいいんですけど」

「へー、馬車がダメなら、自動車は?」


 レリミアは兄がこの前自動車に乗ったと嬉しそうに話をしていたのを思い出した。自動車はそれほど普及しているわけではなく、軍用か相当の金持ちが使っているのみであった。


「自動車……あれは人間が乗るものじゃないですね」


 何かを思い出したのか、ティロの顔色が変わったのが見て取れた。


「意外……ティロってもっと何でも出来ると思ってたから。乗り物が苦手なんだ」

「そりゃあ、苦手なものくらいありますよ」


 セドナが馬車の扉を開けてレリミアを誘った。


「じゃあ、そろそろ行きましょうか。先は長いですからね」


 レリミアとセドナを乗せて、馬車は静かに走り始めた。


 ****


 レリミア・トライトはリィア国上級騎士筆頭ザミテス・トライトの長女として生まれた。兄のノチアは父の跡を継ぐべく日々剣技の稽古に明け暮れており、その剣技の師としてザミテスが連れてきたのが同じく上級騎士のティロ・キアンであった。若輩ながらリィア軍内でも並ぶ者がいるかどうかという剣技の腕前とレリミアは聞いていた。


 馬車は順調に街道を走って首都を抜けた。レリミアはセドナにひっきりなしに話しかけていた。


「旅行なんて久しぶりよ、前に家族で行ったのはいつだったかな……もう十年は昔ね」

「家族旅行ですか。そのときはどちらへ?」

「どこだったかなぁ、小さかったからあんまり覚えていないの。たくさん馬車に乗って疲れた記憶しかなくて……だから今度は楽しい思い出をたくさん持って帰りたいの」


 レリミアの顔が明るくなり、話は更に続く。


「ビスキにはまずフォーチュン海岸があるでしょう、それにきれいな森もあるんですってね」


 目的地のビスキ領は広大な土地にたくさんの自然豊かな観光地があった。まず目指すのは観光地として名高いフォーチュン海岸で、最近整備されて白い砂浜と青い海が大変きれいな場所だった。ここは大変人気があるため宿泊先の予約がなかなか取れないと言う。


「せっかくだからたくさん遊ばなくちゃ。それに、ティロとも遊ばないと」

「随分気にされるんですね」

「だって……あの、ここだけの話にしてね」


 レリミアは少し声を潜めた。


「ティロはお父様が兄様の剣の稽古のために連れてきているって言うんだけど……本当は違うの。もちろん剣技がとっても上手っていうのもあるんだけど、孤児で軍隊で育ったらしいの。それでいろいろ寂しい思いをしているらしくて……だから少しでも楽しい思い出を作ってもらいたいの」

「それで、この旅行にも誘ったんですか?」

「そうなの。最初は断られたけど……急に行けることになったって。何だかね、急にお休みをもらったんだって」

「急に人が増えるのは楽しいからいいんですけど……私、あの人はただ剣技が上手なだけな方だと思っていました」

「お父様が言うには、今すぐ王家の親衛隊にも入れるくらい強いそうなの。実力だけなら誰にも負けないんだって。でも、最近元気がなかったからちょっと心配していたの」

「でも、今朝は元気そうでしたよ」

「うん、やっぱり旅行は楽しいから元気が出るよね。ティロ、海を見たことがないんですって」

「それなら、きっと楽しみにしてますよ。私も海は初めてですからね」


 レリミアは馬車から外を眺めた。美しい初夏の景色が後ろへと流れていった。

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